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55/62

55:幼馴染の役割

 ご覧頂き、ありがとうございます。


 前回に引き続き、体育祭でのお話です。

「六花……すまん」


「か、夏菜子ちゃんどうしたの!?」


 紗代に連れてこられたのは保健室だった。

 白を基調とした室内に入ると肩を落として落ち込んだ様子の夏菜子が六花に謝罪した。


 そこには1年A組の女子生徒数名と顔をしかめた陸上部顧問の男教諭、設楽(したら)が腕組みをして立っていた。


 そして、その皆に見下ろされるようにしてベッドに腰掛けているのは右足首にテーピングを巻いた夏菜子だった。


「村上っ、どうしたんだよ?」


 もれなく全員が深刻な表情をしているのをみると彼女の怪我の状態は良くないように思えた。


「階段を踏み外して……「村上、本当の事を言え」


 夏菜子の言葉を遮るように陸上部顧問の設楽が声を低くして言う。

 迫力のあるその言葉にびくりと肩を振るわせ、夏菜子は恐縮したようにして続ける。


「う……は、はい。……実は先週末のインハイ予選の時に(くじ)いちゃってな。大した事無かったから先生に言わなかったんだけど……さっきの学年別リレーで悪化したみたいで……」


 学年別リレーは午前の部の最終種目だ。

 部活で常日頃からトラックを走っている夏菜子の事だ。普段ならこんな事にはならないだろうが、体育祭という行事の雰囲気に当てられ無理をしてしまったのだろう。

 夏菜子の足はテーピングの上からも分かるほどに腫れ上がっていた。これでは歩くのもままならないはずだ。


「インターハイの地区予選も控えてる。悪いが村上を午後の競技に出すわけにはいかない」


「……」


 設楽のその言葉で場の空気が沈む。インターハイ予選は数週間後であるが、あの様子だとそれの出場すら危ういかもしれない。


 午後の競技で夏菜子が出場するものと言えば最終種目の混合リレーだ。

 

 現時点で各団の得点はほぼ横ばい。午後からの競技も数種目しかないため、最終的な勝敗は混合リレーにもつれ込むこと必須だ。

 楽しい体育祭だったな、という思い出よりも勝敗にこだわる雰囲気が漂うこの状況でエース格の夏菜子の離脱は痛い。


 なんとか勝利を掴みたい一心で午前まで頑張ってきたのに……落胆。そんな言葉こそがしっくり来る。そんな雰囲気を破るかのように六花が口を開いた。


「大丈夫、夏菜子ちゃん。あとはこっちでなんとかするから」


「六花……なんとかって……」


 夏菜子が顔を上げて六花を見る。それと同じく英太も六花に向き直り言う。


「村上が走らないって事は実行委員の六花が代役になるんだぞ……?」


 各学級の代表者が集う混合リレーのみならず、競技に欠員が出た場合はその学級の体育祭実行委員が出場しなければならないルールだ。


 各クラスで男女1人ずつ選考されているので、この場合は必然的に女子の実行委員である六花に矛先が向く事になる。


 夏菜子の心配そうなその言葉に六花は努めて明るく振る舞う。


「ちょっと夏菜子ちゃん、私じゃ不満?」


「い、いやそんな事は無いけど……」


 腰に手を当てておどけたように言う六花に夏菜子は手をワタワタとさせて否定する。


「ふふっ、夏菜子ちゃんの代わりにはならないだろうけどウチには英太クンがいるし。ね、英太クン?」


「……あ、ああ、そうだな」


 六花ににっこりと笑顔を向けられた英太は曖昧な返事を返す。


 一時は沈んでしまっていた保健室の雰囲気が六花の笑顔で明るさを取り戻し、夏菜子も少しほっとしたような表情を浮かべた。


「夏菜子ちゃん、大丈夫。あとは任せて」


 そう言って六花は解散を促す。

 皆は夏菜子の怪我を心配しながらも、リレーの欠員をなんとか埋めることが出来たのでホッとした様子で散り散りになっていった。


 しかし英太だけはそんな無理をした六花を見ていられない。


 さっきまであんなに泣いていたのに、体育祭の勝敗を左右する競技に急遽出場しなければならなくなったのだ。運動が、特に走ることが苦手な六花にかかるプレッシャーは計り知れない。


 六花に続いて廊下に出た英太は、六花の背中に問いかける。


「六花、その、大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ、私は大丈夫……」


「……そう、か」


「……」


 2人の足音だけが廊下に響くだけで、それ以降英太と六花は会話が続かなかった。

 2人でいる時に度々訪れる心地の良い沈黙ではない。


 六花の肩は緊張で震えているように見える。


 いつもなら英太は六花に何かしらの声をかけているかも知れない。

 けれど英太は思った。今の自分にそんな資格があるのかと。


 幼馴染の恋心に気づかず今までずっと振り回してきた。

 勇気を出して告白までしてくれたのに、未だに答えを出していない。

 そんな中途半端な状態の自分に幼馴染を勇気付ける言葉を発する資格があるのか……。

 そんなことを考えるほどに声をかけづらくなってしまう。


 結局、気の利いた言葉を言えないまま午後のプログラム開始を告げるチャイムが青葉高校に鳴り響いた。

 

 


 最後までご覧頂き、ありがとうございました。


 少しでも面白い、続きを読んでみたいと思って頂けましたら【ブックマーク】と広告下部にございます【★★★★★】の評価をして頂けますと嬉しいです。


 物語は終盤です。

 

 どうぞ最後までお付き合い頂きたくおもいます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夏菜子の棄権の経緯が実にスムーズ そして結局英太が六花に何を話すのかが焦点となり 読者視点でものすごい緊迫感 [一言] 更新ありがとうございます 英太… わかるけどここで踏ん張らないと …
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