表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/62

51:バレー部エースと幼馴染と英太の話②

 ご覧頂き、ありがとうございます。


 前回に引き続き体育祭でのお話です。



「こ、小清水、今なんて?」


「あ、うん。昔、男の子とファーストバイトの約束をしたの。で、よくある大きくなったら結婚しようみたいな約束をしたなぁって思い出したの」


「実は俺もそういう約束した事があるんだ。でも、まさか……」


 半信半疑になりながらも、お互いの記憶を擦り合わせていく。


 お互いが覚えている場所、言葉。


 記憶を掘り返せば掘り返すほどに蘇る記憶。


 あの頃の暖かくてワクワクとした気持ちが不思議と湧き上がってくるのを感じる。


 英太自身の虫食いだらけの記憶を凛子の記憶と合わせていくと、作りかけのパズルのようだった思い出のピースがパチリ、パチリと合わさっていく。


 すると次第に広がって行く懐かしい気持ち。


 そして思い出の女の子が凛子だったのかと思うと心が弾んだ。


「こ、小清水があの時の……?」


「あは、あはは……英太が、あの時の?」


 幼い頃は母親の出身地である青葉市に頻繁に遊びに来ていたという凛子。


 その凛子と高校で出会い、恋をした。

 

 偶然にしては出来すぎている。けれど出来すぎているからこそ、この再会に運命的なものを感じてしまう。


 それは凛子も同じようで。


 母の思い出の場所で母と同じ空気を吸いたくて、かなりなワガママを通してやってきた青葉市。

 母が愛したバレーに青春を捧げる覚悟で来たのだが、心のどこかで〝あの時の男の子〟と出会えるんじゃないのかと、そう思っていた。


 会えるかも知れない。

 けど、会えたとして私はどうするのだろう?

 成長した男の子は嫌なやつになっているかも知れない、私のことなんてすっかり忘れてしまっているかも知れない。


 心のどこかで期待していたのと同じくらいに凛子は諦めていた。


 そんな事があるはずがない、と。

 

 そんなドラマチックでロマンチックな事が現実に起こるはずがない。


 けれど実際に我が身に起こってみたらどうだ。


 幼い頃の記憶が溢れるように膨れ上がり、それと同じくらいに広がる英太への想い。


 凛子は胸元をキュッと握り締めた。何かに締め付けられているかのように苦しくなったから。

 

 けれど不快じゃない。寧ろ心地よい感覚。

 このまま全てをその感覚に委ねてしまいたくなるような温かい感覚。


 告白を受けいれられなかった時の顔。

 夜遅くに学校まで迎えにきてくれた。

 毎日毎日、凛子の為に弁当を作ってきてくれた。


 それを食べた時に美味しいと言った時の、ホッとしたような、温かい笑顔が蘇る。

 

 なんて単純なんだと自分でも思う。


 こんなにも思い出に縛られていたのかと思った。


 けれどそうじゃない。


 思い出の彼が英太だったから、こんなにも心が温かくなっている。


 あの男の子が英太で良かったと、心の底から思った。


 苦しい胸を押さえながら顔をあげる。


「え、英太、私……」


 伝えたかった、英太に。

 

 あの男の子が英太で良かったと。

 

 凛子のサファイア色の瞳に英太が映る。

 

 しかし、英太の瞳には凛子は映っていなかった。


「……六花」


「……っ……」

 

 六花は手にしていたスポーツタオルで顔を覆うようにして泣いていた。


 肩を震わせ、声を押し殺して。まるで凛子と英太の邪魔をしないようにしているかのように。


 英太が一歩近づくと気配に気づいたのか、縮んだ距離の分だけ後ずさる。


「わた、し……私……っ……」


 幼い頃、あの公園で約束を交わす2人を見ていた六花。


 子供ながらに想いを寄せていた英太が他の女の子と親しげにそんな約束をしているのを見てしまった六花。


 幼い心に確実に深い傷を負ったその出来事を、自身の傷を守るかのように、自分の都合の良い様に変換して上書きしていた。


 目で見た出来事の当事者を自分に置き換える事で自身の心を守っていた。


 それは六花自身も無意識で。


 記憶が蘇ってしまった今、あの幸せな記憶は嘘で……同時に英太との唯一の繋がりを絶たれたような気がしてならない。


 そんな筈はないのに。


 英太と過ごした今までの時間は嘘偽りのない事実なのだというのに。

 

 そんな事まで気が回らない程に、六花の心は絶望感に支配されていた。


「わ、私……っ」


「……六花っ!?」


 そして六花は走り出した。


 屋上の扉を開けて階段を駆け降り、逃げるように駆け出した。



 最後までお読みいただきありがとうございました。


 少しシリアスが続きますが、どうぞ最後までお付き合い頂きたく思います。


 続きは明日の夜公開。


 よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 遂にファーストバイトの謎が 明らかに!…なったけど… [一言] 更新ありがとうございます ものすごい緊迫感溢れる回です 執筆相当ご苦労なさったのでは 普通に考えればこれで 凛子と英太が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