54:幼馴染と英太
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階段を駆け下りた六花を英太が追います。
「六花っ!」
六花を追って階段を駆け下りた英太だったが、少しの時間呆けてしまったせいで六花を見失ってしまった。
しかし階段を降り切ったところで校舎裏に向かう六花の背中をなんとか捉えられたおかげで追いつく事が出来た。
「わ、わたし……私っ……!」
「大丈夫だ、落ち着け」
拭えど拭えど溢れてくる涙は止まる様子はない。それでも懸命に何かを伝えようとする。
しかししゃくり上げてしまって上手く言葉が出てこない。
人気のない校舎裏に六花の押し殺した鳴き声だけが聞こえる。
大丈夫だとは言ったが、英太自身が落ち着くことが出来ない。
六花の細くて柔らかい肩に触れて、ただ泣き止むのを願うばかり。
しばらくしてから気持ちが落ち着いたのか六花が訥々と話し始めた。
「……私ね」
「うん」
「私、勘違い……してた。約束の相手、私、じゃなかった」
小さな頃にしたファーストバイトの約束の相手は自分だよとあの夜語った六花。
けれどそれは自分の都合の良いように変換したねじ曲がった記憶で、事実とは異なっていた。
それは今となっては英太も六花も分かる。こんなにもハッキリと、残酷なほどにクッキリと思い出したのだから。
「自分の都合のいいように思い出を塗り替えてた。ずっと、10年間も、自分で自分を騙してた……」
涙が頬を伝う六花がなんとか絞り出す言葉を、英太はしっかりと受け止める。
『待ってる』と言った六花の今の気持ちを思うとどれだけ辛いのだろうと思った。
そんな彼女が一生懸命に自分の思いを伝えようとしている。
手のひらから伝わる六花の暖かさを感じながら、しっかりと心も寄り添う。
「私は……小清水さんの事が、羨ましかった……んだと思う。可愛くて、自分の思った事を素直に言えて。私には、真似出来なくて。英太クンがどんどん小清水さんの事を好きになっていくのをずっと見てるだけ……」
「……六花……」
蘇った幼い頃の記憶。その記憶の中の英太もやはり凛子にどんどんと惹かれているのは当時の六花から見ても明らかだった。
それほどに凛子の妖精じみたルックスは魅力的で、人を振り回すようなワガママささえ長所に思える程に。六花はそんな彼女を羨ましく思った。
「小清水さんとの約束を私、ただ見てた……つらくて、自分に嘘をついてた……っ」
一時は治った涙が過去を思い出すにつれてまた溢れて来てしまう。
「英太クンの事、大好きで、私が約束の女の子だったらいいなって思って、それで、わた、し……自分がやくそくしたんだって……うぅ……うわぁ……」
「六花、もう分かったから」
そう言って六花を抱きしめた。まるで溢れ出る涙を抑え込むかのように。
溢れる涙は英太の体操服に染み込んでいく。六花の吐息が胸の辺りに当たって暖かかった。
六花の栗色の髪からは女の子特有の甘い香りがして鼓動が早くなるのを感じた。
髪を撫でて、背中をさする。女の子というのはこんなにも細くてか弱いものなんだろうかと思った。
それと同時に、この小さな身体にいろんな思いを押し込んで来たんだなとも。
そしてそれは自分が鈍感だったからだとも思う。
英太が六花の気持ちに早く気付いてあげられたら、彼女はこんなに苦しんだりはしなかったんじゃないのか。
ずっと隣にいた六花。
今までこんなに近くにいた事はあっただろうか。
小さな身体に想いを詰め込んで、隣で笑っていてくれていた六花。
その六花が、とても愛おしく思えた。
「――ぁ! 六花! いない!?」
「っ!?」
不意に六花を呼ぶ女子生徒の声がして、パッと離れた。
振り向くと同じクラスの女子生徒が焦ったように駆け寄って来ている。
「碧くん、六花見なかった?」
身体の大きな英太の陰に隠れて見えていなかったのか、女子生徒はそんな事を言う。
その隙に涙をゴシゴシと拭いて六花が傍から顔を出す。
「紗代ちゃん、どうしたの?」
「あ、六花っ! 大変よ、夏菜子が……!」
「夏菜子ちゃんが?」
「とにかく来て!」
「う、うん、分かった」
「碧くんも来て!」
「お、おう、わかった」
紗代と呼ばれた女子生徒は六花の手を取ると急かすように駆け出した。
見るからに焦って、緊急事態なのだと言うことが感じられた。
2人の話はまだ途中だったが、とにかく今は紗代についていくことにした。
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次回もお楽しみに




