40:女子大生と体育祭の話をする
ご覧頂き、ありがとうございます。
前回に引き続き花月でのお話です。
午後8時前。
しばらく客足は途絶えることはなかったが、6時のオープンと同時に来店したお客のオーダーが少し落ち着き始める時間である。
今日は少し早めにシフトに入ってくれた咲に対して英太は賄いを作った所だった。
すでに白い襟付きボタンシャツに黒のタイトパンツ、デニムのロングエプロンを細い腰に巻きつけた咲。
いつものように作業台を食卓代わりにして折りたたみ椅子に腰掛け、上質なベルベットのように美しい黒髪に手櫛を入れて何やらスマホを操作している。
そしてコトリと木製の平皿が目の前に置かれると視線を上げた。
「咲さん、お待たせしました。どうぞ」
「サンキュー……おお、ロコモコか。最高っ」
今日の賄いはロコモコ。
木製の平皿に盛られた白米の上に、ハンバーグのパティ、目玉焼きを乗せて、更にグレイビーソースをかけたハワイ発の料理。
刻んだ玉ねぎと豚の合い挽き肉とをよく混ぜ、形を整えてから中火でじっくりと焼く。
それを白米の上にのせ、半熟の目玉焼きを乗せる。
ハンバーグを焼いた際に出た肉汁を元に、ケチャップとウスターソースをベースにした特製ソースを垂らし、ベビーリーフとクレソン、サニーレタスを添えて出来上がりだ。
ポイントは火の通りを考慮したハンバーグの厚みと少し照り焼き風に味付けした特製ソースだ。
「ははっ、良かったです。けど賄いをお任せだなんてハードル高いっすよ」
「考え過ぎだぞ、英太の事だしアタシの好きな料理にしてくれるのは分かってんだし……じゃあ頂きます」
折りたたみ椅子で長い脚を組んでいた咲だったが、食事の際は行儀はいいらしく目の前で合掌してからスプーンを手に取った。
「やっぱり此処で食うんすか」
「いいだろ、休憩室で食ってもつまんないんだよ」
そう言って咲はハンバーグの上で強い存在感を放つ半熟の目玉焼きをスプーンの先で突いた。
とろりと半熟の黄身が流れ出し、合い挽き肉で拵えたハンバーグの上を滑り落ちていく。
その黄身がケチャップとウスターソースをベースに配合した特製グレイビーソースに絡み、マーブル状に色を変える。
さらにスプーンを押し進ませ、ハンバーグに切れ込みを入れると透明な美しい肉汁がそれらと混ざり合う。
同じ器に盛られた白米は、咲のスレンダーな身体に合わせて小盛りにしてある。
肉汁と特製ソース、更には半熟の黄身が混ざり合った物と手捏ねハンバーグ。それらを透明感すらある白米と同じ匙で掬い上げ、赤いルージュが引かれた咲の口に運ばれていく。
「んー! んー!」
ひと口、ふた口と噛み締めてから咲は親指を立てて言葉にならない言葉を発した。
何と言っているのかは分からなかったが、何と言いたいのかはよく伝わってきた。
「ははっ、美味いって事でいいっすか? 良かったです」
咲の素直なリアクションに英太は目を細める。
そこに厨房とフロアを隔てる暖簾をくぐってきたのは栗色のミドルボブを弾ませた六花だった。
「あ、咲さん、おはようございます。ロコモコですか? 美味しそう」 お盆に幾つかのジョッキと、空になった皿を乗せて六花が厨房に戻ってきた。
いつものように折りたたみ椅子を広げ、作業台を食卓代わりにし賄いを摂っている咲にペコリと挨拶をする。
それに手を挙げて応えてから咲は少しだけ意地悪そうに言う。
「おーっす。いいだろ、やらないぞ」
「私はもう食べましたから要りませーん」
「英太、六花の賄いは何だったんだ?」
「えと、鰹のタタキ茶漬けっすね」
ちょうど高知産の初鰹が入荷しており、それの切れ端で作った茶漬けを六花の賄いとして出したのを思い出した。
高知の初鰹は例年なら5月初旬頃までとされているが、今年は少し長く楽しめているようだった。
「うわ、マジかよ! そっちも良いな……」
「鰹はもう無くなっちゃいました」
鰹にありつけなかった咲が少し羨ましそうに自らの匙を舐った。
しかしロコモコも美味いしなと一言言うと、再び木皿に視線を落とす。
「いや、アタシはこっちでいいぞ。美味い……で、体育祭やるんだって? こんな時期に」
「そうっすね。春なんすね、高校の体育祭って」
「アタシん時は9月だったぞ」
「去年から変わったらしいですよ、稲刈りの時期と被るのと台風が多いでしょ? 9月って」
2人の会話にグラスを拭いていた六花も加勢した。
