友達
reboot:
目覚めはいつも悪い。
瞼を開けると、そこは真っ赤に染まってる。わたしはこの風景が嫌いだ。
瞼を開けてから数秒すると、耳がきんきんするアラームの音と共にわたしを包む真っ赤な液体が排出される。排出には2分かかる。生ぬるい液体はわたしの肌をぬるりと撫でて排出口へ向かう。
こうしてわたしはようやく、水槽から出ることが出来る。
そのままシャワーを浴びて、ローブを着る。
真っ白な部屋。壁も白、テーブルも椅子も白、照明も白、ローブも白。色は水槽に注入される液体だけ。暖色が極端に少ないこの部屋にいると、うっすらと肌寒く感じる。
必要な物だけが据え付けられたこの部屋は殺風景極まりない。テーブルと椅子、水槽にタンスとクローゼットが一つずつ。不便は無いけど、面白味も無い。娯楽といえば、手のひらに埋め込んだARチップからアクセス出来るライブラリで見られる本や映画。20世紀後半のポストモダン文学を読み漁った。最近見た映画は、ブラックホークダウン。
シャワールームを出るとテーブルの上に朝食が置かれてあった。栄養調整用の緑色のジェル、カロリー補給用の赤色のジェル、たんぱく質補給用の黄色のジェル。それと真っ黒で熱いコーヒー。半固形のパレード、固形物を拒んだ食生活。
わたしはそれらを黙々と流し込む。喉をつるんと流れたジェルは速やかにわたしの体に吸収されて、エネルギーに変換される。わたしの体はジェルで出来ている。過言ではない。
ジェルを流し込む作業は熱いコーヒーを飲むことで完遂される。人工甘味料の甘ったるいジェルで浮きそうな歯を、苦すぎるコーヒーで締める。熱くて、苦くて、不味い。胃が暖かくなる感覚。毎朝変わることの無い普遍、不変。
時刻は8時30分。作業を完遂させたわたしはローブを脱いで、いつも通り普段着に着替える。
普段着と言っても、世間一般で普段着と認識されているもの――Tシャツ、ジーンズの類いでは無く、体にぴっちりとフィットするボディスーツ。胸に、尻に、太股に吸い付き、体のラインを際立たせるような真っ白なスーツ。わたしは勝手にフィルシースーツと呼んでいる。理由は明快で、こんないやらしい物を作ったやつは変態である可能性が高いから。
白衣を着たやつらは、パイロットスーツだって言うけど――確かにこれはパイロットスーツだ――、やつらはわたしをそういう目でじろじろ見る。舐め回すように。
スーツが体に吸い付く感覚を覚えたら、彼の元へ行かなければならない。行かなければわたしは今日1日を最悪の気分で過ごさなきゃならなくなる。行けば、最高の気分で過ごせるから。
***
部屋を出ても真っ白なのは変わらない。廊下も照明も白衣も、みんな真っ白。気が狂いそう。赤じゃ無いだけマシだけど。
すれ違う職員たちと挨拶を交わす。おはよう、気分はどう、今日も元気出していこう。張りぼての笑顔、わたしをモルモットとしか見てない眼。
国防高等研究計画局(DARPA)第6開発分室。アメリカの後ろ暗い技術の源泉。グロテスクな者、物の集まり。
わたしもその技術の一つ。
ideal soldier project(理想の兵士計画)、ISP、IS計画。
ISPによって産み出されたクローン。唯一の成功例、検体No.72。検体コード:アシュリー。
それがわたし。
今どきECNですら無人機が投入されているのに、わざわざ金をかけて高価なヒューマン・リソース(人的資源)を開発するなんて時代に逆行しているように思えてならない。
時代に逆行したパンクな存在。闘うことについて、あらかじめ最高のプログラミングをされて産み出されたキリング・ドール(殺人人形)。
それがわたし。
書き換えがどうとか、定着したのがどうとか研究員連中が言っていたけど何のことかは分からなかった。
真っ白な廊下をひたすら歩く。廊下沿いの窓から見えるのは、うねうねと動く人工筋肉、何処かの死刑囚が頭をぱっくり開かれて丸見えになった脳をつつかれている光景。朝からよくやる物だと言いたいが、彼らは3日前も同じことをやっていた。
あの死刑囚の開かれた眼は何を見ているのだろう。極彩色の風景か、幼き頃の憧憬か、はたまた地獄か。彼のぴくりとも動かない眼球と表情筋からは測りかねる。
死刑囚の脳をつついていた研究員がわたしに気付いて手を振ってきた。マスク越しに分かるほど、屈託の無い眩しい笑顔で。わたしも少し口角を上げて手を振り返した。
少し離れた部屋には、ギャグボールを噛まされて全裸で拘束された男を白衣を着た男たちが見ているという、変態的な光景が広がっていた。
新しい自白剤の研究だと言うが、実は男が拘束されて涎を垂らしながら悶える様を見て楽しんでいるだけなのではないかと思ってしまう。およそ研究には見えない。
ここはそんな場所だ。変態的で気色悪くて、冒涜的な物の集まり。
ここに何人の精神病質患者や社会病質患者がいるのだろう。もしかしたらヤク中も混ざってるかもしれない。
地下にあるこの施設の更に地下。深深度に彼はいる。
エレベーターに乗り、[教会]へと向かう。
何度も何度も認証を繰り返す。わたしの全てを彼にさらけ出して彼の元へ歩を進める。
たくさんの施設警備用ドローンと壁に設置された機銃。警備は針の山。その銃口はわたしの脳幹をぶち抜けるように耐えず動いている。
何枚もの隔壁をくぐり、何体ものドローンとすれ違った。
最後の隔壁をくぐると、わたしの部屋と同じ白い空間。必要な物しか置かれてない必要最低限の空間。
部屋の中心には白いテーブルと椅子。その上には湯気が上る紅茶とクッキー。
〈いらっしゃい、アシュリー〉
彼は――真っ白で大きな箱はわたしに挨拶してきた。
「おはよう。ウィリアム」
わたしの大好きな人。わたしのただ一人の友達。
「お話しようよ」
〈構わないよ。紅茶とクッキーを用意したから、ゆっくり話そう〉




