3-23 宝石のありか
アンハイド武具工房の展示室に、合計九人の人物が集った。
ホームズ、ワトソンの二人を前に、クリフ、スカージ、ジャーパス、トレイブの工房関係者、衛兵騎士団第一部隊長ミラージュ、同じく第二部隊長スワイプス、加えて、ホームズとは初対面となる衛兵騎士団大隊長スプリームも並ぶ。
パーツごとにバラバラになった紅騎士デモリスの鎧が、三枚あるうちの中央の天窓直下を中心に散乱されている事件現場。そのパーツ群の中心には、当初はリパッグの死体が伏臥していたのだが、そのゴブリンの亡骸は今は、部屋の隅でマントの下にある。
はじめまして、となるため、一同が揃うとホームズはスプリームに対して会釈した。
「あなたが、〈たんてい〉のホームズ殿」
スプリームは、その見た目を裏切らない重々しい声でホームズの名を呼んだ。
「お初にお目にかかります、大隊長」
ホームズはもう一度頭を下げる。
「して」スプリームは展示室内を見回して、「私たちをここに集めたというのは、どういう目的かな」
「はい。ご存じのとおり、本日、この展示室内において、リパッグという男が殺害されました」
スプリームは黙ったまま頷く。
「俺は、その犯人をこの場で指摘したいと思っています」
ホームズの言葉のあとに軽いざわめきが起きた。
「何を言うかと思えば」第二部隊長スワイプスは、ふん、と鼻を鳴らすと、「私には関係がない。大隊長」スプリームに向き直り、「こんな茶番にかかずらう必要はありません。私が発見した証拠を受理していただき、早くここで起きた宝石横領事件を解決してしまいましょう――」
「ちょっと待った」ホームズがスワイプスの言葉を止め、「俺は、この殺人事件の犯人が、ひいては横領事件の真犯人であると結論づけてもいます」
再びざわめきが起きる。
「なんだと?」スワイプスは忌々しそうな目をホームズに向けて、「くだらん話だ。聞く価値などない。大隊長――」
「まあ、待て、スワイプス」が今度はスプリームがスワイプスを止め、「その話、興味がある」
「大隊長!」
なおも言葉を継ごうとするスワイプスを、スプリームは目で制して、
「ホームズ殿、その話、しかと聞かせてもらえるのでしょうね」
「もちろん」
スプリームの意図を察したホームズは、甲を前にして右手を顔の高さまで上げた。中指にはまった指輪を皆に見せるために。全員の視線が、自分の指輪に集まったのを確認すると、
「我、これより真実のみを語らん」
ホームズが言い終えた瞬間、右手中指にはまる指輪の青い宝石が光り始めた。一同の口からは、おお、という声が漏れる。
その間にワトソンは、ゆっくりと誰にも気づかれることないまま後ずさり、天窓からの陽光が差さず暗がりとなっている場所の壁に背中を預け、腕組みをした。これから始まるホームズの推理劇を観覧するかのように。暗がりに溶け込んでいるその表情は窺えなかった。
「さて」とホームズは一度言葉を止めて、「最初に、どのようにしてリパッグが殺害されたのか、その犯行の様子を明らかにしていきます。まず、リパッグを殺害した犯人は、ここ展示室に入り込みます。時間にして、恐らく午前十一時半過ぎのことでしょう――」
「十一時半ですって?」
クリフの声が入り、ホームズは言葉を止めた。全員の視線を浴びたクリフは、「ああ、いえ」と戸惑ったような顔を見せてから、
「ホームズ様もご存じのはずですが、その時間、私はずっと中庭で読書をしていました。本に集中していたため、常時ここの出入り口や中庭を見張っていたわけではありませんが、それでも何者かが中庭に進入してきたら、さすがに気付いたと思うのですが」
「おっしゃるとおりです」とホームズはクリフの言葉を認めた上で、「しかし、クリフさんには、一時中庭を離れた時間があるでしょう」
「……あっ! トレイブが」
「そうです。トレイブさんが、もうひとりの職人と一緒に宝石を取りに来たそうですね。犯人は、その隙を狙ったのです。
