60:嫉妬
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今回は凛子視点の一人称でお届けします。
◇小清水凛子視点◇
私はバトンを受け取ると全力で走り出した。
沢北さんが転んだのは気の毒だと思う。けどこれは競技で、チームの勝敗がかかってる。沢北さんには悪いけど、これはチャンスなんだ。
第二コーナーを抜けてバックストレート、向正面の直線に入ると白団の客席からこれ以上無いくらいの声援が投げかけられた。
このまま行けば勝てると。私の背中を押す声援が。
……私は自分の意思で青葉市に来た。
関西や九州のバレー強豪校からお誘いを貰っていたのだけど、どうしてもこの高校に入りたかったから。
ママの母校である青葉高校に通えば、遠い記憶になりつつあるママをもっと近くで感じられると思ったから。
それと、思い出の男の子にもしかしたら会えるかも……。そんな事を思ってみたりしたから。
もちろん前者が主な志望理由で、後者に関しては出来れば……くらいの気持ちだった。
その男の子の事を心の片隅に置きながら始まった新生活。青葉の町はいい意味で変わっておらず、あの頃の記憶に近いものを感じる事が出来た。
新生活が始まってすぐに英太に出会った。
人見知りしない性格で、とても料理が上手な英太と私はすぐに打ち解けた。
そして英太は私の事が好きだと言ってくれた。正直嬉しい気持ちが半分。それと残念な気持ちが半分だったな。私は恋愛をするつもりはなかったし、英太とは友人としては仲良くなれる気がしていたから。
私はバレーをする為に青葉に来た。声をかけてもらった学校に断りを入れて、青葉高校に無理を言って。私のワガママでどれだけの人を振り回したかわからないくらい。
だから私は恋愛にフラフラしたくはなかった。
それらの人への不義理になると思ったからだ。
その一方で思い出の男の子の事が私の心の片隅で期待している自分がいた。
だからなのか、英太に甘えたような中途半端な事を言って〝繋ぎ止めて〟しまった。
私がした事は完全にキープだ。付き合えないと言ったものの突き放すこともせずに……結果的に良いように使ってしまった。それは本当に悪いと思っている。
あの長髪の女の人の言う通りに、振った相手を突き放す優しさがあっても良かったんじゃないかと思う。
……けど私は気づいてしまった。
私はいつの間にか英太の事が好きになってしまっていた事に。
英太が作る弁当でなく、英太が作る料理ではなく英太自身が好きになっていた。
その理由の一つに彼が思い出の男の子だったということもあるかも知れない。
幼い頃に約束しあった幼馴染がまさか再会し、心を通わせているのかも知れないと思うとロマンチックな事この上ない。
だけどそれはほんのきっかけに過ぎなくて、気が付いたら私は彼で胸がいっぱいになってしまっていた。
けど英太には沢北さんがいる。
可愛くて健気で私と違って男を立てる事ができる女性。
いつも英太の隣で微笑んでいる彼女は女の私からしてみても良い女そのものだ。
一時はそんな彼女にこそ英太がふさわしいと思ってしまった。どう考えても私なんかより英太の事を第一に考えて行動する事が出来るのだから。
ワガママで人を振り回しているばかりの私より沢北さんと一緒になった方が幸せになれるに違いない……。
けど、もしこの勝負に勝ったなら……。
もし私が先にゴール出来たら私は英太と付き合う事が出来る……はず。
私がどれだけの事を英太にしてあげられるかわからない。今までみたいにワガママを言って困らせる事もたくさんあるかも知れない。
だけど、沢北さんより英太の笑顔を、幸せを引き出せるような女になりたい。
英太もきっとそう願っている、願っていてほしい。
バトンタッチ直前で転んでしまった沢北さんには悪いけど、これは勝負だから。
私が先にゴールテープを切れば私の勝ち。晴れて英太は私の彼氏になる。英太もついこの間までそれを望んでいたはずなのに。
どうしてそんなに一生懸命に走っているの?
気がつけば英太は青団などとうに抜き去り、私のすぐ後ろまで差を縮めて来ていた。
どうして。
私が勝てば私と付き合えるのに、私のこと好きだって言ってくれたのに。
私の頭にそんな疑問が浮かんだが、すぐに答えが出る。
英太は自分の為に行動するような人物だろうか。
私のお弁当を作ってくると言った時も、一人暮らしの私を気遣ってそうしてくれたんじゃないのか。
ウィンウィンだと英太は言った。けどそれはきっと方便で、偏食に偏食を重ねていた私を見かねての事だったに違いない。
そして今も。
心の中で、英太はまだ私と付き合いたいんだと思っているはずだと感じていた……けど、そうじゃなかった。いや、そうだったとしても。
転倒した幼馴染を守る為に走っている。
私と恋人になれるという事よりも、幼馴染を守るという事を選ぶ。
……これがもう遅いってやつ?
嫉妬が心に広がるのが自分でもわかった。
私のすぐ後ろに、英太が迫って来ていた。
幼馴染のために懸命に腕を振る英太が。
負けたくない。この勝負に。何より沢北さんに。
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次回の最終回、エピローグを持ちましてこの物語は完結となります。
どうぞ最後までお付き合いくださいますよう、よろしくお願いします。




