4:弱小校のスーパーエース
ご覧いただきありがとうございます。
凛子にフォーカスを合わせたお話です。
「え、フッちゃったの?」
その日の放課後。
授業の緊張感から解放された多くの生徒が、それぞれの予定にそれぞれが向かって行く。
遊びであったり委員会であったり、アルバイトだったり。
やや浮き足立っている様にも思える放課後の独特の雰囲気。
しかしそれは部活動に所属していない生徒が多い。
『青葉高校女子排球部』とデカデカと刺繍が入ったエナメルのスポーツバッグを肩にかけた女子生徒にはそんなふわふわとした雰囲気はない。
一人は昼休みに英太からの告白を受けた金髪碧眼の高身長美女、小清水凛子。
そしてもう一人は花澤さくら。彼女もまた凛子同様にバレー部の特待生として入学してきた超高校級のセッターだ。
美しい黒髪はショートボブにまとめられており、前髪は眉毛の上で一直線で切り揃えられている。大きく力強い瞳が印象的な、どことなく大人びたクールな印象の生徒だ。
さくらは凛子よりもやや背が低いが、それでももうすぐ170cmに迫ろうとしている。二人とも美形ということもあり、並んで歩くと非常に目立つ。
ここが街中であれば振り返る人も多々いるであろうが、周りの生徒は慣れたものである。
入学してから一ヵ月で彼女らのビジュアルに振り向く生徒も『少なく』なって来た。
二人並んで部活へ向かい、歩きながら昼休みの出来事を聞いたさくらは驚いた様子で凛子の顔を覗き込む。
凛子はそんなさくらをチラッと見ると視線を逸らし、口を尖らせた。
「仕方ないでしょ? 男とイチャイチャする為に青葉に入った訳じゃ無いんだし」
「いやいや。今どき春高の選手でも彼氏くらいいるでしょ」
さくらは凛子の目を見てそう言い放った。
春高……インターハイに並ぶ、高校バレーの花形ともいえる大会の通称である。
そこに出場しているような高校バレーボール界のトップ選手の中にも部活と恋愛を両立させている選手はいるはず。
部活をやってる事自体は付き合わない言い訳にならないと、さくらは暗にそう言っているのだ。
「う……いや、まぁそうかも知れないけど」
「あまり考えすぎなくてもいいんじゃない? まだ1年なんだし、何事も経験だと私は思うけど?」
「1年だからよ。しかもまだ公式戦も始まってないこの状況で彼氏でも作ってみなさいよ。先輩たちになんて言われるか」
「重山先輩、この前の休みの日、彼と手ぇつないで歩いてたよ」
「え、マジ?」
凛子とさくらは幼なじみ。小学校に入学して以来の親友だ。
同じタイミング、同じチームでバレーを始めて、中学校の最後の大会では全国優勝を果たした。
その流れで進学先はバレーボールの名門高校へ……と思われていたが、凛子たっての希望でこの青葉高校に半ば逆指名のような形で入学したのだ。
逆指名というのは、凛子自ら青葉高校に売り込みに来たという意味だ。
数十年に一度の逸材と言われていた凛子。そんな彼女が向こうから入学したいと言って来たのだから、学校側は喜んで特待生としての入学を許可した。
しかも中学時代にコンビを組んでいた天才セッターのさくらを連れて。
鴨がネギを背負ってきた……というわけではないだろうが、青葉高校としては願ってもいない事であった。
「だからいいんじゃない? 練習サボったりしなければさ」
「無理無理。さっきも言ったけど、私はバレーするためにわざわざこの町に来たんだから」
「はいはい、苦しいっての。じゃあなんでわざわざこんな普通のバレーも強くない無名校に来たわけ? 逆指名じみたことまでして」
「そ、それは……」
「ほら、アレでしょ? 厳密には――」
「あー! あー! 聞こえなーい!」
何かを言いかけたさくらを大きな声をあげて、自分の両耳を押さえてそそくさと足速に立ち去って行く凛子。
「……はぁ、やれやれ」
そんな彼女をさくらは肩を竦めてから後を追った。
しかしさくらの口元は緩んでおり、珍しく青臭い雰囲気を纏った幼なじみを優しく見守っているようだった。
◇