恐らく経緯はこうです。犯人は、何としてもこの展示室に入らなければならない事情があった。しかも、誰にも気付かれずにこっそりと。しかし、中庭にはクリフさんがいたため、そのクリフさんに見つからないように展示室棟の出入り口である外扉に近づくことは不可能な状態でした。展示室棟には事務所棟と繋がった渡り廊下があり、本来でしたらそちらからも出入り出来るはずでしたが、悪いことに現在、渡り廊下と展示室棟を行き来するためのドアは、鍵が壊れて開閉できなくなっています。中庭に面した外扉だけが、展示室棟に出入りする唯一の箇所です。犯人は、建物の陰から何とか展示室に入る手段がないかと窺っていたところ、首尾よくトレイブさんが来て、クリフさんは宝石の受け渡しのために事務所棟に姿を消したわけです。この隙に犯人は展示室に入り込むことに成功しました」
「私に気付かれることなくここへ出入りしたかったとは、犯人は私の知らない人物で、姿を見られると怪しまれると思ったということですか?」
クリフの疑問に、ホームズは表情を暗くして、
「いえ、残念ながら、犯人はクリフさんがよく知っている人物です」
「えっ?」
クリフが大きく目を見張った。ホームズは、小さくため息をつくと、
「ですので、本当ならば犯人は、堂々とクリフさんの前を通って展示室に入ってもよかったのです。ですが、これから自分が行おうとする行為に対するやましさから、クリフさんにも誰にも気付かれないよう、展示室に入ろうと思ったのではないでしょうか」
「やましい行為って……それは、リパッグを……殺すこと?」
震える声でクリフが訊いたが、
「いえ、結果的にそうなってしまったわけですが、犯人はまだ、その時点では自分がリパッグを殺すことになるなどとは、夢にも思っていなかったはずです」
「じゃ、じゃあ、その犯人は、何の目的で展示室――ここに入ろうと? 人目をはばかってまで」
「横領した宝石を回収しようとしたんですよ」
「えっ?」
クリフのみならず、他の皆の口からも驚きの声が発せられた。が、そのうちのひとりだけは、違った意味で声を発していた。それは、――自分の目的が見破られてしまった、という意味での驚きの声だった。
「どうですか」ここでホームズは、クリフをはじめとした一同の顔を見回して、「名乗り出るつもりはありませんか?」
「どういう意味ですか? ホームズ様!」叫びにも似た声を、クリフはホームズに浴びせて、「それでは、まるで……この中に犯人……つまり、リパッグを殺したものがいるということに……」
クリフは首を振りかけて、やめた。自分を取り巻いている人たちの顔を見るのが怖かったのかもしれない。流れる沈黙。数回ほど呼吸をする間、その沈黙が続くと、ホームズは、
「名乗りでないということは、俺が推理を間違って死ぬほうに賭けるということですね、犯人は。……いいでしょう」
一度嘆息してから、ごくりと唾を飲み込んだ拍子に、頬を汗が伝った。
隠れるように、彼の背後で壁にもたれているワトソンの表情は、やはり暗がりに紛れて分からない。
「さて」もう一回ため息をついたのち、ホームズは、「クリフさんがいなくなった隙を突いて展示室に入り込んだ犯人は、当初の目的である作業を開始します」
「目的って」とクリフは、「宝石の、回収?」
「そうです。犯人は、作業場ですり替えた宝石を、この展示室に隠しておいたのです」
「隠すって、どこに?」
室内を見回し始めたクリフに、ホームズは、
「そこかしこですよ」と展示された武具類に目をやり、「ここにある中で、ガラス玉を使っている武具のそれと、本物の宝石を入れ替えたのです」
「何ですって?」
クリフだけでなく、他の全員も周囲を見回す。ホームズも、ぐるりと様々な武具に目をやってから、
