41 田舎魔法
真夜中。
無事に鎮火はされたものの、すっかり焼け野原と化したリベットの森の最奥にハンナは立っていた。一緒に来たのは、たくさんの植物魔法使いたち。
『田舎魔法って馬鹿にされますし』
ナーヤがそう言ったとおり、植物魔法は決してチヤホヤされる上位魔法ではない。つまり、使い手の数はとても多いのだ。
王都エルガ、そして近隣の街にも声をかけてハンナはこの場所にたくさんの植物魔法使いたちを集結させた。そして、彼らを魔獣から守るための兵士たちも。
魔獣は賢い生きものだ。好んで人間と戦いたがっているわけではない。グレイブ山の魔獣も、このリベットの森の魔獣たちも、人間の街に向かってきたのは餌の不足という深刻な問題が発生したからだ。
(つまり、餌の問題が解決さえすれば……おとなしく森に戻ってくれるかも)
討伐ではなく、こちらの方向で解決できないか? ハンナはそう考えたのだ。
「さぁ、みんなの力でこの焼け野原をもとの状態に戻しましょう」
集まった植物魔法の使い手たちに、ハンナはそう声をかける。
「はい!」
「やってみましょう」
頼もしい返事が返ってくるとともに、辺り一帯の暗闇が若草色の光に包まれる。
植物魔法が発生している証拠だ。清らかな風が吹き、瑞々しい匂いが満ちていく。
焼けた大地が生気を取り戻し、そこかしこに緑の芽が出る。
ハンナも目を閉じ、想像力を膨らませる。
この場所で美しい木々がさざめく。鳥たちがやってきて、枝葉に止まる。魔獣たちの好む、リベットの森本来の姿を――。
そのイメージをそのまま自身の指先に流す。すると、ハンナの身体に若草色の光が集まった。
自分がいつの間にか植物魔法を獲得していることに気がついたのは、エリーと名付けたあの虹色の小鳥に出会った頃だ。
ナーヤのそれと比べても、ハンナの植物魔法はまぁまぁ優秀といえるだろう。
(ここまでは想定どおり。でも、難しいのはこの先よね)
何十年とかけて成長してきた樹木たちを、短時間でもとの状態に。そこまで高度な植物魔法を扱える者はそう多くはないし、できたとしても多大な魔力を消耗する。
けれど、この樹木たちがつける実こそが魔獣たちの大好物。
(私にできる? ううん、やるしかないわ)
この作戦が成功しなければ、ここに連れてきたナーヤたちや兵士の命が真っ先に危険にさらされる。
魔獣は夜の間はあまり活発に動かない。彼らの邪魔が入りにくい夜明け前までに森を復活させ、安全な場所に退避する。
それがハンナの立てた作戦だ。
(急がないと!)
ハンナの指先から放たれた光を受け、ボロボロになった木々がザアァと揺らめいた。すくすくと、夜空に向かって枝が伸びていく。
「す、すごいです。王妃さま!」
「うん、どうにか成功できたみたい」
だが、手放しで喜ぶことはできない。ハンナは肩で息をし、うっすらと顔をしかめた。
(想像以上に消耗する。森全体を復活させるなんて、とても不可能かも……)
それでも、ハンナは死力を尽くして必死に木々を生育させた。
短時間で頬がこけ、膝はガクガクと震えた。気力も体力も限界に近い。
「お、王妃さま。もう休んでください。そうだ、陛下に応援を!」
ハンナを心配して駆け出そうとするナーヤを慌てて止める。
「ダメ。陛下には……なにも伝えないで。心配をかけたくないの」
「で、でも……」
「大丈夫。リベットの森は私が取り戻すわ」
(エリオットさまが守ってきたオスワルト、この土地と民を私も守りたい!)
ハンナは最後の気力を振り絞って、顔をあげる。すると、正面から虹色に輝くなにかがやってきた。
「え?」
虹色の羽を持つ小鳥、エリーがふうわりとハンナの頭上を飛ぶ。
「エリーよね? どうしてここに?」
『私はあなたのお友達だもの。ふふ、手伝ってあげるわ』
頭のなかに直接響いてくるような、不思議な声音だった。
「手伝うって、どういうこと?」
『美しい森を取り戻したいのでしょう? そういう、明るくて楽しげな魔法は私の得意分野よ。ほらっ』
エリーがハンナの白い甲にキスをする。すると、すさまじいエネルギーがハンナの手に宿った。
「え、これはいったい?」
とても不思議な体験だった。
ハンナが頭のなかに思い描く生気に満ちた森の絵がそのまま、自身の身体を通って具現化していくような……ハッと気がついたときには、数百の木々がグングンと伸び、見る見るうちに緑の葉が覆い茂っていく。
「ど、どういうことでしょうか? あっという間に森が蘇っていきますよ!」
隣のナーヤがはしゃいだ声をあげる。




