最終話:2人の幼馴染
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最終話です。どうぞ最後までお付き合いください。
『最終コーナーを回った! 最初に直線に入ってきたのは白団アンカー1年C組の小清水さん、続いて赤団の碧くん! 二人の差はほとんどない、いや、並ぶか……! いや、しかしそれを許さない小清水さん! 土壇場で更に加速していく!』
金色の髪を風に靡かせ疾走する凛子のすぐ後ろを英太が追う。
六花が転倒して立ち上がるまでほんの数秒。
その間にバトンを受け取った凛子はぐんぐんと加速して距離を離していった。
一時は凛子の所属する白団が逆転、独走していてこのまま一着かと思われたが、英太の脅威的な追い上げで青団を抜き去り、一位を走る凛子に迫って来ていた。
「……っ! 英太っ!」
凛子の視界に英太の姿が映る。
リズミカルな土を蹴る音は非常に力強く、うちに秘める熱いものを感じざるを得ない。
二人の勝負の行方はもう数秒後には決着がつく事だろう。
「英太クン!!」
六花の声が英太に届く。
ゴールテープのすぐ横で固唾を飲んで見守っている。
夏菜子の代わりで急遽走ることになった六花。
運動が苦手で、けれど人一倍責任感のある彼女の事だ。
もしこのまま英太が凛子をかわすことなくゴールしてしまった場合、周囲が許しても彼女本人が自分を許す事は出来ないだろう。
『並んだ、並んだ! 碧くんが小清水さんに並んだ! 青団は遥か後方! このまま二人がゴールテープを切るか!』
「……っ!」
横に並ばれた凛子がチラリと英太を見る。
シャツが張り付いた逞しい胸板、筋の入った上腕、幼馴染のために歯を食いしばり、ひたすらにゴールを見据えたその眼差し。
凛子は悟った。
英太はもう私との勝負など忘れているのだと。
今の英太は六花の為に走っている。
六花の為に。六花のせいで負けたなどと言わせない為に。
その想いは六花の心にも届いている。
歯を食いしばり、全力で走る自慢の幼馴染。
自分のことより相手のことを第一に考えることが出来る。思いやりが乗った料理。だから彼の料理は格別なのだ。
今の英太の頭の中は、六花の事でいっぱいになっていた。
六花が泣いていた。
いつも隣で笑っていてくれた六花。
ファーストバイトの約束をした女の子ではなかったけれど、今の英太にとってそれはもうどうでも良かった。
確かにあの思い出に救われた事は何回もあった。
しかし六花に救われた事など数えきれない。
ゴールで待つ幼馴染の元に走る。
大切な事を伝えなければならない。
俺の気持ちを――。
『――――――』
湧き上がる歓声。
ゴールをした勢いそのままに六花の所に駆け寄って行く。
琥珀色の綺麗な瞳にいっぱいの涙を溜めた六花が両手を広げて俺を待っている。
俺は走り寄るとそのまま六花を抱きしめた。周りから囃し立てる声が聞こえて来たけど……気にしない。気にならない。
俺は今、六花を離したくなかったから。
それは六花も同じみたいで背中に回された手に力が入っていく。そして六花は俺の胸に顔を埋めて声を出して泣いた。
「英太クンっ! ……あ、ありがとう、本当にありがとう……っ……」
俺は六花の肩を抱き、片方の手で頭を撫でてやった。
栗色の明るい髪は驚くほど滑らかで傾きかけた太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
「大丈夫だって言っただろ」
「うん、うん……! 英太クン、かっこよかったよぉ……!」
泣きながらそう言って俺を見上げる六花の瞳は涙で潤んでおり、いつもよりも綺麗に見えた。
俺は急にそんな六花が愛おしくなり、ギュッと抱きしめる。
「……英太クン、好きだよ」
俺の胸の中の六花がそう言った。
