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43 無償の愛

 加えて、ハーディーラはなんのかんの言ってもエリオットを大切に思っている。ふたりの絆の深さ、ハンナには最初からわかっていた。


 あの不遇な環境で、エリオットが人間らしい心を育めたのは彼がそばにいてくれたからだろう。


「あなたの使役主の利になることです。ですのでどうか、叶えてくださいませんか?」


 やはりハーディーラはハンナがそう願い出ることを予知していたようだ。顔色ひとつ変えずに、金の瞳でじっとこちらを見返すだけ。


 ふぅと彼が細い息を吐く。


 その後ろでエリオットと彼が作った、虹色の花が闇のなかに浮かびあがっていた。


 その景色は幻想的で、楽園にいるような気分になる。


「この花、いつの間に?」


 エリオットは、かつて一緒に過ごした離宮にこの花を咲かせていた。王宮の中庭はなかったはずなのに……。


「俺がやった。戦に出る前に見ておきたいと、エリオットがせがむから」

「そうですか。――なんて美しい」


 ハンナは眼前に広がる景色にうっとりと目を細める。


(エリオットさまの愛の証ともいえるこの花に囲まれて最期を迎えられるなら、本望だわ)


「……お前らは似た者同士だ」


 ハーディーラの言葉の意図するところがわからず、ハンナは首をかしげる。だが、彼はそれについては説明せずに話を続けた。


「お前の願いは、エリオットの利にならないぞ」


 なにもかもを知っているような、含みのある眼差し。


 今、聞かなくてはならない。ハンナの直感がそう告げる。


「ハーディーラさまもなにか隠しているのですね? 似た者同士とはどういう意味でしょう」

「エリオットに口止めされてるからなぁ」

「私はもうすぐ死ぬ予定です。思えば、ハーディーラさまとも長い付き合いになりましたね。冥土の土産くらい、ねだってもいいですよね?」


 彼は答えない。でも、多分あともうひと押しだ。


「そうそう。ちんちくりんというあだ名、実は傷ついていたのですよ。背が低いのは自分でも気にしているのに」


 ハンナの攻撃に、彼はうっと言葉を詰まらせる。


「ハンナは、ある意味、エリオットよりいい性格をしてる」


 彼は初めてハンナの名を呼び、おおげさに肩をすくめてみせた。


「でもまぁ、そうだな。今宵はいい夜だから、俺さまの気分は悪くないんだ」


 夜空を抱き締めるように両手を広げて、彼はニヤリと笑った。


 そして、ハンナの知らなかった真実を語りはじめる。


(私の眠りが本当は百年だった……? エリオットさまの寿命と引き換えに短縮されて?)


 ハンナはしばしの間、言葉を失った。


「つまり、あいつがもうすぐ死ぬのはあいつ自身が望んだことだ。お前が助けてやっても、エリオットは喜ばない」

「あぁ……」


 ハンナは両手で顔を覆い、天を仰いだ。


 無償の愛。


 この言葉はエリオットのために存在しているのかもしれない。


『私の、君への愛より重いということは、絶対にない』


 自信満々だった彼の発言はたしかに真実だった。


「……本当ですね。エリオットさまにはかなわない」


 彼の様々な顔が、言葉が、ハンナの脳裏を駆け巡る。


『結婚しよう、ハンナ。君が〝愛〟を教えてくれたあの日から、私の命は君のものになった。君を愛するためだけに生きると決めたんだ』

『心配しないで。この身も心も、すべてハンナのものだから。過去も、未来も、来世も、すべて君に捧げる。誓うよ』


 あの言葉も、あの言葉も。


 単なる男女の睦言や、上辺の口説き文句ではなかったのだ。


(すべて……本気の言葉、だったのですね)


 ハンナが目覚めてからのエリオットの命は、文字どおりにハンナを愛するためだけにあった。


 彼のすべてをハンナに捧げようとしていたのだ。


(何度も何度も愛をささやいて……まるで生き急ぐみたいだと感じたときもあった。でも、まさかこんな真実が隠されていたなんて!)


 彼の愛に応えたい。そう思ったのは事実。


 けれど、自分は彼の愛の深さを正しく理解してはいなかった。ここまでの重さで、強さで、愛していてくれたとは……。


 ルビーの瞳からこぼれ落ちるダイヤモンドが、闇のなかでキラキラと輝く。


 ハーディーラはそれを、どこかまぶしそうに眺めていた。


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