58:バレー部エースと英太の約束
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混合リレーも終盤に差し掛かり、いよいよアンカーの前走者までバトンが回ります。
スタート直前の凛子と英太。
「じゃあ俺が勝ったら、そうだな。前に一緒に行ったファミレスのパフェ奢りだ」
「ええ? ちょっと安すぎて面白くないわね」
「んー? じゃあおかわり付きだ」
本当に甘い物が好きだなと、凛子は思わず笑った。
「ははっ、決まりね。じゃあ、私はね」
そして一呼吸置いて、笑顔で、けれどおどける雰囲気など一切纏わずに言った。
「私が勝ったら、私と付き合ってくれる?」
「……え?」
聞き間違いかと思い聞き返したが、凛子はもう一度しっかりと言う。
「私が勝ったら、英太は私の彼氏になる。OK?」
「え、ちょ……ええ!?」
「もしかしてイヤ?」
「あ、いや、その、嫌とかそういう問題じゃ……」
「ふふっ、イヤなら勝てばいいのよ」
挑発的に肩をすくめて見せる凛子にはいつもの調子が戻ってきているようだった。
突然の事にあたふたする英太を見て少し楽しんでいる気がする。
「アンカーの方、こちらに来て下さい!」
実行委員に呼ばれて凛子と英太と青団のアンカーが揃ってレーンに入る。
その瞬間に客席がどっと沸いた。
白熱した体育祭の大詰めの大詰め。この競技を制したチームが勝利となるため、会場がこれ以上ないくらい盛り上がっている。
「勝負は勝負。約束は絶対よ」
凛子はぴょんぴょんと飛び跳ねて身体をほぐしながらそんな事を言って、挑戦的な笑みを見せる。
「……分かった」
「言ったわね。お互いチームを背負ってるんだし、全力で戦いましょ」
「おう」
そうだ。ここで手なんか抜いたら、今まで全力で戦って来た赤団のみんなを裏切ることになる。
賭けをしているからといって遊び半分、生半可な気持ちではないのだ。
会場からの声援が更に大きくなる。
英太達がいる正面のスタート地点の反対側、向正面のレーンにはアンカーの前の走者が待機している。
俊足揃いのこの競技、運動部のエース級の走者が軒を連ねる中、六花に順番が回る。
英太は軽くストレッチをしながらそれを見守っていた。
◇
『第二コーナーを曲がって今バックストレートに走者が入ってきた! 現在一番手は赤団! 大きくリードしている! 続いて白団、やや遅れて青団が続く! このままリードしてアンカーにバトンを繋ぐことが出来るか!?』
レーンの1番内側に緊張した面持ちの六花がスタンバイしていた。
運良く……というか、チーム全員の努力のおかげで大きくリードした状態でバトンを受け取れそうだった。
コーナーが終わり、直線に入った前走者が最後の加速をして迫って来ている。
歯を食いしばって、一切手を抜いていない。全力で走っているのがよく分かる。
周りからの声援がすごい。こんな所に自分なんかがいても良いのだろうかと思ってしまう。
一緒に走る先輩はサッカー部と陸上部所属のアスリートだ。
それに比べて六花はといえば走る事が何より苦手な絵に描いたような文化系少女である。他の選手と比べて場違い感が半端じゃない。
「沢北、がんばれよ!」
「沢北さん、頑張ってね!」
「はい!」
すでに走り終わった同級生や先輩からの励ましを受けて何度か頷く。
手が震える、指先まで血が通っているのかと疑いたくなるほどに冷たい。雲の上を歩いているのかと思うほどに体勢が安定しない。
先輩や同級生からの声援は完全に逆効果で、浴びれば浴びるほどにプレッシャーになっていく。
正直、緊張でどうにかなってしまいそうだった。
半身になってバトンパスに備える。距離を見極めてスタート、助走した後に前走者の合図でバトンを受け取る。満足に練習は出来なかったが、学年別リレーでやった。それは分かる。
……今!
「はいっ!」
「……っ!」
前走者の合図で振り向かずに右手を後ろに差し出すと、力強くバトンが手渡された。
それを確実に握り駆け出す。
夏菜子の代役として、次走者にバトンを渡す為に。
アンカーの英太の元に全力で駆け出す。
「――――――!!」
割れんばかりの声援の中に英太の声が聞こえた気がした。
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