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一通の手紙

「お嬢様、お連れいたしました」

「入ってもらいなさい」


 入室の許可を得て扉を開くゴードン。しかし、彼は入らない。入るのはインとエメの二人だけだ。心配そうな表情を浮かべてゴードンを見上げるイン。ただ、ゴードンは微笑んでいるだけであった。


「し、失礼しますです!」

「失礼いたします」


 入室する二人。ことここに至ってはエメの方が頼りに見えるのだから不思議なものである。彼女は興味がないだけで礼儀作法を学んでいないというわけではないのだ。


「あら、ゴードンの言う通り本当に可愛らしいお二人さんね」


 ロメリアは二人を見るなりそう述べた。インは頭が真っ白になり、シオンに言われたことをやらねばと考えた結果、ロメリアに手紙を突き出した。


「あら、これを渡しに?」


 何度も頷くイン。ロメリアは手紙を受け取り、中を開いて読み始めた。手紙の送り主はシオンである。そして手紙にはこう書いてあった。


 

 ゛ロメリアへ。この間は、お前を怖がらせ、恥をかかせて申し訳なかった。弁明をするわけじゃないが、デュポワ大公が先に約束を破ったということだけは言わせてほしい。


 お前がオレに正当な報酬を支払うよう、働きかけてくれていたことは知っている。それには感謝しかない。


 お陰でオレの人生も大きな転機を迎えた。礼を言う。ありがとう。だが、もう追手に追われるような真似は避けた方が良いぞ。


 最後にもう一つ、オレから頼みがある。目の前の二人の身嗜みを整えてやってくれ。道具は持たせてある。ロメリアのこれからの人生に幸多からんことを。シオン=バレラード゛


 以上が手紙の内容であった。シオンがロメリアを気遣っているのが如実に伝わる文章であった。流石のシオンもロメリアには悪いことをしたと思っているのだ。


「貴女たち、彼に持たされたものはあるかしら?」

「こ、こちらになります」


 椿油と白檀の櫛、そして銀のネックレスを手渡すイン。ロメリアは軽くため息を吐いた後、彼女の侍女を呼んだ。シオンの心意気は買うが、油と櫛のみで何とか出来る髪ではないのだ。エメは特にそうだ。


「こちらへいらっしゃい。貴女たちの話も聞かせて」


 侍女が準備をてきぱきと終わらせる。その間、ロメリアはインとエメ、二人の生い立ちについて詳しく尋ねることが出来た。結論から言うと、二人とも平民中の平民。どちらかというと下民よりの平民であった。


 インは孤児院の出で両親ともに不明。シスターに読み書きを教わり、勉学の才能を見出され学び舎で研鑽を積んでいたのだ。


 対してエメは純然たる農家の出だ。小さいながらも土地をもって慎ましやかに暮らしていたそうだ。そう、暮らしていたである。つまり、もう暮らしていないのだ。


 突然、作物の実りが悪くなったのである。連作障害だ。しかし、その原因がわからなかったエメの家族は困窮し、エメは親兄妹と離れて暮らしているそうだ。


 その原因を突き止めたい。その一心で彼女は学問の道を志したのだ。そして二年がかりで原因が連作障害だったことを突き止めるも時すでに遅し。家族の安否は知れぬ身に。


 そこで自分のような境遇の子を減らすために農学を収めつつも、家族を探すために立身出世を狙っていたのであった。インも初めて聞くエメの過去であった。


「やっぱり家族に会いたいのね」

「いえ、別に」

「え?」


 ロメリアは両親と死別した自分の境遇と重ねてエメを慮ったが、エメから返ってきた言葉は意外にも同意でも否定でもなく、どうでも良いであった。


「過去は変えられない。もう親も兄妹も死んでいても生き返らない。ただ、純粋にどうなったか知りたいだけ」

「そう。強いのね、貴女は。私はどうしても過去にしがみ付いてしまうの」


 ロメリアがエメのぼさぼさの毛を櫛で梳きながらそう呟く。インはエメよりも小綺麗にしていたため、侍女にあれやこれやと整えてもらっていた。実際は、ロメリアにやってもらうのが恐れ多いだけである。


「はい、できました。髪の毛くらい、ちゃんと梳かないとダメよ」


 そう言って椿油と白檀の櫛をそれぞれに手渡すロメリア。そして銀のネックレスをどちらに渡そうか迷っていたその時、インから声を告げられた。


「そ、そそそそれはロメリア様がお持ちください! 我が主からの感謝の証でございましゅっ!」

「そう。ならありがたく受け取るわ」


 上級貴族に安価な銀のネックレスで御礼といっても鼻で笑われるだけである。しかし、ロメリアは文句も言わず、笑顔でそれを受け取った。大人の対応だ。


 そしてインは震えていた。勝手にネックレスをロメリアに差し上げてしまったのだ。いや、シオンは最初からそのつもりだったのだが、インに伝え忘れていたのだ。


 インもそのために持たされたと勘付いていたが確証がなかった。怒られないか心配で今にも泣き出しそうだ。震える足で退室する。


「大丈夫? 彼とは上手くやれそうかしら?」


 ロメリアが思わず声をかけてしまった。インはそのロメリアの問いに自身の感覚をもって答える。そしてそれを信じると彼女は決めていた。


「はい、大丈夫です! シオンさんは私たち平民にも優しいですし。シオンさんも平民の出だからですかね? 逆に名のある貴族のお家に勤める方が難しい気がしてきました。今ではこれが良かったのだと思っています!」

「そう。何かあったら力になるから。頑張ってね」


 笑顔で手を振るロメリア。インとエメ、そしてロメリアの間に親しみ、親近感が生まれていた。上級貴族と平民の間に絆が生まれたのだ。もし、シオンがここまでを狙っていたとしたら。真相は闇の中である。

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