顔は見えないけど、きっと真っ赤になっているんだろうな。胸から伝わる熱がそれを物語っている。
勇気を出して告白してくれたんだろうな。俺も告白した事があるからよく分かる。
今まで築いてきた二人の関係が壊れてしまうかも知れない。その恐怖よりも、幸せな未来を望む気持ちが勝った。だから俺は小清水に告白した。
結果は振られたけど、その事で俺の取り巻く環境がガラリと変わった。
1ヶ月前の俺が今のこの状況を想像出来ただろうか。
俺があの時小清水に告白していなかったら、こうはなっていなかっただろうな。
俺は六花の髪を撫でながら言う。心を込めて、今までの謝罪と、これから一緒に歩んで行きたいんだという気持ちを込めて。
「俺もだ、愛してる」
「…………え?」
六花が驚いて顔を上げる。
宝石みたいに綺麗な瞳を見開いて。
そりゃそうか。俺がこんな事を言うだなんて思わないもんな。
だから俺は六花の瞳をしっかりと見て、もう一度言った。1回目よりももっと心を込めて。
「俺も六花が好きだよ。今まで待たせて悪かったな」
「ほ、本当に……?」
「本当だ」
「も、もう一回言って」
「2回言ったぞ、既に」
「お願い」
「…………好き好き大好きー」
「な、どうして棒読みなの!? ちゃんとこっち見て!」
「いや、普通に恥ずかしいだろ!?」
「ぷっ、あははっ、そうなの?」
「そりゃそうだろ……って、うわ!?」
次の瞬間、俺と六花は赤団の生徒たちに囲まれて揉みくちゃになっていた。
男子女子先輩後輩が入り乱れて、口々に俺に労いの言葉を掛けてくれた。
そっか、優勝したんだったな。
優勝の事なんてすっかり忘れてた。スタートしてからゴールするまで、ずっと六花の事を考えていた。
揉みくちゃにされて、いつの間にか六花と離れ離れになってしまった。キョロキョロと周りを見てみるけど、六花の姿がない。
そう言えば六花は怪我してるんじゃないのか。
保健室に連れて行ってやりたい。そう思って騒ぐ生徒たちの人混みの中を探す。
すると入り乱れる人混みから離れてポツンと佇む小清水を見つけた。肩で息をして汗を滴らせている彼女と目が合う。
「よ」
「……おっす」
俺が声をかけると小清水は一言だけそう言うと深いため息を吐いた。
「負けちゃったわね」
「……おう。俺の勝ちだ」
「英太、私の事好きなんじゃなかったの? 負けなさいよ」
「ははっ……その、すまん」
「謝んないでよ、ったくカッコ悪……」
そういうと小清水はくしゃくしゃと頭をかいた。
シルクのように艶やかな金髪がボサボサに乱れてしまった。
そして小清水は俺に背中を向けて左手を上げた。細くて白い指がとても綺麗だった。
「じゃあね。お弁当ありがとう」
「なんだよ、また作ってくるぞ」
「ダメよ。沢北さんに悪いでしょ。誰にでも優しくするのやめた方が良いわよ。それが無理なら相手は選ぶのね」
俺と六花が抱き合っている所を見てたのかな。
小清水は眉端を下げて自虐的に苦笑し、「私って本当にバカだ」と言った。
最後に頬を伝った涙の美しさを俺はきっと忘れないと思う。
「……英太クン?」
「六花」
小清水の背中を見送っていると六花が俺の隣に来ていた。
もし小清水が青葉市に来ていなかったら、俺は六花とこうして思いを通わせる事は無かったんじゃないか。
俺が小清水に恋をしていなければ、こうして六花と思いを通わせる事は出来なかったんじゃないのか。
自然に繋がれた右手から伝わる六花の温もりを感じながら思いを巡らせる。
俺の恋が終わった。
そしてこれから二人の恋が始まる。
それをとても長い恋の物語にしなければならない。六花の手を優しく握り返す。
隣で微笑む幼馴染を必ず幸せにする。
俺はそう心に誓った。
最後までご覧頂き、ありがとうございました。
次回のエピローグを持ちましてこのお話はおしまいです。
どうか最後までお付き合い頂きますよう、よろしくお願いします。