体育祭実行委員のミーティングで統括する教師がそんな事を言っていたのを思い出したのだ。
「まぁそうだけどな。台風はわかるけど何で稲刈り? 学生に稲刈り関係ないだろ?」
「小中学校は親御さん見にいくでしょ? それに合わせて高校の体育祭も6月になったみたいですよ」
なるほどなと咲は言った。
高校生ともなれば体育祭を観にくる親御さんは少ないし、さほど親の都合を考慮しなくても良いかもしれない。
しかし小中学生の親御さんなら仕事の都合をつけてでも観に行きたいと言うものだろう。
農業の盛んな青葉市であるから9月ともなれば稲刈りの時期であるので休日はそちらで忙しくなる。
さらにせっかく都合をつけて休みを調整したのにも関わらず、台風などで行事自体が延期になってしまう事も多かったのだと言う。
それであれば田植えが済んだ梅雨入り前のこの時期に体育祭をやってしまおうという事で6月に開催される事になったらしい。
そうじゃなくても本格的に暑くなる前のこの時期に体育祭をやる学校が増えているらしい。
咲のように体育祭=秋というイメージを持っている者からしてみれば何となく不思議な感覚を覚えるかもしれない。
「いつだっけ、平日か?」
「そうですね……10日すね」
「10日……金曜日か。わかった」
と咲が自身のスマホを取り出して何かを確認したのちに再びポケットにしまった。
「え、まさか観にくるつもりすか?」
「そりゃな。だって混合リレーのアンカー何だろ? そりゃ見に行かなきゃだろ」
「大学の授業は大丈夫なんですか?」
「単位さえ落とさなきゃいいんだよ。……って英太ノリ悪いぞ、まさか来てほしくないのかよ?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
英太は口を濁す。
何となくだが、咲を凛子に会わせたくないなと思ってしまった。
咲といったカフェでの会話を思い出す。
咲はどうも凛子のことを快く思っていない節がある。
その状態で2人がもし会ってしまったら……。
姉貴肌の咲の事である。
英太のことを思うが故に凛子に対して何かアクションを起こさないとも限らない。
……とはいえ凛子の姿を遠巻きに見る事はあっても、まさか直接会う事はないだろうと気持ちを切り替えた。
「そういうワケじゃないなら何なんだよ、お?」
「ちょっ!? 咲さんっ!?」
歯の奥に物が詰まった様な話し方をする英太に咲が急に飛びかかった。
英太の頭を脇に抱えてガッチリとホールド。
右の拳で英太の頭をグリグリと圧迫する。
「くぬっ、くぬっ! お姉さんが弟の体育祭見に行って何が悪いんだよ、コラっ」
「お姉さんってなんすか! そもそも血ぃ繋がってないじゃないすか!」
「血の繋がりが無いからこそ出来る事があんだよっ!」
「は、はぁ!? 何言ってんすか意味が――」
完璧に決められたヘッドロックでジタバタと手足をバタつかせればするほど、咲の形が良く柔らかいバストが英太の頬に押しつけられていく。
更にいつもの大人びた香水の香りで英太の頭の中が満たされていく。
それに咲自身の甘い香りが混ざり合い、英太の理性を揺さぶった。
「ちょ、咲さん!?」
この後、例の如く電光石火の速度で2人の間に身体を滑り込ませた六花によって2人は引き剥がされた。
腰に手を当てて見上げるように説教をする六花に対して、咲はあしらう様にてをヒラヒラさせる。
英太はそんな2人を見て、まだ柔らかい感触が残る右頬に触れた。
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次回は六花と英太とのお話になる予定です。
今日は咲の人物紹介です。
・藤村 咲
・身長174cm・体重49kg
・4月21日生まれ O型
・英太の実家である居酒屋で働く女子大生、20歳。
黒髪のロングヘア、目鼻立ちはハッキリしており、化粧は濃いめ。9頭身の抜群のスタイルの持ち主。一人称は『アタシ』でボーイッシュな言葉遣いをする。
大学に通いながら、メジャーデビューを目指すバンドマン。パートはギター。
車と(ジムニー)バイク(SR400)持ちだが両方とも父親のお下がり。
好きなお酒はビールと日本酒。
次回も楽しみに。
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