45:バレー部エースを見つめる瞳。そして幼馴染と体育祭の朝
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今回から体育祭のお話になります。
その前にインハイ予選で活躍する凛子を見つめる人物が。
『全国総合体育大会、岐阜県大会女子バレーボール優勝、私立青葉高等学校』
地方テレビ局の女子アナによる館内アナウンスが体育館に響き渡り、拍手が鳴った。
背広姿の初老の男性が畳ほどの大きさがある優勝旗を掲げ、主将である重山に手渡した。
この日、県が運営する体育館では女子バレーのインターハイ予選の決勝戦が行われた。
一時はチームがバラバラになり、崩壊寸前まで追い詰められてしまっていたが、キャプテン重山の涙ながらの謝罪を受けてチームが一丸となった。
雨降って地固まるとはよく言ったもので、困難を乗り切った青葉高校女子バレー部は奮起した。
もちろん気合いや根性や友情でバレーが上手くなる筈はないのだが、練習の時の雰囲気、チームメイトとのコミュニケーションを経て彼女のモチベーションはマックスにまで上り詰めていた。
『小清水凛子が青葉にいる』
凛子率いる青葉高校は前評判通り順当に勝ち進み見事、夏に行われる高校総体、通称インターハイへの切符を勝ち取った。
体育館には県内外から凛子の活躍を見ようと観客が押し寄せ、県内予選の決勝戦とはいえここまで客席が埋まるのは非常に稀なことであった。
その観客席にスーツ姿の女性が2人。
「やはり彼女はスペシャルですね」
「圧倒的だな。何故アマチュアでプレイしている?」
それにどう考えてもレベルの高いチームでは無い。
背の高い選手はいないし、基礎ができていない。指導者もまったく意味をなしていない。
コシミズが所属するに値しないチームだ。
特筆するとすればあのセッターか。上背は無いが相当なセンスを持っている。彼女も候補に追加しておかなければ。
パンツスタイルのスーツに身を包んだ初老の女性が体育館の観客席から整列をしている凛子を見下ろしていた。
黒髪には白髪が混じり、彼女の歩んできた歴史を物語っていた。
黒髪ではあるが、彫りが深く高い鼻筋やサファイア色の瞳をしている事から、どうやら外国人……おそらく北欧人である事が推察できた。
その女性に並ぶのは歳の頃は30代後半ほどであろうか、見上げる程の長身で短髪の女性がまるで従者のように付き従う。
「分かりません。……が、このアオバハイスクールは彼女の出身校でもあります」
「ああ、そうだったな。なるほど、あの身体能力は母親譲りか」
閉会式に出席しているどの選手よりも目立っている金髪碧眼の少女、凛子から目を離さずに彼女はそう呟いた。
そして連れの彼女に「行くぞ」と告げると踵を返した。
コツコツとヒールの音が通路に響いている。
「欲しい。何としても我がチームに。すぐに手配しろ、開幕まで時間がないぞ」
「はい、監督」
◇
6月10日、体育祭当日。
梅雨前線の影響で当日の天気が危ぶまれたが、本日は快晴。
降水確率0%、最高気温も例年並み。
数日雨も降っていないのでグラウンドコンディションも良好で体育祭の開催にはもってこいの条件が揃った。
「いってきまーす」
「はーい、気をつけてね」
学校指定のジャージを着た英太はいつものスニーカーではなく、軽くて走るのに適したランニングシューズを履いて玄関を飛び出した。
待ちに待った体育祭。大袈裟でもなく英太の心は弾んでいた。
混合リレーの練習はほぼ毎日行われ、何度もバトンの受け渡し練習もしたし走順も組み替えたりした。
そして体育祭実行委員の六花の仕事も手伝ったりした。
委員会からの通達事項などをまとめてプリントにしたり、各競技のプログラムの作成、当日のタイムスケジュールの確認と役割分担、それのリハーサルなどなど。
英太に出来ることはそんなに無かったが、それでも手伝うたびに「ありがとう」と微笑んでくれる六花と仕事をするのは楽しかった。
あの日、想いを伝えた六花。
それによって目に見える変化はハッキリ言って無い。
しかしふとした瞬間に当日のことを思い出したりして、少し意識するようにはなっていた。
そういう意味では六花の頑張りは無駄ではないかも知れない。
英太と六花は毎日同じ時間にコンビニの前で待ち合わせをして一緒に登校する。
「六花っ」
スクールバッグを丁寧に両手で持って立っていた六花が、英太の声に気づくと顔を上げ表情を明るくした。
いつもはセーラー服なのだが今日は六花も英太と同じように学校指定のジャージを着ている。
「あ、英太クン。おはよう、ふふ、何だか今日は元気だね」
「おう、昨日は帰ってからすぐ寝たし、早起きしてストレッチも終わったぞ。今からでも混合リレー出れるくらいにな」
早く寝たのは本当であるが、早起きというのは果たして適切な表現なのかは怪しいところである。
というのも本当のところは、体育祭が楽しみすぎて朝の四時に目が覚めてしまったのだ。
遠足前の子供みたいで恥ずかしかったので、どうやら本当と事は六花に内緒にするようだ。
しかしそんな事はお見通しの六花は目を細める。
「あははっ、今からそんな調子で大丈夫? 英太クンのリレーは最後の最後だよ?」
「大丈夫だ、このモチベーションを時間まで維持してやるさ。夜のバイトは知らん」
「あははっ、頼りにしてるよ」
「えと、六花は何の競技に出るんだっけ」
「私は学年別リレーだけだよ。実行委員は自由競技の補欠扱いだから」
競技には2種類あって、クラス単位で参加する競技【クラス競技】と英太が出場する混合リレーのような自由参加型の競技【自由競技】がある。
クラスごとで選出される実行委員はその自由競技に参加する生徒の補欠を努めなければならないルールだ。
「ああそうか。自由競技出られないのは残念だな」
つまりは六花は自らの意志で自由競技には参加できない。
しかし実行委員の仕事は多い。ハッキリ言って自由競技になど出ている暇が無いくらいに。
「ううん、いいの。だって私運動は苦手だし、それに実行委員の仕事で結構バタバタするみたいなの」
「ああ、玉入れの玉拾いとか綱引きの綱出しとかか?」
「玉入れは無いけどね。綱引きはあるみたい」
「棒倒しは無いのか?」
「3年生の男子はあるみたいだよ?……毎年怪我人が出るんだってさ」
と言って六花は顔を顰めた。
「マジかよ。そこまで行くとちょっと嫌だな」
「そうだね。英太クンも頑張るのはいいけど、怪我には十分気をつけてね」
「そうだな。怪我なんかしてバイト出れくなったら大変だもんな」
「そうじゃなくて英太クンが怪我したら大変でしょ」
その表情から六花が本当に英太の身体を心配してくれているのが伝わって、嬉しい反面、少し過保護なんじゃ無いかと思うと何だか落ち着かなかった。
「わかったよ、気をつける」
「うん。頑張るのは良いけど、ご安全に、だよ」
「他の仕事は何があるんだ? 実況とかするのか?」
「私はしないけど、先輩がやるみたいだよ」
「へぇ、やってみたいな」
「意外と大変みたい。生徒の顔と名前を把握しなきゃだし、来賓のお客様がいるから変な事言えないらしいよ」
いつもと変わらない日々。
しかしあの日、確実に一歩踏み出した六花。
その一歩で確実に事態は動き出す。
待ちに待った体育祭。
2人はいつものように他愛もない話をしながら仲良さげに肩を並べて登校するのだった。




