復活
何処かで見たことのあるような風景。施設の何倍も面倒なセキュリティ。
騒々しくすれ違う制服や背広は皆一様に切羽詰まった表情で駆けずり回り、そこらに溢れるARはルーマニアの基地で見た情報の氾濫が蛇口から流れる水のように見えるぐらいぐちゃぐちゃだった。
バンに揺られたわたしは国防総省に連れてこられた。訳も分からず出頭命令が出てるからとバンに押し込まれ、ピリピリした車内で縮こまっていて、気付いたらわたしを呼びつけた連中がいる所にいた。
この五角形のばかみたいに大きい建物を目的地へと向かい歩いていく。地上階の職員たちはいつも通りといった感じ──わたしにはペンタゴンのいつもは分からないけれど──だった。タンブラー片手にホットドッグやサンドイッチ。同僚と和気藹々と談笑したり、ミーティングしたりと平時の勤務。しかし、地下階へ降りると空気が変わった。
ひっきりなしに鳴り続ける回線。更新され続ける情報。赤く光り異常を示すスクリーン。
やたらと多い認証を全てパスし、一際重厚な隔壁と呼ぶに値する程分厚い扉の向こうはルーマニアとは違った意味での最前線で、こんな一目見ただけで異常な事態だと分かる中で何故わたしに軍のトップから出頭命令が出たのか。全く心当たりは無く、見当すらつかない中、ルーマニアでの任務を労われる訳では無いことだけは分かっていた。
地下5階の指揮司令センター。公式にはペンタゴンは地下2階までしか無いとされているが、それは勿論建前というもので、現にわたしは第6分室同様の──あの施設の数百倍はマシな──非公式施設にいる。他にも公には出来ない施設や設備がわんさかあるのだろうが、生憎とそれらを社会科見学のように見て回る時間も権限もわたしには無かった。
司令センターにある階段を昇り、ここまでわたしをエスコートした黒服に促されてドアをノックすると
「入れ」
とぶっきらぼうな言い方で入室の許可が降りた。
顔色を悪くした大人たちが雁首揃えて頭を抱えている、というのがわたしの所見だった。長いテーブルの周りにはシワ一つ無い高そうなスーツやじゃらじゃらとたくさんの勲章を着けた軍服を着た大人、大人、大人。中にはその顔色の良さを周りに分けてあげればいいのにと思うぐらい余裕を見せている軍服の女や、この場の空気とスーツにはミスマッチなコーラをらっぱ飲みする男もいたが、大抵のその場にいる者の顔はこの世の終わりが訪れたような表情をしていた。
「君がアシュリー·スノーだね?」
一番奥の中央、わたしの真向かいに座る初老の男が口を開いた。
「はい。国防高等研究計画局第6分室所属、ideal soldier project検体No.72、検体コード:アシュリー。アシュリー·スノーです」
わたしが偽の階級と所属を言う代わりに本来の所属、帰属する計画、本来わたしに付けられたロットとコードを言うと顔色が悪かった大人たちは益々顔色を悪くした。
「どういうことだね……局長?あの計画は大統領の承認を得られずに凍結された筈だが?」
「副長官……それは……」
「DARPAは誰の命令で……いや、それは後回しだ。君の身柄を拘束してゆっくりと話を聞こう。こいつを摘まみ出せ……」
副長官と呼ばれた男の声と共に控えていたセキュリティ要員が国防高等計画研究局局長──わたしを生み出した男を連行していく。
「さて……自己紹介が遅れてすまない。わたしはディーン·オズボーン。国防副長官だ。長官は今、D.Cに向かっているからわたしがここの指揮を任されている」
ここまで一息に言うと副長官はわたしが口を開くよりも早く、再び話し始めた。
「ルーマニアでの任務ご苦労。ゆっくりと君の働きを労いたい所だが、そうも言ってられない。君に出頭命令を出した訳だが……」
この後の副長官の言葉でわたしの頭は真っ白になった。
「君が所属していた国防高等計画研究局第6分室が何者かに襲撃、爆破された。生存者はゼロだ……」
「うそ……」
別にあそこの誰が死んでも良かった。むしろすっきりした。あんな奴らは生きていても意味が無い。だが、大事なのはそこじゃない。
「教会は……ウィリアムは……」
「教会?ウィリアム?」
「地下にある……大深度隔離セクションの……」
「報告によると、隔離セクションは爆破により全てのシステムの稼働が停止、シグナルをロストしたそうだ」
真っ白なキャンバスに黒い絵の具を塗りたくるように。日が沈み、森が闇に覆われるように。わたしの頭は機能を停止した。底無しの沼に絡み取られるような感覚と共に、音が遠く聞こえてくる。自分から自分が解離していくよう。
鈍く大きな音。何かを蹴り飛ばしたような音がわたしを沼から引き上げた。
ブルネットの髪と凛々しい青い瞳。その瞳は射殺すかのように強い視線をわたしに向け、視線の主はパンプスをデスクの上に乗せていた。デスクにはヒビ。
