48:バレー部エースが青葉に来た理由
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前回からも続き、さらに次につながるお話です。
どうぞ最後までお読みください。
「ちょっ、小清水……いきなりどうしたんだよ」
突然近づいてきた凛子に腕を掴まれて半ば無理やりグラウンドに連れてこられた英太は困惑を隠せない様子で言った。
とは言ってもいやなんてことはなく、驚いた気持ちが半分。残りの半分はワクワクとでも言うのだろうか、凛子に頼られた様な気がして嬉しい様な気持ちになっている。
「いやーごめんごめん。こんなこと頼めるの英太しかいなくてさ」
凛子に眉端を下げてそんなことを言われれば、なおさら悪い気はしない。
自然に口元が緩んでいるのを自覚するとなんとも言えない気分になった。
「いや、良いんだけど俺は赤団だぞ?」
凛子にひきづられながらそんなことが頭をよぎり、思ったまま口にする。
借り物競走はどちらかというとアトラクションというのか、お楽しみ競技みたいな位置付けで本来ならさほどルールに小うるさくは言われないと思うのだが……。
プログラムも半ばまで済んだ上代で3団の得点はほぼ横這い。
こんなお遊び競技のポイントすら優勝を左右する得点になりかねない。
「ルール的には問題ないでしょ?……多分」
と、普段なら楽天的な凛子も敵チームの選手である英太を連れてきたことに少しだけ不安になったようで審判の先生に視線を向ける。
凛子の視線を受けた男性教師にうまく意図が伝わった様で、右手でOKサインを出している。
「ほら、大丈夫だってさ。さぁ、早くっ」
「おわっ!? 引っ張るなって」
元気に走り出す凛子に驚いて苦笑しながらも、英太の足取りは重くはなかった。
◇
時刻は正午を過ぎてプログラムは昼食休憩を迎えていた。
生徒それぞれが思い思いの場所に散り散りになっており、止むことのない歓声に包まれていたグラウンドにはしばしの静寂が訪れている。
芝生スペースで談笑するもの、客席代わりの足場に寝転がるもの、午後からの競技が待ちきれないのかバトン練習をするもの。
それらを見下ろせるいつもの屋上に英太の姿があった。
レジャーシートを広げて、午前中のうちに孫六が届けてくれた大きめのクーラーボックスから真空保存出来るタッパーを幾つか取り出した。
言わずもがな昼食の準備であるが、それを傍らで手伝うのは凛子だった。
次々と出てくるおかずの種類の多さにやや戸惑っているようである。
「え、ちょっと英太。品数がすごく多くない?」
「今回ばかりは腕に寄りをかけたからな… …って多過ぎか?」
「ううん、私は全然食べれちゃうわよ? それに沢北さんも来るなら余裕でしょ」
六花は実行委員の仕事があるらしく、少し遅れて合流するとのことだった。
昼休みだというのにやることが満載で、今日はまともに英太と話せていなかったが朝のうちに昼食の約束をしていたのは正解だった。
六花からは先に食べておいてくれていいと聞いてはいるが、せっかくなら一緒に食べ始めたいとどちらともなくそんな雰囲気になった。
レジャーシートに腰を据えていると隣に凛子が腰を下ろした。
ふわりとヘアオイルの香りが漂い、鼻腔をくすぐった。
そして思い出したように先ほどの借り物競走を振り返る。
「さっきのお題は笑っちゃったわ、紙開けた瞬間に英太の顔が浮かんだし」
「ははは、マジかよ。俺、そんなにお兄ちゃんぽいか?」
凛子がひいた借り物競走のお題には『お兄ちゃんぽい人』と書かれていた。
腕を引っ張られていた時は内心ドキドキしていた英太だったが、お題を見たときは妙に納得すらしてしまった。
「そうね。実際典子ちゃんのお兄ちゃんなんだし。二人見てるとおもうわよ、兄弟っていいなって」
そういうと凛子は少し遠くのくもをながめた。
その表情はなんとなく儚げだった。
「小清水は兄弟いないのか?」
「いないわ。だからお兄ちゃんとかお姉ちゃんとか憧れる」
「上じゃなくてもいいじゃないか、兄姉は無理でも弟妹なら今からでも」
「あはは、パ……お父さんそんなに若く無いから無理よ。それにお母さん死んじゃっていないから」
「そ、そうだったのか、すまん小清水」
「ううん、いいのよ。私も英太に話してないし」
すると凛子はグラウンドに視線を移して訥々と話し始めた。
「お母さん……ふふ、もういいか。ママはね、小学一年生の頃に病気で死んじゃったーー」
凛子はこれまでのことを英太に話して聞かせた。
母が好きだったバレーをはじめたこと。
そこでさくらに出会ったこと。
バレーが大好きになるほど、上手くなるほど母親に褒められているような気がして頑張れたこと。
そして、この青葉高校が母親の母校であるということ。
「そうだったのか……」
「ははっ、暗くならないでよ。随分昔のことだし、それに英太はなにも悪くないでしょ?」
気にしないでよと凛子は手をひらひらと振ってみせる。とはいえ、英太の性格的にそうですかとはいかず、自分が言ってしまった不用意な言葉に少し肩を落とす。
気を落とす英太に気を遣わせまいとしているのか、凛子は努めて明るい声で言う。
「それに、この高校に来て、ママと同じ空気を吸っていると思うととても充実している気分になるの」
実際、凛子の中にある母親との記憶は色褪せてしまっている。
だからこそ母の母校で過ごすこの時間こそが母親を感じることができる唯一の時間。
そして、母はこの学校でどう過ごしたのだろうと考えるたびにそれが母親との絆に思えてならない。
「私は今、ママとの思い出を作ってるの。だから大丈夫、寂しくなんてないから」
そういうと凛子はフッと微笑んだ。
初夏の風のように爽やかなその笑顔は心底そう感じているのだと物語っているかのような。
そんな笑顔だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次回は六花も登場致します。
どうぞお楽しみに(*´ω`*)




