帰投
基地にはヘリのUAVで帰投した。回収地点でヘリのワイヤーに吊られて、乱暴な挙動に耐える基地までの時間は最悪だった。基地に戻ったら820連隊と海兵隊の両方から嫌な顔をされるんだろうな、と思うと少し憂鬱な気分になった。命令でやったことなのに、手柄泥棒と罵られる。嫌な話。任務は終わったのに、すっきりしない。
新古典主義建築やアール・デコ、共産主義等の様々な時代の文化や様式が混ざり、東欧の小パリと呼ばれた街はもう無かった。美しい街並みは瓦礫と化し、ドゥンボヴィツァ川の水面は燃え盛る街を写して橙に染まっていた。この後はお得意の人道軍の介入か、ロシアとの利権争いが加速するか。
基地に帰還したわたしの予想は大きく裏切られた。ワイヤーから切り離されたわたしの機体の周りに、わたしと同じ真っ黒なコンバットスーツを着た男たちが集まってきて騒いでいた。口笛を吹いたり、跳び跳ねたり。口にする言葉は恨み言では無く、わたしへの称賛の声。
〈彼らは君が思うより、さっぱりした連中だよ〉
わたしの機体の周りに群がる820連隊の男たちは自分たちの代わりに任務を果たした者がどんな奴か見たがっているようだった。
〈顔を見せてあげなよ〉
わたしは顔を見せるつもりは無かったが、ウィリアムにそう言われてコックピットから出ることにした。
「ヘルメット外してくれよ……」
「これで良いかしら?」
ヘルメットを取ると歓声があがった。
「べっぴんさんじゃねぇか……何処の所属なんだ?彼氏は?」
「やめとけよ、マーク。彼氏いるに決まってるだろ」
「所属はISAの物理支援ユニット。彼氏は……いないわ」
「マジ……?」
マークと呼ばれた男が間抜けな顔をしながら訊いてきた。
「好きな人はいるけど」
「それって……俺?」
「マークその辺にしとけよ」
「いや、冗談だって。そんなにマジになるなよ、ケビン……」
マークは肩を竦めて、わざとらしい咳払いをした。
「改めて……はじめまして。マーク・オルコット少尉だ。で、コイツが……」
「ケビン・コレット。准尉だ。よろしく」
「アシュリー・スノー少尉です。よろしく」
2人と握手を交わす。
「じゃあ、そろそろ……」
「何処へ?」
「機体をガレージに持っていかないと……」
マークとケビンは思い出したように言った。
「それならウチの整備がガレージに運ぶ。俺らのガレージにな」
「何故?」
わたしが訊くとマークが海兵隊のガレージの方を指差した。
「あいつら見てみろよ……」
マークが指差した方には820連隊の隊員とは対照的にわたしを冷たい眼で見る海兵隊員たちがいた。
「女々しいやつらだぜ。手柄を取られて泣きそうなんだ」
「言ってやるなよ。ママのお乳を吸えば元通りになるさ……」
マークとケビンは海兵隊員を横目で見ながら笑った。
「そういう訳だ。向こうに行ったら居心地悪いだろう?」
「そうね……乱暴されそうね」
「乱暴したら返り討ちに合いそうだけどな」
わたしは気になっていることを彼らに訊いてみた。
「あなたたちは、どうして責めないの?」
マークたちは目を丸くして、わたしの言った言葉の意味が分からないような顔をしていた。
「あなたたちは手柄を横取りしたわたしを責めないの?」
「あぁ……そりゃあ別に手柄なんてどうでもいいからさ」
「大事なのは任務を遂行することだ。俺らの代わりにあんたがやっただけだろ。それに上が命令したことに文句を言うつもりは無い」
「そう……」
ウィリアムが言っていたように、わたしが思ってるより彼らはさっぱりしていた。
820連隊の整備員がわたしの機体をガレージへと運搬している。
「ついてこいよ。ガレージに案内するからよ」
マークとケビンの後に着いて歩いた。すれ違う兵士たちはわたしに声をかけてきたり、マークを茶化したりとフランクな者が多い印象だった。ガレージの近くでせわしなくコンテナを運ぶ兵士たちにがいたから、訊いてみた。
「何を運んでいるの?」
「酒ですよ。暫く任務続きだったからって、本国のアルバーン准将からの差し入れで」
「少尉殿も、打ち上げには参加だ」
「え……でも、わたし部隊が違うのに……」
「いいんだよ、俺らは気にしねぇからよ」
「ウチの部隊に料理が上手い奴がいるんだ。そいつに少尉殿が来るって言ったら、張り切ってたからな。来てくれないと、そいつが沈んでしまう」
「それなら……お邪魔します」
マークとケビンに押しきられたような形になったが、820連隊の慰労会に参加することになった。
ガレージに着くと、更衣室に案内された。
「それじゃあ、10分後にまた来るから着替えておいてくれ」
「なんなら5分後に来ちゃおうかな……。おい、ケビン……ウソだから銃は止めろ。銃は止めてくれ……」
マークとケビンが更衣室から出ていってから5分もかからずに着替えは終わった。施設で着させられていた物のように、体にフィットするコンバットスーツを脱いで、楽なタンクトップに着替えた。
わたししかいない更衣室は耳鳴りがしそうな程静かで、ついさっきまで聞いていた銃声やヘリのローター音が恋しくなった。
不思議な気分だった。まるで夢から覚めたような、更衣室のロッカーやベンチが酷く現実味を帯びてわたしに迫ってくるような感覚。
その感覚に震えながら、ドアがノックされるのを待った。




