懐古
マークとケビンに連れられ、ガレージに下りると沢山の人たちが既に飲み食いを始めていた。男だらけでむさ苦しいとばかり思っていたが、女性隊員の姿もちらほら見えた。真っ黒なECN が立ち並ぶガレージに武骨なテーブルと椅子を並べただけのパーティー会場。迷彩服姿やコンバットスーツに整備の作業服。ドレスコードも滅茶苦茶で華やかさなんて微塵も無い。
「主役の登場だぜ!」
マークが叫ぶと、その空間にいる者全ての視線がわたしに注がれた。
「お邪魔してます……情報支援部隊物理支援ユニット所属のアシュリー·スノーです」
マークに促されて挨拶をした。
数時間前よろしく820連隊の隊員たちは、わたしを好意的に迎えてくれた。ガレージに下りたわたしの手に山盛りの料理が乗った皿が渡された。食べ慣れない固形物の山。たくさんの本物の食べ物。口内に広がる生き物の味、命の味はわたしが今まで感じたことの無いものだった。しかし、その後に感じたものはウィリアムが出してくれるお菓子を食べた時と同じものだった。
「美味しい……」
「そりゃ良かった」
意図せずに出てしまった言葉をマークに聞かれてしまった。
「さっき言った料理好きの奴が丹精込めて作ったんだ。美味くない訳がねぇ」
そう言って、マークは赤い缶を傾けながら、飲むか、と同じ赤い缶ーーバドワイザーをわたしに差し出した。
「わたし、お酒初めてなんだよね」
「嘘だろ?人生損してるぜ、それ」
【人生】:人間がこの世に生きている期間·生きていくこと·一生
[生きていくこと?]
[何のために?]
「とにかくだ、飲んでみろよ。肉と酒。この2つさえありゃ、全て世はこともなしさ」
「野菜も食べなければ病気になる。それに、お前は女も無くちゃだめだろう?」
いつの間にかケビンがマークの傍にいた。わたしはバドワイザーを持って呆けていた。何か考えていたような気がする。何を考えていたんだろう。
「で、初めてのバドワイザーはどうよ?」
マークの言葉がわたしをガレージに引き戻す。
「とても美味しいわ……お肉と相性ばっちり」
「だろう?人生の半分を取り戻したな……」
「この赤い缶一本で人生の半分を取り戻せるなら、安い物ね」
「まあ、そう単純にいかないのが人生って物なんだけどな……」
【人生】:人間がこの世に生きている期間·生きていくこと·一生
[生きていくこと?]
[何のために?]
生きているんだろう?
ガレージの空気が突然引き締まった。ピンと張りつめた、冬の空気のように。
820連隊の隊員たちは直立不動の姿勢で、ガレージの入り口を見つめ敬礼している。ふざけてばかりだった、マークの表情には先程までの人懐こさは欠片も無かった。
「アシュリー·スノー少尉はいるか?」
わたしを呼ぶ声。男の声。低くて、聞く者に安心感をもたらす声がわたしを呼んでいる。
「アシュリー·スノーはわたしです」
そう言って、声の主の前に姿を晒した。そこには、壮年の男性がわたしのECNを見上げて佇んでいた。
「この機体は君のだね?」
「はい。そうです」
「どこでこの機体を?」
「上から宛がわれた物なので、分かりかねます」
そうか、と言って男性はわたしを見た。
「……この機体に乗るだけのことはある。活躍は聞いた」
再び男性は機体に視線を戻して、目を細めた。懐かしそうに。
「この機体について、君は何か知ってるかね?」
わたしは首を横に振った。
「第7世代型ECN、M75-imperator。ビル·ブラッドのための、彼だけの機体。皇帝」
ビル·ブラッドという名前が出た瞬間、ガレージがざわめいた。
「彼はわたしの上官だった……」
男性はわたしを見ていた。でも、わたしを見ていなかった。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな……。リンジー·コックス、少佐だ。少し、話そうか」




