53:女子大生の想い
ご覧頂き、ありがとうございます。
前回に引き続き、凛子と咲のお話です。
「……アンタが凛子、ちゃんか?」
咲は自分でも驚くほど低い声で凛子にそう言った。
突然現れた女性に自分の名前を呼ばれた凛子は呆気に取られたように、けれど頷いた。
普段なら初対面でも何か返せたであろうが、六花の涙を目の当たりにした凛子は既に通常運転は難しいようであった。
「……これ以上アイツの心を弄ぶのはやめてくれ」
「……弄ぶ?」
初対面の女性にいきなりそんな事を言われた凛子の眉端がピクリと上がる。
何処の誰かは分からないが、敵意に似た感情をぶつけてきているのは明らかだ。
そんなものを正面から向けられてヘラヘラ出来るような性格ではなかった。
咲の鋭い視線を真正面から受け止め、凛子も刺すような視線を送る。
「さっきの見てなんとも思わないのかよ」
「何がですか」
「泣いてただろ、六花」
「……」
「アイツは英太の事が好きなんだよ。アンタが思っているよりずっと。だから英太に弁当作らせるのはやめてくれ」
「別に作らせてる訳じゃないです。英太も作りたいって言ってくれてますし」
「アイツはそういうヤツなんだよ。その気もないくせに英太に夢だけ見せるのはやめろ」
「でも英太も好きでやってるって――」
「なんの見返りも期待しないと本気で思ってんのか!? アイツは神さまか何かかよ」
「だから作らせてるわけじゃ――」
「振った相手を突き放すくらいの優しさ見せても良いだろ」
「……!」
咲のその一言が凛子の胸に突き刺さった。
あの日の昼休み、英太からの告白を振ってしまった。あの時の英太の悲しそうな顔は今でも忘れない。そして英太が作った弁当を食べたいと言った時の驚きつつも嬉しそうな顔も。
自分は心の何処かで英太を救っているような気分になっていたのかもしれない。
失恋をさせてしまったが、それの〝救済措置〟が弁当を一緒に食べる事。
……毎日弁当を作らせて。
私は彼になんて事をさせていたのだろうか。
男性を食事代を払わせるだけの存在だと思っているような最低な女性が世の中にはいるらしい。
私はその女性と何か違うだろうか。
私は相手の好意をただ利用していただけ……。
ようやく自分がやっていた事の異常性に気がつく。
「……」
「アイツは馬鹿だけど、それ以上にいいヤツなんだ」
知っている。英太はいいヤツだ。よく知っている。
いつも他人の事を考えて自分の事は後回し。むしろ、それすら楽しんでいる節がある。
その優しさに甘えて、利用して。
英太は馬鹿なんかじゃない。馬鹿は私だ。気がつくと自然に涙が頬を伝っていた。
「……じゃあな」
凛子の涙を見てなのか、咲はもう言うことはないとばかりにそう言って踵を返した。
階段を降りながら思う。
自分も人の事は言えないかもしれない、と。
咲自身は英太の気持ちを無視してガツガツと好意を押し付けてきた、六花の気持ちを知りながら。
そう。六花の気持ちを。
六花が物心ついた時から英太の事が好きだったことは知っていたし、その想いの伝え方が不器用だという事も。咲は不器用な六花と英太の間に入ってなんとか英太を手に入れようとして来た。
アタシは英太の事が好き。その気持ちに嘘偽りはない。
そして、六花の事が可愛くて仕方ないという事も。
すぐ近くで六花の姿を見ているうちに彼女の健気さに咲自身が惚れ込んでいた。
バイト中に賄いを一緒に食べたり、休みの日にドライブに連れて行った事もあった。咲のライブも見にきた事もあれば、逆に六花の吹奏楽部の演奏を聴きに行った事もある。
受験の時には勉強も教えた事もあるし、中学の人間関係の事で相談を受けた事もある。
いつの間にか咲にとって六花は妹のような存在になっていた。
そんな妹が泣いていた。
許せなかった。そして咲も気付いた。思ってしまった。妹の邪魔をしているのはアタシもなんだということに。
英太がツラい顔をしているのを見ていられないのと同じくらいに六花が泣いている顔も見たくない。
2人が笑って肩を並べる姿を想像する。
やっぱりアイツら良いカップルになる。
幸せそうな2人を思うと心が暖かくなっていくのが分かった。
これで良いんだよな。しっかりやれよ、英太。
そう自分に言い聞かせる。
チクリと心が痛むけど、妹の泣き顔なんかもう見たくない。
「……ははっ」
咲は自虐的に苦笑して階段を降る。
自分の気持ちにフタをして、弟と妹の幸せを願いながら。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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次回は英太と六花のお話になる予定です。