「こういった犯行の場合、盗んだものをどう隠すかは頭を悩ませるところです。宝石というものの性質上、簡単に大量に換金してすぐに手放すということは難しいですからね。自分には容易に分かり、しかし、他人には分かりにくい。かつ、必要とあらば手間取ることなくすぐに回収可能という条件を満たしたうえ、長期間、安心して隠しておける場所が必要となるわけです。その点、この展示室はうってつけといえます。ガラス玉に見せかけて本物の宝石を堂々と置いておけますし、普段は施錠されているうえ、外部に向けての展示という性質上、工房の職人が入り込み、また、展示品を詳細に見るということもそうはありません。この工房でもっとも宝石に対する眼力を持つトレイブさんの目に触れる機会も、ほとんどないのではありませんか?」
「確かに」と、名前を出されたトレイブが、「俺は、ここに入ったことなんて、数えるほどしかない」
「ホームズ様」と、続けてクリフが、「犯人は、どうしてそんなに突然、すり替えた宝石の回収を行おうと?」
「衛兵の一斉捜索が入ることになったからですよ」
ここでホームズはスワイプスを見た。第二部隊長は、終始忌々しそうな顔で〈たんてい〉を睨んでいた。
「一斉捜索は工房全体に対して行われます。当然、ここ展示室にも捜索の手は入ることになるでしょう。まあ、捜索の狙いは明白だったのでしょうが」ここでホームズは、自分を睨み付けているスワイプスと、また一度目を合わせてから、「体裁を整えるため、全施設を見て回る必要はありますからね。衛兵や騎士の中に、ガラス玉と本物の宝石を見分ける眼力のあるものがいるかは分かりませんが、少しでも怪しいと思われたら“展示品”を押収されて、正式に調べられないとも限りません。ですが私は、盗まれた宝石がすべて展示品のガラス玉を入れ替えられていたとは思いません。展示品に使われているものと同じ種類、同じ大きさの宝石ばかりを、そう都合よくいつも盗めるとは限りませんからね。そういったガラス玉との入れ替えが不可能だった宝石は、単独でこの展示室のどこかに隠されているだろうと思いますが」ホームズは、展示室のぐるりを見回してから、「まあ、それはともかく、犯人の行動に話を戻します。クリフさんが中庭からいなくなった隙を突いて、ここ展示室に入り込むことに成功した犯人は、目的どおり宝石の回収作業を始めますが、そのとき、展示室に入り込んでいたのは、犯人だけではなかったのです」
「それは、もしかして……」
クリフの声が再び震えた。ホームズは、悲愴な表情で頷いて、
「そうです、リパッグです。彼は、宝石横領の犯人を知っていたんです。宝石がここ展示室に隠されているということも。そして、工房に衛兵の一斉捜索が入ると知ると、その犯人は必ず隠していた宝石の回収に走るとも踏んでいた。気付かれないように、それとなく犯人の行動を監視していたに違いありません。そして、思惑どおり犯人が動いた。リパッグはそのあとをつけて展示室に入り込みます。犯人は宝石の回収を急ぐ余り、時間を惜しんで扉に施錠をしなかったのでしょう。でなければ、ここの鍵を持たないリパッグが中に入ることは出来ないですし、まさか、犯人が招じ入れたはずもありませんからね。
その犯人は、回収作業に集中する余りか、自分のあとからリパッグが入ってきたことに気付かなかったのでしょう。そこから先に何が起きたのかは、正直分かりませんが、とにかく、犯人は展示品のひとつである鎚矛を凶器にして、リパッグを殺害してしまうこととなってしまいました」
ホームズがそこまで言うと、クリフは一度固く目をつむり、まぶたをゆっくりと開けてから、
「ホームズ様……誰なのですか? その犯人とは……リパッグを殺した犯人は……」
今度はホームズがまぶたを閉じ、すぐに開いて、
「ここからが本当の賭けですね。俺は今から犯人の名前を口にします。それでも俺がこうして生きていられるかどうか……」ホームズはいったん言葉を止めた。自白を促す最後の時間をとるためだったが、それでも“犯人”が口を噤んだままでいることを見ると、「宝石横領とリパッグ殺害の犯人は、あなたですね……ジャーパスさん」
アンハイド武具工房職長の顔を、まっすぐに見つめる。
それでもなお、ホームズはしっかりと立っていた。