「話は終わっていない。現実逃避しようがどうしようが構わないが、この場でのお前の責務を果たしてからにしろ」
視線の主──入室した時、余裕を見せていた女の言葉はわたしの鼓膜にぶつかり、響いて、何処か懐かしさを覚えて、そのノスタルジーをわたしは知っているような気がした。わたしがわたしから離れていきそうになった時、繋ぎ止めてくれる鎖。ルーマニアの時はウィリアムの声で、今はこの女の声。何処か似ている、暖かい声。
「……もういいかね?」
「はい……申し訳ありません。少し動揺してしまいました」
「構わんよ。さて、続きだ」
視線の主は足をデスクから下ろし、隣のコーラをらっぱ飲みしていた男は小さく笑っていた。
「第6分室の襲撃と同時刻、現在展開中の無人ECNと全ECNに適応、装備されている全世界戦闘支援パッケージ、blessのコントロールが奪われた。国家安全保障局によると他国、中国、ロシア、イギリス等が導入している類似のシステムも同様の被害を被ったようだ」
合衆国だけじゃない全世界に対する攻撃。そんなことをやってのけられる国なんて無い。異常すぎる事態。下の指令センターがてんてこ舞いなように、世界中が今パニックに陥っているだろう。
「更に7時間前、グアンタナモ海軍基地が襲撃され収容所から囚人を逃がされた。その後所属不明機による爆撃でグアンタナモは深刻なダメージを負った」
「その囚人は?」
「現在調査中だが収容所の地下、最厳重エリアに収監されていた者たちだろう。中央情報局の準軍事工作チームが血眼になって探して捕まえてきた連中だ」
おそらくグアンタナモだけじゃない。世界中に点在するブラックサイトがこれから襲撃されるだろう。わたしは世界という巨大で脆い砂の城が崩れていくのをか感じていた。
「それで、何故わたしを?」
「君には異動してもらう。君は……」
副長官がわたしの出頭命令の理由を言おうとした時だった。わたしたちがいる部屋のドアが大きな音を立てて開かれた。
「副長官!!」
血相を変えて部屋に入ってきた職員の顔は信じられない物を見たような、目を大きく見開き呆然としてこの異常事態に更にただ事では無いことが起こった事を物語っていた。
「何事だ」
あまりの事だったのか、職員は暫く口を震わせていたがその場にいた海軍の将校に空気が震える程の大声で催促され、恐る恐る口を開いた。
「シャイアマウンテン空軍基地が……消滅しました……」
「なっ……!?」
「どういうことだ!?」
シャイアマウンテン空軍基地は大昔の冷戦時、ソ連からのミサイル防衛の為に|北アメリカ航空宇宙防衛司令部《NORAD》の地下司令部が置かれた山体の中に作られた基地で、核の爆発にも耐えうる設計の筈だった。世界が対テロ戦争へとシフトしてからは、待機状態とされているが様々な噂が絶えない場所でもあった。国家安全保障局《NSA》のあるセクションが電子戦部隊の本拠地にしているとか。
部屋にいた者たちは一斉に下の指令センターへ降りていく。
「衛星画像を出せ!!」
「国家偵察局の偵察衛星からの画像、メインスクリーンに出します」
司令センターにいた全ての職員、将校は言葉を失った。基地があった筈の山体は大きく抉られ、そこには巨大なクレーターが幾つも出来ていた。
「核……か?」
「いや、核なら衛星やレーダーが反応します……」
「一体何が……」
そんな司令センターにけたたましい警報音が響く。
「今度は何だ!?」
「そんな……ここのシステムが攻撃を受けてます!!どうやってここの回線に割り込んだ!?」
「押し返せ!何としてもだ!!」
「やってます……ッ!!クソッ早すぎる……」
「防壁が起動してない!?どういうことだ!?」
「あぁ!!ヤバい……侵入される……ッ」
職員の声と同時に視界が暗くなった。何も見えない真っ暗闇に包まれた。ざわつく周囲、予備電源の起動を待つ者、システムの復旧を画策する者。司令センターの中の人間が次のアクションを起こそうとする中、その全ての者の耳に『声』が聞こえた。
<やぁ、国防総省地下指揮司令センターの皆さん。ごきげんよう。いかがお過ごしだろう?>
その声は
「嘘だろ……」
わたしにとって
「何で……お前が……」
身近で
<ハハハ、酷い顔だぞ?メイナードも、大佐も。あぁ……今は准将か、クレア·アルバーン特殊作戦軍参謀長兼指揮支援センター長殿>
聞き慣れた物で
「お前は……あの日……」
メインスクリーンに写るその顔は
「どういうことだ……」
ルーマニアでコックス少佐に見せてもらった画像と同じ
<どうもこうも無いよ。ぼくは帰ってきた、それだけのことだ>
茶髪に碧眼。
「茶化してねぇで、答えろよ……」
わたしには分かった。彼は紛れもなく
「ビル!!」
ウィリアムだ。




