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21 約束の花


 嬉しい思い出も悲しい思い出も、彼とのすべてはこの場所が舞台だったのだ。


 懐かしい景色のなかに、ハンナは見覚えのないものを見つける。


「あの花は? なんて綺麗なのかしら……」


 庭一面に、見たことのない不思議で美しい花が咲いている。花びらが虹色に染まった、バラによく似た花だ。


「寒いところ、ナパエイラでも逞しく咲く花だよ」


 エリオットの優しい声がそう説明する。


「クロと一緒に品種改良に取り組んだ。思ったより苦戦したけど、そのおかげでクロの力を理解し、使いこなせるようになったんだ」


 今度は姿を消さずにとどまっていたハーディーラが「ちっ」と舌打ちする。


「俺さまは明るく、前向きな魔法は得意じゃないんだよ。花を枯らす魔法なら、誰にも負けないが」


 ハーディーラは闇の精霊なので、暗く、おどろおどろしい魔法が得意分野のようだ。


「品種改良……では、もしかして――」


 ハンナは目を見開き、咲き誇る花々を見つめる。


「君と約束した、花だよ」


「あんな、ささいな約束を覚えていてくださったのですか?」


 かつて自分が彼に話した言葉を思い出す。


『ナパエイラは寒い国で、あまり花が咲かないらしいのです。オスワルトのように、向こうでも美しい花々を愛でることができたら嬉しいなぁと思うのですが』


 エリオットは甘やかに目を細める。


「私がハンナとの約束を守らぬはずがないだろう」


 この虹色の花はハンナのために生まれたもの、らしい。


「それに、ハンナも約束を守ってくれていたじゃないか」

「え?」


「ナパエイラを訪ねたとき、クロが伝説の英雄みたいに語られていて驚いたぞ」

「まぁ、悪い気は……しなかったな」


 クスクスとエリオットは笑う。ハーディーラはまんざらでもなさそうな顔だ。


 たしかに、ハンナも彼に約束したとおり〝闇の精霊、ハーディーラがどれだけ立派か〟をかなり誇張して吹聴していた。


 その甲斐あって、ナパエイラの社交界にハーディーラの名前は結構広まったはずだ。


「でも、ナパエイラを訪れたとは? どういうことですか?」


 エリオットがあの国を訪ねてきていたなんて、ハンナはまったく知らなかった。


「君が嫁いでしまって二年。ようやくこの花を生み出すことができたから、魔法を使ってこっそりナパエイラを訪ねたんだ。ハンナにこの花を届けて『次期王になると決まった』と伝えたくてね」


(嫁いで二年後。そういえば両親からの手紙にも『エリオット殿下の評判がぐんとあがって、次期国王と噂されている』とあったわね)


 噂どおり、彼はその頃には揺るがぬ地位を確立していたようだ。


「ハンナに一目会って、礼を言いたかった。でも、ほんの少し遅かった」

「あ、もしかして私は……」

「うん。私とクロが訪ねた日の前夜に、君は眠りについてしまったんだ」


 エリオットはそこで、ハンナと夫であったジョアンは白い結婚であり、彼にリリアナという愛人がいることを知ったようだ。


 エリオットは声を震わせて、当時の感情をありありと吐き出す。


「怒りで気が狂うかと思ったよ。私のハンナを奪っておきながら、ほかの女となんて……。いや、あの醜悪な男がハンナに触れていたら、それはそれで怒り狂っていたとは思うが」


 ハーディーラが肩をすくめて補足する。


「こいつが権力を振りかざしたのはあとにも先にも、あのときだけだ。オスワルト次期国王の力で、強引にお前をオスワルトに連れ帰ってきたんだ」

「そうだったんですね」


 ハンナが故国に帰ってこられたのは、彼のはからいのおかげだったのか。


 そうして、それから十五年もエリオットは自分が目覚めるのを待ち続けてくれていた。


 エリオットがパチンと指を鳴らす。すると庭に咲いていた虹色の花が大きな、大きな花束となってエリオットの手のなかに落ちてくる。彼はそれをハンナに差し出した。


「十五年前に渡そうとしていたものだ。受け取ってくれるか、ハンナ」


 太陽の光を受けて、虹色に輝く花。


 あまりに美しさに、胸が詰まっていっぱいになる。


「――ありがとうございます。こんなに綺麗なものは初めて目にしました」


 目頭が熱い。温かく、幸福な涙がハンナの頬をハラハラと伝う。


 エリオットは親指でそれを拭いながら、クスリとする。


「だろう? 私とクロの努力の結晶だからな」


 エリオットは虹色の花の美しさに自信満々のようだが、ハンナを泣かせたのは花の美しさではない。


「この花はもちろんですが、エリオットさまの思いが……あまりにも美しいので」


 この世には、こんなにも純粋で尊い愛があるのか。


 そして、それが自分に向けられているという事実にハンナは感動していた。


 彼はゆっくりと首を振って、中庭を眺める。


「ここで君と過ごした時間を、思い出さない日はなかった。あの頃の私は……君に甘え、助けられ、守ってもらうばかりだったな」


 そんなことはない。そう伝えたいのに、うまく言葉にできない。


 たしかに初めは、恐れ多くも『素直でかわいらしく、弟のようだ』と思っていた。


 でも、そんなのは最初だけで……彼は優しく、強く、大きな愛をハンナに与えてくれた。


(私はいつしか、いつしか、あなたを……)

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