処理
〈まもなく降下地点だ。目を覚ましてくれ〉
ウィリアムの声が頭に響き、目蓋が開く。
UAVの胎内。腹に詰め込まれたわたし。戦場にお似合いの曇天。
〈よく作戦前に眠れるもんだ……今まで作戦前に寝るやつなんて見たこと無いね〉
「目を閉じていたら寝ちゃったの。疲れてるのかも」
〈なら、さっさと終わらせようか。面倒事は早めに片付けるに越したことは無いからね……〉
実のところ、水槽以外で寝るのは初めてだった。あのぬるりとした赤い液体に包まれずに寝るというのは、案外心地よい物で、無理矢理胎内に押し込まれたような感覚――わたしは母親の胎内にいた経験は無いけれど――は無かった。
〈それじゃあ、目覚まし代わりの確認をしよう。今回の君の任務はクーデターの首謀者マラート・ハチャトゥリャン、ミトロファン・カムイシンスキーの処理にあたる820連隊の支援。もしくは2人の処理だ。2人の潜伏場所とそこまでのルートはARにマークしてある〉
「空爆しちゃえばいいのに」
〈そうもいかないんだな……向こうのガードも堅くてね。対空設備を全て破壊しきれてないんだ。それでも君を行かせるというのは信頼の表れか、それとも生け贄か……〉
「後者でしょうね。わたしが晒し首にならないように、ちゃんと支援してよね?」
〈勿論……そろそろだね。カウントを開始するよ〉
カウントが減少していく。それに比例するように、わたしの中の起伏が無くなっていくのを感じた。冷たくなっていく心。
ECNが運用され始めてから、暫く経つという。それなのに最初期からECNの敵地侵入手段はUAVからの降下が圧倒的に多い。
装甲輸送車からの陸路、揚陸艇からの上陸。潜水装備による水路進入。その他諸々の侵入手段があるが、特殊戦や不正規戦の割合が圧倒的に多くなったこの御時世。機動性の高いステルスUAVからの降下は昔から変わらない人気を保っていた。
そんな昔ながらの侵入手段でブカレストの街に着地する。
着地と同時に格納部から作戦区域制圧ドローンを2機分離し、機銃が唸りを上げて着地点周辺を制圧する。
〈制圧完了……最短で行こう〉
ARに映し出される青い光。目的地までのルートをなぞりながら進み、わたしの機体を守るように分離したドローンが追従する。
街の影から姿を現す反乱軍の兵士たちが引き金を引く前に、ドローンの機銃が彼らをなぞり、断末魔をあげながら薙ぎ倒されていく。歩兵はドローン、兵器はわたしという役割分担。
大将までの最短ルートを突き進むわたしを阻むように、至る所から装甲兵器が沸いて出てくる。装甲車、戦車、陸戦ドローン。そういったやつらの装甲に穴を開けて燃やしていく。
意識するよりも前に、考えるよりも前に体が動く。ロックマーカーがARに映し出されると同時に消えていく。まるで自分を俯瞰して操作しているような感覚。神経を通さずに脳からの命令を実行しているような、無意識下に於ける殺戮。あぁ、死んだんだなというような。
〈敵性ECN反応、500メートル先に4機。10時の方向から……〉
建物越しにECNのシルエットが透けて見えた。おそらくロシアから供与された最新型。
わたしは建物の影から機体を出して右肩部のミサイルを発射した。ミサイルが4機のECNにぶち当たって、爆発する。ロシア製の装甲はその程度じゃ破片になってくれなかった。堅さがウリの露助。
だからダメ押しの弾幕を張った。左肩部のバルカン砲とアサルトライフル。追従するドローンの機銃の三重奏。
一頻り撃つとマーカーが消えたから、その場を去った。煙に包まれて露助がどうなったかは見えなかったが、酷いことになっているのだろう。
〈調子良いね。初陣なのにこんなに撃破するとは思わなかったよ〉
