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raison d'etre  作者: ごまみりん
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8/11

空虚


 「中尉は……いや、二階級特進だからわたしと同じ少佐か……」


 「二階級特進ということは、もう既に」


 「10年前だ。彼はわたしが知る限り、最高の兵士だ……」


 少佐はわたしの手に握られた赤い缶を見て、言った。


 「彼もそれが好きだった……バドワイザーとビッグマックの組み合わせが何よりも」


 ややあって、少佐は再び口を開いた。


 「君は、どことなく彼に似ている。外見ではない……なんと言えば良いのだろう。雰囲気や佇まいという点で、よく似ている」


 「そうですか?」


 「あぁ、君は意識してないかもしれないがな……。この画像の真ん中にいるのがビルさんだ」


 わたしのARに送られてきた一枚の画像。数人の兵士たちがコンバットスーツを着て、写っている。その画像の中心で柔らかな笑みを浮かべる茶髪、碧眼の男。


 ビル·ブラッド。


 820連隊のイコン。


 「彼は我々820連隊で最多のキルマークを記録した。その記録はいまだに破られてない」


 「破れる訳ねぇよな……」


 マークが小さな声でケビンに言った。


 しかしそれは少佐に聞こえたらしく、少佐の視線にマークはばつが悪そうな顔をして、ケビンはいつものことのように呆れている。


 「そんな顔をせずとも、別にどうもしない。そう構えるな」


 マークのドジはやはりいつものことらしく、周りの隊員も小さく笑っている。


 「そういうお前が一番記録に近いというのはどうなんだ?マーク・オルコット少尉」


 「たまたまですよ。それに、その内スノー少尉に抜かされる予定ですから」


 「わたしはそんな……無理ですよ」


 「大丈夫だろ。こんなにおっかない女は、そうそういないよ」


  





 「ビル·ブラッドは、どのような人物だったんですか?」


 周りの者たちがパーティーに戻った頃、少佐に聞いた。何故、わたしと全く関係ない故人のことなんか聞いたのだろう。その疑問は、意識は遅れてやってきた。わたしが望む、望まないに関わらず質問することが決まっていたように。さも、必然のように。


 「彼は、わたしにとって兄のような存在だった。わたしが820連隊に入隊したとき、最初に彼の部隊に配属された。彼はわたしの甘さや驕りを砕き、生き残る術を一から叩き込んでくれた。幾度となく、窮地を救ってくれた。戦闘における天才というのは、彼を指すのだろう。それが認められDARPA の専用機(ワンオフ)を用いたデータ収集に参加が許可されたのだからな……。後は、鈍い人だったな。気付いてもはぐらかしてたからな……」


 「何がですか?」


 「色恋沙汰のことだ。いつも笑ってごまかしていた」


 まるでどっかの誰かみたい、と思った。


 「彼は死んではならない人物だった。だが、この世界ではそういう者から逝く……」


 不謹慎に思えた。だが、その思考も遅れてやってきた。[わたし]が聞きたがっている。


 「どのように……」


 「懲罰作戦」


 少佐は短く言った。帝国の汚点。救済の裏側。同胞殺し。


 「恥知らずの駐キューバ人道軍の連中を皆殺しにした10年前の作戦。あの最悪な作戦の中で、彼……ビルさんはターゲット(友人)と共に死んでいった。極秘任務の最中だったらしい。共に行動していたCIAの準軍事工作チーム(パラミリタリー)が回収した遺体は、人の形をとって無かったと」


 「極秘?」


 「詳しいことは聞かされなかった。最高レベルの情報クリアランスの任務だからだろう」


 「あなたも、その作戦に?」


 「あぁ、820連隊はいつも通りだった。ハバナ周辺の無人機狩り(UECNハント)だ」


 それで帰ってみれば、上官は死んでいた。10年前の少佐の心中は如何な物だっただろう。兄と慕っていた者を突然失った時、何を感じたのだろう。


 「喪失感……とか感じましたか?」


 少佐は何かを思い出したようで苦い顔をしたが、それを笑顔で覆い隠した。


 「喪失感……では無いな。虚無感と言った方が良いだろう。何故、自分が生きているんだろう。何故ここにいるんだろう、という風に意義を見失った時期があった」


 「何故、生きているのか……」


 「あぁ。だが、ビルさんが言っていたことを思い出してな。ぼくらは考えちゃいけないんだ、とよく言っていた」


 「考えちゃいけない、ですか?」


 「任務に忠実であれ、ということだろう。この様をビルさんが見たらどう思うか、そう思うと少し吹っ切れた」


 「そうですか……」


 「君もだろう?」


 少佐の眼がわたしを捉えた。



 「その空っぽな眼、ビルさんとそっくりだ。君は本質的な部分で常に空っぽなのだよ」

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