放課後の体育館に掛け声とボールが弾む音、それとシューズが床に擦れる音が響く。
凛子が所属する女子バレー部は、校外からチームを招いて練習試合を行っていた。
「――ナイスレシーブッ!」
味方リベロがレシーブしたボールがふわりと上がった。
落下地点を予測し、さくらは素早く移動する。
「ライトォ!」
「4番、4番!」
4番のビブスを着た凛子の前に相手ブロックが3人集まってきた。
ラインの外から十分に加速をつけて、風のように走り込んで行く。
「凛子っ」
全身の筋肉をしなやかに躍動させジャンプ――。
翼が生えたかの様に、ふわりと浮き上がり、一瞬で最高到達点に行き着く。
相手ブロックの指先は凛子の目線のはるか下だった。
「――ッ!!」
さくらから上がった緩やかな高いトス。
凛子の最高到達点にドンピシャで上げられたボールを、凛子の左腕が確実に捉える。
赤、白、緑の特徴的なトリコロールカラーのバレーボールに凛子の掌がゆっくりめり込んでいく感覚。
パンク寸前まで押し潰されたそれは、瞬間的に反発して、数瞬の後に相手のコートに突き刺さっていた。
「くそっ、また4番なの!?」
「どうして大和中の小清水と花澤がこんな所にいるのよっ」
「中体連で全国制覇したゴールデンコンビがどうして青葉なんかに……!」
コートに転がるボールに気がついた相手選手が諦めにも似た悪態をついた。
練習試合の相手が理解出来たのは、さくらのトスが上がったところまで。それからは目で追うことは叶わなかった。
今の得点で試合終了。
相手の学校を隣の市から招いた練習試合は2-0で青葉高校の勝利となった。
監督を囲んで試合後のミーティングが始まる。
「ナイスキー、小清水っ」
「ありがとうございますっ。ナイストス、さくら」
「凛子、ナイスキー」
「月末に始まるインターハイ予選もこの作戦で行く。出来るだけボールは小清水に上げるんだ。それで県内は勝ち進められるだろう」
「「「はいっ」」」
チームメイトほとんどが先輩である。
それに混じって気持ちの良い返事はしたものの、凛子の胸中はモヤがかかった様に騒ついていた。
ありがたい事に凛子は体格に優れ、ことバレーボールに関しては天性の才能が備わっている様で、自分の思うように身体を動かす事が出来た。
それはいいのだが国語教師であり、監督である日村にそう言われるとなんとも納得がいかなかった。
バレーボールは6人で行うスポーツであり、凛子のようなエースがチームにいればそれを軸に作戦を組み立てることは当然ながらある。
しかし日村は凛子だけで勝ち上がれと言っているのだ。
それは先程の言葉だけではなく、日頃の練習時などから何度も何度も指示されている事であった。
司令塔であるさくらと凛子にボールを集めろと指示を出している。まぁある程度なら従うが、日村はほぼ凛子一人で戦い続けろと言っている様な物だ。
確かに県レベルならある程度はそれで勝ち上がれる事も可能だろう。
運が良ければそれだけで全国大会へ出場する事も出来るかもしれない。
問題なのは、日村のその態度がチームにマイナスな雰囲気を生んでいるという事だ。
「お疲れ、小清水」
「あ、お疲れ様でした」
「インハイ予選もよろしくねー」
「あ、はい」
それだけ告げるとキャプテンの重山はビブスを脱ぎ、体育館を出ていった。
汗だくの凛子に対して、重山は汗ひとつかいていない。
重山に限らず、レギュラーメンバーのほとんどがその様子である。重山含め、青葉高校の女バレの部員に悪い人はいない様に思う。
しかしチームに蔓延する『凛子が居れば勝てるだろう』という空気。さくらも危惧する、この空気が凛子を苦しめていた。
自分だけでは勝てないと、さくらと一緒に先生の所へ相談しに行こうかとも思ったが、しかし入学して間もない新入生。
下手に事を拗らせて雰囲気が悪化したら目も当てられない。
この雰囲気に違和感を感じながらも、凛子もさくらも何も出来ないでいた。
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