59:その背中に
ご覧頂き、ありがとうございます。
混合リレーの走順が六花の番になります。
今回は六花視点です。
◇沢北六花視点◇
「――沢北、頼むっ!」
前走者の先輩の声を背中に受けて私は駆け出した。腕を振って地面を蹴る。
靴が地面を弾く音が聞こえる。それが自分の中のリズムと全く異なっていて、走っているのは本当に自分なのかと疑ってしまうくらい。
緊張しているのは自覚していたけれど、走り出すと不思議な感覚が自分を包んでいった。
放送部の実況も、客席からの声援も全く聞こえなくなった。
最初のコーナーを回る時に咲さんの声が聞こえた気がしたけど。
そうだ、咲さん。
さっき屋上ですれ違った時に声もかけずに来ちゃった。あの時は頭もぐちゃぐちゃだったし、後で謝っておかなくちゃ。
私は思い出の女の子じゃなかった。
その思い出に縋って過ごして来た10年間だった。
辛い事があってもあの記憶を思い出すと心が温かくなってまた立ち上がる事が出来た。
私には英太クンがいる。と。
だけど思い出の女の子は私じゃなく、小清水さんだった。
バレーに専念したいからと言っていた小清水さんだけど、英太クンの魅力に気がつけばすぐに恋に落ちると思う。
だって私の幼馴染の英太クンはそれほど魅力的なんだから。
そして英太クンは小清水さんの事が好きで。
そう思うと私の中に黒いドロドロとした感覚が広がる。とてもイヤな感情。これは嫉妬。
これからこんな感情とずっと付き合っていかなければならないの? 考えるだけでイヤになってしまう。
諦めよう。
そうだ、もう英太クンに甘えるのはこれで最後だと言ったじゃないか。走り出す前に自分に言い聞かせたじゃないか。なんて意志が弱いんだろう。自分でもイヤになる。
今まではあの思い出のおかげでどんな事も乗り越えてこられた。けどその心の支えがなくなってしまった今、仲良さげに寄り添い合う英太クンと小清水さんは見ていられない。絶対に。
だから諦めよう……。
次の恋を見つけられれば、きっとまた立ち上がれる。
英太クンのような素敵な人がいるかは分からないけど。
とにかく今はこのバトンを英太クンに繋ぐ。
それで、私の恋は、初恋は終わる。
大きく弧を描いたコーナーの内側を走る。
意に反して身体が外に膨らんで大周りになってしまった。
「……っ」
身体を内側に入れてもう一度腕を振る。今にも足がもつれて転びそうになってしまう。
なんて自分は鈍臭いんだろうと思う。小清水さんのように自在に手足を動かしたい。天真爛漫で容姿端麗、背が高くて手足が長くて、可愛くて美人で、声が綺麗で、英太クンに好かれて。
私には何もない。
羨ましい、悔しい、何もできない自分が情けなくて。小清水さんに何一つ勝てない。何もない自分が情けなくて。
気付いたら私は泣いていた。涙で視界が歪む。最後の直線に差し掛かる。手を挙げて私を待つ英太クンの姿が涙で歪んだ。
……泣いてる場合じゃない。
チームが繋いだこのバトンを英太クンに渡さなければならない。幼馴染の、私の最後の仕事。
隣に白団の人の気配を感じる。あんなに開いていた差が縮まってしまったみたい、私の足が遅いからだ。
でも、英太クンにさえ渡せれば。そう思った瞬間、私は地面に倒れていた。
「っ!?」
「六花っ!?」
『おーっと!? 赤団一年生の沢北さんバトンパス直前に転倒!! その隙に白、青共にかわして順位が入れ替わる! トップだった赤団は最下位に転落、立ち上がれるか沢北さん、バトンは自分で拾わなければ失格だ!』
刹那、時間が止まる。
私が持っていたはずの赤色のバトンが乾いた音を立てて転がっていく。スローモーションで、すごくゆっくりと。
少し遅れて膝と肘に痛みが走る。
……私、転んだ?
本部席の先生たちが目を丸くして驚いていたり、慌てて立ち上がろうとしていたりしている。
そして私のすぐ横を走り抜けていく選手たち。
抜かれちゃった、早く立ち上がらなきゃ。
……何をやっているんだ、私は。
ただでさえ足が遅くて迷惑をかけてしまっているのに、勝手に転んで順位を落として……。
本当に何もできない……何をやってもダメなのかな。もう本当に、何もない。
私には何もない……。
もう何もかも諦めよう。
「りっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「っ!?」
立ち上がれず、下を向いてしまいそうになった時、私を呼ぶ声がして顔を上げる。
大きく両手を振って私の名前を呼ぶ英太クンがいた。涙で滲んでしまっているけど、間違いようがない。
私の大好きな英太クン。
「大丈夫だ、ここまで来い!!」
にっこりと微笑んで、大きくも優しい声で私を呼ぶ。
……ああ、英太クンが待ってる。
大好きな、大好きな英太クンが。私を待ってる。
私には何もない……何もないけど。
英太クンに対するこの思いは絶対に誰にも負けない!!
絶対に!!
「英太クンっ!!」
私は素早く立ち上がり、バトンを拾って走り出した。
英太クンの大きくて、でも柔らかい左手にバトンを渡す。それを力強く握って、背中を向けて確かに言った。
「よく頑張ったな。後は任せろ」
広い背中でそう語ると、弾かれた様に加速した英太クンはあっという間に走り去っていった。
私は肩で息をしながら立ち止まると、その小さくなった背中に何か分からない言葉を叫んだ。
人目も憚からず叫んだその言葉は何だったのか。
私が全校生徒が注目する中で恥ずかしい告白をした事を知るのはもう少し後の話。
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次回もお楽しみに




