表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/49

44 なによりも大切な

「ハーディーラさま」


 ハンナは彼を見つめ、それから深々と頭をさげる。


「教えてくださってありがとうございます。これ以上ない、冥土の土産になりました」


 これを知らないまま人生を終えずに済んでよかった。


 愛する人にこんなにも愛されていたと知り、もう思い残すことはなにもない。


 エリオットに告げたとおり、ハンナは世界で一番幸せな女だ。


 ハーディーラは後頭部の髪をクシャクシャとしながら、弱ったように眉尻をさげた。


「冥土の土産ではなく、これからを生きる糧にしたらどうだ? さっきも言ったが、お前の描く結末をエリオットは望んでいないと思うぞ」


 彼の主張も理解はできる。ハンナの死を知ったエリオットはどれだけ怒り、そして傷つくだろうか。だが――。


「エリオットさまは、このオスワルト王国に必要な方です。私はおこぼれでその座についただけの王妃ですが、それでも自分の責務は果たしたいと思っています」


 ハンナは強い眼差しで、未来を見据える。


「この国の明日のために、エリオットさまを助けてください」


 ハーディーラは苦笑して、軽く目を伏せた。


「お前は……エリオットを買いかぶりすぎだ。あいつがまともな王さまなんかやっているのは、ここがお前の暮らす場所だからだろう? お前がいなくなれば、この国にも、世界にも……エリオットは一瞬で興味をなくす。どうしようもないクズ王になるのが、目に浮かぶようだがな」

「ならば」


 ハンナはにっこりとほほ笑んでみせた。


「私の遺言だと伝えてください。オスワルトを守る立派な王として、生をまっとうすること。そして、どうか幸せに、笑顔で過ごしてほしいと」


 自分の遺言なら、彼は必ず守ってくれるはずだ。


 ハンナの揺らがない決意を聞き、ハーディーラも真剣な表情を見せた。


「しつこいようだが、魔法は一度かけてしまったら取り消せないぞ」

「後悔などいたしません。私の命と引き換えに、エリオットさまを救ってください」


 それ以上の反論がないのは、承諾の意と解釈してもよいだろうか。


 先手を打って、ハンナは「ありがとうございます」と告げてしまう。


 ハーディーラが瞳を閉じる。


 彼に呼ばれてやってきた風が、虹色の花をサワサワと揺らす。


 下から押しあげられるような圧でハンナの身体は宙に浮いた。


 そのまま、自分の意思ではないのにふわんと仰向けになる。


 手足の力が抜け、ハーディーラみたいに、ハンナの身体も闇と同化していくような心地がした。


 彼がなにか呪文めいた言葉をつぶやく。


 はっきりと聞こえるわけではないが、エリオットを救う魔法だと思うと、とても耳に心地よい。


(すごく、幸せな死ですね)


 自分の命が、愛する人を生かすために使われるのだから。


(無になるわけではない。私の魂はエリオットさまのなかで生きることができる。これからもずっと一緒……)


 ハンナは満足し、穏やかな笑みを浮かべた。静かに眠るように、だんだんと意識がぼやけていく。


「~~ナッ」


 突如、狭くなった視界の端が騒がしくなった。誰かが半狂乱で暴れている。


(誰かしら? もしかしてエリオットさま?)


 最期に愛する人の顔を目に焼きつけておきたかったけれど、もう自分の身体が自分のものではなくなってしまったみたいで、自由にならなかった。


 ハンナの視界に映るのは、風に揺れる虹色の花たち。この世のものとは思えぬほどに美しい景色だ。


 そのうちの一輪が突如、小鳥に姿を変えた……かに見えたけれど違った。


 虹色の花の向こうから、虹色の羽を持つ鳥が飛んできただけだった。


(あれはエリー?)


 またすぐに会えるわ。その言葉どおり、エリーがやってきてくれたらしい。


 ハンナはふっと唇の端で笑む。


(エリーの正体は死神だったのかしら? エリオットさまでなく、私のところへ来てくれてありがとう)


 エリーは光を連れてきた。


 辺り一帯、目がくらむほどのまぶしさに包まれる。泣き叫ぶエリオットの姿も、彼と揉めているらしいハーディーラも、そして虹色の小鳥も、ハンナにはもうなにも見えない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