「そう?いつも通りだと思うけど」
〈ハハハ……調子が良い時のことを考えると恐ろしいよ。で、突然で悪いけど作戦変更だ〉
「どんな風に?」
〈君が目標を処理するんだ。薄々気付いてると思うけど、820連隊の進捗が芳しくない。ロシア製の最新型に押し込まれているようだ。上は支援はいらないから、さっさと首刈ってこいってさ〉
「了解」
ブースターを吹かして一気に目標のいる建物に近づく。幾つもの防御線やバリケードを潰して、目当ての建物に到着した。
「ウィリアム、機体をお願い」
〈了解。気を付けるんだよ〉
ウィリアムに機体のコントロールを譲渡して、コックピットから下りる。コックピットからM4を取りだし、マガジンを叩き込む。機体の格納部から室内制圧ドローンを分離させ、建物に侵入する。
角から飛び出してくる兵士の頭を撃ち抜き、背後や死角からわたしの体を7.62ミリ弾でめちゃめちゃにしようとするルーマニア人はドローンが対処する。特殊戦装備のゴーグルにドローンのカメラからの映像が映し出され、肩より上が無くなった死体がばたばたと倒れる様を見た。
目標がいるフロアまで階段を駆け上がろうとした時、わたしの前を大量の弾丸が通り過ぎた。軽機関銃、分隊支援火器をぶっ放したのだろう。しかし、威勢の良い銃声もグレネードを放り投げるとドン、という音の後に静まった。
階段の踊り場をドローンが制圧し、目標のいるフロアに今度こそ駆け上がる。
ゴーグルが目標まで目と鼻の先ということを知らせてくれる。
目標がいる部屋のドアにドローンの機銃から放たれた弾丸が叩きつけられる。弾丸はドアを貫き、中にいる人間の血肉を弾け飛ばす。
ドアを蹴破って部屋に入った時には壁が真っ赤に染まっていた。生存者はいないだろうな、と思いながら死体を物色していると部屋の隅で呻き声が聞こえた。声の主は2人。目標AとBだった。マラート・ハチャトゥリャンとミトロファン・カムイシンスキー。
「マラート・ハチャトゥリャンとミトロファン・カムイシンスキーね?」
違うとは言わせない。この2人のバイオデータ――網膜と静脈が本人であることを証明したとゴーグルにARが滑り込んでくる。
「何者だ……貴様……」
「モルモットよ。あなたたちを処理するわ。さようなら……」
そう言って、虫の息だった2人の頭にM4の5.56ミリ弾を叩き込んだ。既に体がぐちゃぐちゃだったのに、頭まで無くなってしまった。その姿は何処と無く面白味があった。
「ウィリアム、終わったわ」
〈こちらでも確認した。本国も確認を完了したと……お疲れさま。さっさと帰ろうか。女の子を血生臭い場所に長居させたくは無いから〉
「わかった、今から戻るわ……」
遠くから爆発音と銃声が聞こえる。建物の中は静寂に包まれている。
建物に立ち込める血の匂いと、遠くから聞こえる銃声に何処か懐かしさを感じた。遠い昔から、この音を聞いていたような気がする。わたしの中の深い所が刺激される感じ。わたしの存在への祝福。
存在:あること、それ自体としてあること、わたしとしてあること
わたし。ワタシ。私。検体No.72。検体コード:アシュリー。アシュリー・スノー少尉。 祝福:神が恩寵を授けること。
人間が造った人間に与えられる祝福とは何なのだろう。親も無く、培養液の中で誕生したわたし。自然の摂理から外れた禁忌の存在を、神は祝福するだろうか。いや、しないだろう。
そんな存在を祝福するのは外法の存在だろう。祝福なんかじゃない。祝福の対。呪いだ。
呪われながら生きる禁忌。何故、わたしは存在してるの?わたしの存在理由って何?
遠くから銃声が聞こえる。
わたしは血でベタつく廊下を戻った。今は何も考えたく無かった。
ウィリアムの声が聞きたかった。




