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26 魔法の秘密

物語も後半です!

「へぇ……あら」


 今度はハンナのドレスに目を留め、ナーヤは手を自身の口元に持っていった。


「もうお着替えを済まされたのですね! すみません、私の戻りが遅かったせいで」


 ナーヤがわびるのをハンナは慌てて止めた。


「ううん。遅くなんかなかったから気にしないで」

「誰か、手の空いていた者がお手伝いを?」


 ナーヤはハンナの休憩のためのお茶を用意しながらそう尋ねた。


 正装用のドレスの着脱は、侍女が手伝うのが当然の重労働と認識しているからだろう。


「ひとりで、魔法を使ったの」

「なるほど。王妃さまの生活魔法はレベルが高いですからね」


 彼女は納得した顔でうなずく。


(ナーヤの目にもそう映るのね)


 客観的にも今の自分の魔法はレベルが高いようだ。


「大使との会談でお疲れでしょう? 少しご休憩なさってくださいね」


 出窓のそばに置かれた小さな丸テーブルに、彼女は紅茶とおやつを用意してくれた。


「今日のおやつは自信作だと厨房の者が言っておりましたよ。チェリーの果実を練り込んだスコーンだそうです。もちろん王妃さまの大好きなバタークリームをたっぷり添えています」

「わぁ、本当! おいしそうだわ」


 大きなチェリーがゴロゴロ入ったスコーンは、表面がカリッと香ばしく焼きあがっていて、眺めるだけでよだれが出そうだ。濃厚なバタークリームもハンナの大好物。


 ハンナが椅子に腰かけると、ナーヤがティーカップに琥珀色の紅茶を注いでくれる。


「聞きましたよ。王妃さまのディーン語がすばらしいと大使が感激していたそうですね」


 隣国であるディーン公国の言葉はオスワルト語に近しく、習得はそう難しくなかった。


言語体系のまったく異なるナパエイラ語に比べたら優しいと思えるくらいだ。


「昔から、語学だけは得意なの。人間、なにかひとつくらいは取り柄を与えてもらえるものなのね」

「まぁ! 王妃さまには語学以外にも優れた点がたくさんあるじゃないですか。決して驕らない性格、誰に対しても公正ですし、ルビーのような赤い瞳がすごく綺麗で、ブルネットの髪も知的で気品がありますわ」


 自分を崇拝する変人はエリオットくらいだと思っていたが、ここにもいたようだ。


 ナーヤは鼻息荒く、ハンナを褒めまくってくれる。


「その、形がよくて豊かなバストも羨ましいかぎりです。私なんて、ほら! 胸よりおなかのほうが出ているんですよ」


 ややふっくら気味のおなかを抱えて、ナーヤは明るく笑う。


「そうだ。王妃さまの魔法で、このおなかの肉を胸にえいやっと移動させたり……は無理ですよね、さすがに」


 苦笑するナーヤに、ハンナは思いきって声をかける。


「ねぇ、ナーヤ。今日は少し、一緒にお茶をしてくれないかしら?」

「え?」


 自分は侍女であって友人ではない……と渋る彼女を、『相談したいことがあるの。だからこれもあなたの業務のうちよ』と説得して席につかせた。

 

「あぁ! このスコーン、頬が落ちてしまいそう」


 嬉しそうにおやつを頬張る彼女を見つめ、ハンナもほほ笑む。


「ナーヤの入れてくれた紅茶もおいしいわ」


 最後のひと口を放り込んだあとで、彼女はハッと我に返った顔になる。


「嫌だ。私ったら、ついつい甘いものに夢中になってしまって。申し訳ありませんでした、王妃さまのご相談ってなんでしょうか?」


 彼女はキリッと真面目な表情に戻ったものの、唇の端にスコーンのカスが残ったままだ。


 ハンナはクスクスと笑いながら話しはじめた。


「そんなに深刻なものではないから、気楽に聞いて。たしか、あなたも魔法が使えたわよね?」

「はい。でも私の魔法は――」


 ナーヤの得意は、植物魔法。作物の成長を助けたりできる、有益な能力だが……。


「王宮に仕える身としては、あまり役に立たないので。田舎魔法って馬鹿にされますし」


 彼女は唇をとがらせて、肩をすくめた。


 ナーヤの気持ちはよくわかった。ハンナの使う生活魔法なども、お役立ち度は高いが地味なので下に見られがちだ。


 逆にたいした利用価値はなくとも、派手でかっこいい魔法はチヤホヤされる。


「ナーヤの魔力は子どもの頃から一定? 急にレベルアップしたり、逆に調子が落ちたりしたことは?」


「私は安定しているタイプですね。でも、兄は子どもの頃は神童っていわれるくらい魔法レベルが高かったのに、今は私と同程度になってしまいました」


 魔力、そして魔法については古くから研究が進められているもののいまだに謎も多い。


「うちの兄とは逆パターンもありますし。その最たる例がエリオット陛下ですね! 子ども時代は王族なのに魔力ゼロと散々貶められていたのに……突然、六大精霊使いになってしまって」


 ナーヤの言葉にハンナも小さくうなずく。ようするに、人ぞれぞれで色々なパターンがありえるということらしい。


「どうして急に私の魔法の話なんて? なにか気になることでもあるのですか?」


 彼女に聞かれて、ハンナは打ち明ける。


 まだエリオットにも話していないので、彼女が初めての相談相手だ。


「実はね、私の魔法、最近急にレベルアップしたのよ。以前は、自分の手足でやったほうが早いくらいで使いものにならなかったのに」


 悩むハンナにナーヤはけろりと返す。


「あら。女性なら、不思議なことでもないのでは?」

「女性なら? どういう意味?」


 ハンナは眉根を寄せて、聞き返す。


「あぁ、王妃さまは眠っていらしたからご存知ないのですね。数年前に、魔法研究所で論文が出たんです。女性は大人になると……もっとはっきり言うと乙女でなくなると、魔力が高まるケースが非常に多いと」

「まぁ、そうなの?」 

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