空虚
「中尉は……いや、二階級特進だからわたしと同じ少佐か……」
「二階級特進ということは、もう既に」
「10年前だ。彼はわたしが知る限り、最高の兵士だ……」
少佐はわたしの手に握られた赤い缶を見て、言った。
「彼もそれが好きだった……バドワイザーとビッグマックの組み合わせが何よりも」
ややあって、少佐は再び口を開いた。
「君は、どことなく彼に似ている。外見ではない……なんと言えば良いのだろう。雰囲気や佇まいという点で、よく似ている」
「そうですか?」
「あぁ、君は意識してないかもしれないがな……。この画像の真ん中にいるのがビルさんだ」
わたしのARに送られてきた一枚の画像。数人の兵士たちがコンバットスーツを着て、写っている。その画像の中心で柔らかな笑みを浮かべる茶髪、碧眼の男。
ビル·ブラッド。
820連隊のイコン。
「彼は我々820連隊で最多のキルマークを記録した。その記録はいまだに破られてない」
「破れる訳ねぇよな……」
マークが小さな声でケビンに言った。
しかしそれは少佐に聞こえたらしく、少佐の視線にマークはばつが悪そうな顔をして、ケビンはいつものことのように呆れている。
「そんな顔をせずとも、別にどうもしない。そう構えるな」
マークのドジはやはりいつものことらしく、周りの隊員も小さく笑っている。
「そういうお前が一番記録に近いというのはどうなんだ?マーク・オルコット少尉」
「たまたまですよ。それに、その内スノー少尉に抜かされる予定ですから」
「わたしはそんな……無理ですよ」
「大丈夫だろ。こんなにおっかない女は、そうそういないよ」
「ビル·ブラッドは、どのような人物だったんですか?」
周りの者たちがパーティーに戻った頃、少佐に聞いた。何故、わたしと全く関係ない故人のことなんか聞いたのだろう。その疑問は、意識は遅れてやってきた。わたしが望む、望まないに関わらず質問することが決まっていたように。さも、必然のように。
「彼は、わたしにとって兄のような存在だった。わたしが820連隊に入隊したとき、最初に彼の部隊に配属された。彼はわたしの甘さや驕りを砕き、生き残る術を一から叩き込んでくれた。幾度となく、窮地を救ってくれた。戦闘における天才というのは、彼を指すのだろう。それが認められDARPA の専用機を用いたデータ収集に参加が許可されたのだからな……。後は、鈍い人だったな。気付いてもはぐらかしてたからな……」
「何がですか?」
「色恋沙汰のことだ。いつも笑ってごまかしていた」
まるでどっかの誰かみたい、と思った。
「彼は死んではならない人物だった。だが、この世界ではそういう者から逝く……」
不謹慎に思えた。だが、その思考も遅れてやってきた。[わたし]が聞きたがっている。
「どのように……」
「懲罰作戦」
少佐は短く言った。帝国の汚点。救済の裏側。同胞殺し。
「恥知らずの駐キューバ人道軍の連中を皆殺しにした10年前の作戦。あの最悪な作戦の中で、彼……ビルさんはターゲットと共に死んでいった。極秘任務の最中だったらしい。共に行動していたCIAの準軍事工作チームが回収した遺体は、人の形をとって無かったと」
「極秘?」
「詳しいことは聞かされなかった。最高レベルの情報クリアランスの任務だからだろう」
「あなたも、その作戦に?」
「あぁ、820連隊はいつも通りだった。ハバナ周辺の無人機狩りだ」
それで帰ってみれば、上官は死んでいた。10年前の少佐の心中は如何な物だっただろう。兄と慕っていた者を突然失った時、何を感じたのだろう。
「喪失感……とか感じましたか?」
少佐は何かを思い出したようで苦い顔をしたが、それを笑顔で覆い隠した。
「喪失感……では無いな。虚無感と言った方が良いだろう。何故、自分が生きているんだろう。何故ここにいるんだろう、という風に意義を見失った時期があった」
「何故、生きているのか……」
「あぁ。だが、ビルさんが言っていたことを思い出してな。ぼくらは考えちゃいけないんだ、とよく言っていた」
「考えちゃいけない、ですか?」
「任務に忠実であれ、ということだろう。この様をビルさんが見たらどう思うか、そう思うと少し吹っ切れた」
「そうですか……」
「君もだろう?」
少佐の眼がわたしを捉えた。
「その空っぽな眼、ビルさんとそっくりだ。君は本質的な部分で常に空っぽなのだよ」




