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raison d'etre  作者: ごまみりん
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前線


輸送機が滑走路に降り立つ。誰にも迷惑をかけないように、荷物を傷つけないように衝撃を吸収する機構など搭載されてる訳も無く、荒っぽい着陸だった。パイロットのアナウンスと共にハッチが開いて、ルーマニアの夜闇とカーゴベイの暗さが繋がった。


ルーマニア。クンピア・トゥルジー空軍基地。アメリカ軍が間借りしているルーマニア空軍基地。


カーゴベイから降りると、慌ただしく走り回る兵士たちとUAVに積まれて、わたしとすれ違いに飛び立っていくECNたち。


あぁ最前線なんだな、と思った。初めて訪れる戦場は砂漠でもジャングルでも無く、至って普通の市街地。こう言ってはなんだけれど、なんだか拍子抜けした気分だった。


「アシュリー・スノー少尉ですね?」


物資を運び出す要員と共に現れた男に声をかけられた。肯定すると


「お待ちしておりました。こちらへ……」


男に促されるまま滑走路から建物に移動した。




建物の中は外よりもごたごたしていた。人が絶えず行き来し、ARはリアルタイムで入ってくる情報でごった返していた。タンカラーの迷彩服を着た者ばかり。ここが海兵隊の基地に思えてくる。ルーマニア軍の兵士はチラチラといるだけ。まるで立場が逆。間借りさせてるんだか、間借りしているんだか。


違和感を感じた。階段を昇る。何にも遮られずに目的地へ向かう。それだけなのに。


すれ違う兵士たちを見ていて気付いた。認証が無いことに。施設では1ブロック毎に認証されていた。だが、ここには静脈認識パッドも、顔認証システムも何も無い。それが違和感の正体だった。


だが、それが落ち着かなかった。1ブロック毎に認証されないことが。煩わしく足止めを喰らわないことが。これが普段と違う環境に慣れないことから来る物か、自分が然るべきシステムで認証され管理されてないことから来る不安かは分からなかった。


徹底された情報管理の弊害とも言える症状を感じながら男の後ろを歩いていると、一室の前で男が立ち止まった。


「中佐、お連れしました」


「入れ……」


野太い声の後、ドアが開いた。


ジャーヘッドの黒人。タンカラーの迷彩服を着た大男。


わたしを連れてきた男はそそくさと部屋を出ていった。


「アシュリー・スノー少尉です」

便宜上の名前と階級を言って敬礼する。


「ハロルド・ヒューゴー。海兵隊中佐だ。長旅御苦労だった。まぁ座れ……」


中佐の向かいに座る。ソファに体が沈み、わたしを包みこむ。室長室の弾力のある堅いソファとは大違い。


「君のことは上から聞いている。統合特殊作戦コマンド(JSOC)の情報支援部隊(ISA)実働チームからの派遣とはな。驚きだ」


「そうですか?」


わたしはカバーストーリー通りに話を続ける。


「現地に入るJSOC指揮下の部隊は820連隊だけと聞いていたからな。それにISAの実働チームから要員が派遣されるほどの戦闘でも無いだろう」


「機密ですので詳しくは言えませんが、上官から任務を預かってます。支援をしていただければ幸いです」


「それは構わん。支援の内容は?」


「ECNのメンテナンスと補給、UAVによる降下と回収です。それと現在の状況を教えて頂ければ……」


「現在の状況か……反乱勢力はブカレストに集結している。市街地には海兵隊と820連隊のECN、UECNが展開中だ。今回のクーデターの首謀者マラート・ハチャトゥリャン、ミトロファン・カムイシンスキーは捜索中。おそらく、ブカレスト中心部にいるだろう。この2人は海兵隊特殊作戦部隊(MARSOC)が処理する」


「MARSOCが市街戦ですか」


「そう思うのも無理は無い。MARSOCと言えば砂漠や上陸後の戦闘というイメージが付いてしまったからな。だが、市街戦も十分対応できる」


中佐はそう言うが上はそう思ってない。輸送機の中で目を通した作戦ファイルには2名の処理は820連隊の要員が行うことになっていた。特殊作戦軍(SOCOM)が820連隊の他に部隊を捩じ込まなかったのは彼らがECN戦以外の任務もこなせるからだ。例えば暗殺。


わたしの任務はそれの支援。運が良ければ手柄を掻っ攫うこと。存在証明。



「ECNは?」


「君より一足先に着いた。今はガレージだ」


「ありがとうございます。では、これで。支援の件、よろしくお願いします」






ECNのガレージも慌ただしい雰囲気が漂っていた。駆けずり回る整備員。装備弾薬の詰まったコンテナ。何機ものECNが並び、パイロットはシステム調整やら出撃の準備に余念が無い。


タンカラーのECNが並ぶ中で1つだけ真っ黒な機体がある。


わたしの機体。上からあてがわれた借り物。


だけど、わたしはこの機体が気に入っている。初めて乗った時から、ずっと前から乗っていたような感覚がした。つまり馴染んだのだ。わたしの思い通りの機動をしてくれる。まるで自分の手足のように誤差の無い挙動。



コックピットに乗り込み、システムを機動させる。市街戦用にシステムを変更しなければならない。


システムをbless(全地球戦闘支援パッケージ)にリンクさせるとフラットな合成音声が流れる。


《全地球戦闘支援パッケージ、リンク完了……これよりアシュリー・スノー少尉への支援を開始します》


「システムを市街戦用に組み換えるわ。手伝って頂戴」


《了解しました……システ……》


blessの合成音声にノイズが走って途切れた。初陣前にトラブルなんて幸先の悪いことは勘弁してほしかった。


だが、それはわたしにとって素晴らしくハッピーなトラブルだった。


〈……あー、聞こえるかな?おーい〉


「え……ウィリアム?」


インカムから聞こえてきたのは紛れもなく、いってきますを言いそびれたウィリアムの声だった。


〈そうだよ。ウィリアムだ。びっくりしたかい?〉


「なんでウィリアムがここに……」


〈今回の任務での君の支援は、ぼくが担当することになったんだ。元々、こっちが本業だからね。よろしく頼むよ、アシュリー・スノー少尉殿〉


「そう……いつも通り、アシュリーでいいよ。ウィリアム」


〈そうかい。ぼくも、そっちの方がやりやすいよ。システムの方は君とのお喋りの間に組み換えておいたよ。確認してくれ……〉


完璧。その一言に尽きた。今までのblessが立ち上げた局所的戦闘システムとは一線を画す無駄の無い物だった。わたしの一番使いやすいように訓練のデータから構築したわたしだけのシステム。


「うん。大丈夫。完璧だよ」


〈そりゃ、良かった。ぼくの仕事は君が効率的に最大の戦果をあげられるように支援することと、君を生かして帰すことだ。君が生きて帰れるように最高の準備をするのは当然さ〉


わたしはそんな気障なAIに、ありがとう、と返した。

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