33:幼馴染と英太
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〝東洋の魔女〟という異名を持つ凛子。
バレーボールを嗜む典子とすずめはそんな凛子に夢中になってしまいます。
聞けば〝東洋の魔女〟とは凛子の異名らしい。
典子もすずめもバレーボーラーの端くれであるから、超高校級の腕前を持つ凛子の事を知っていたらしい。
バレーボールの月刊誌などで度々紹介されてる事があり、それで知っていたのだが、まさかそんな選手がこんな所にいるなんて思わず、気づけなかったと言うのは典子の言である。
そんなバレーボール界のスター選手が目の前にいれば、やはり話題はバレーの事になる。
凛子はテンションの爆上がりした典子に質問責めにあい、パシャパシャとスマホでツーショットを撮りまくられている。
ちなみに凛子も割とノリノリで。
すずめも凛子のファンであったらしく、おずおずとはしつつもいつものすずめより確実に積極的に会話に参加しているようである。
当の凛子はといえば、キラキラした目の女子中学生二人から憧れに満ちた瞳で詰め寄られてややタジタジと言った具合である。
しかし勢いに押されつつも悪い気はしないらしく、撮影や質問に応じている。
典子たちの心境としてはどうだろう、野球大好き少年が憧れのプロ野球選手にでもあったかの様な心境に近いかも知れない。
もちろん凛子はプロの選手などでは無いのだが、そのルックスと何より常識離れした身体能力、それを活かしたプレーでプロの選手以上に注目されている存在であった。
「すごいね、小清水さん。有名人だったんだね」
「そうみたいだな。いやなんかすごい選手だっていうのは知ってたんだけど、まさか典子達まで知ってるとはな」
明らかな盛り上がりを見せるバレーボーラーたちを遠目に眺めるのは英太と六花。
英太は燻製器からスモークしたチーズを取り出しながらそんな事を呟いた。
乳白色だった一口サイズのチーズは桜のチップで良い具合に燻されて、薄い山吹色に変わっていた。
上々の出来栄えに満足げに頷く。
「ふふっ、気がついたらバレー部が過半数を占めてるよ」
「ホントだな。ここに咲さんがいたらその割合も増えるな。青葉のバレー部OGだし」
「あははっ、バレー部だらけだね。仲間外れだね、私と英太クン」
と、口では言うがこの状況は六花にとっては好都合である。
典子とすずめが凛子をガード、もとい凛子との会話を弾ませている今だけは英太を独り占め出来るのだから。
手に取って食べやすいように英太の隣で切り分けたチーズに楊枝を刺して英太を手伝う。
こうして英太と作業をしていると六花ももてなす側に立てた気分になれた。
そうすると英太と同じ立場になれた気がして嬉しかった。
英太と二人の仲間外れなら望むところなのだ。
「それで言うならホントの仲間外れは俺だな、男だし。ちょいつまみ食いしてみ」
「あははっ、やったー」
ラッキーと言いつつ、楊枝が刺さったスモークチーズをつまむ。
味は申し分ないが、それよりもこの二人だけの空間、空気感がたまらなかった。
子供の頃にした約束を覚えていてくれた英太。
どうやら相手のことは覚えていない様子であるが、そのこと自体を覚えていてくれた事が分かったのだから今はそれだけで十分。
機会を伺いつつ、いつか打ち明ければ良いか。
それよりも今は今を楽しもう。
英太との時間を。
「うんっ、美味しいよ英太クン……」
程よい燻製の香りが鼻を抜ける。
チーズの出来は申し分ない。
そう伝えようと笑顔を英太に向ける、が。
英太の横顔が目に映る。
凛子を見つめる英太の横顔……。
「あっ……」
「ん、どうした六花?」
やや離れたところで楽しそうに談笑する凛子達三人を……いや、凛子を見つめる英太の表情が気になった。
凛子と会話をしたいのであろう事は誰でも察する事は出来るだろう。
ましてや、いつも英太を目で追っている六花ならば容易に気がつく。
「ううん、何でもないよ……」
しかし六花はその視線に気づかないふりをした。
そして英太は何事もなかったかのように、クーラーボックスから分厚いスペアリブがはいったパックを取り出して、いつもの調子で言う。
「そうか? よし、じゃあ次はこいつを焼くか」
「うわ、すごいお肉っ」
「いよっ! 待ってました!」
凛子が手を叩き嬉しそうな声をあげ、典子は余興をはやし立てる酔っ払いのように言う。
「おっさんか?」
「あははっ、たしかに今の典子ちゃんはそんな感じだったわね」
「えへへ、そうでしたか?」
英太がそうツッコミを入れると凛子と典子は声をあげて笑い、すずめもクスクスと小さく微笑んだ。
さっきまであそこの三人は初対面同士だったはずなのだが、すっかり打ち解けているようである。
もっともすずめは二人の会話を聞いて頷いているようではあるが。
そんな三人を見て目を細めた英太がこの日のメインとも言える肉を焼き始める。
炭火の上に敷かれた鉄製の網の上に静かに乗せると、ジューという音が聞こえてくる。
そして間もなくして香ばしい肉の焼ける匂いがし始め、食欲を増幅させる。
「英太クン、あのさ……」
「ん、どうした? 女子会に混ざりたくなったのか? 全然行ってくれても大丈夫だぞ、俺は一人でも――」
「ううん、そうじゃなくて。私やるよ、お肉焼き係」
六花は優しい笑みを浮かべて、トングを受け取ろうと小さい手のひらを広げて見せた。
「え、なんでだよ。ここは任せてもらって大丈夫だぞ?」
「英太クン、本当は小清水さんと話したかったんでしょ? せっかく誘って来てくれたのに、英太クンこんな所にいたら全然話せないよ?」
今回のバーベキューの配置は、肉などを焼いたりする調理スペースと、物を食べたりするスペースを別でもうけた。
炭火を使うのでどうしても熱が出てしまうからと言うのが理由だ。
しかし離したと言っても声は届くし会話ももちろん出来る距離。
英太的には問題ないと思っていたのだが、いざこうして始めてみると会話がなかなか出来ないということに気づいた。
距離感の事もあるのだが、バレーボーラーズが会話に花を咲かせていれば尚更で、それこそ今の状態は『あっち』と『こっち』と言った具合に分かれてしまっている。
だから私に任せてあの輪に加わって来いと、六花はそう言っている。
英太の気持ちを知った上でのその言葉。
しかしそれは同時に自分の気持ちを押し殺しているという事でもある。
英太に凛子と仲良くなってこれ以上距離を縮めて欲しいとは決して思わない。それは断じて。
けれど、せっかく誘ったのに会話もままならないままお開きになってしまったら。
英太の気持ちを思うと、自然にそんな言葉が出ていた。
凛子との距離を縮めて欲しくはないが、それと同時に英太に落ち込んでは欲しくない。
どちらかと言うと後者の方が気掛かりだった。
だから六花は自分の気持ちを今は押し殺した。
「お肉の番なら任せて。私だって料理の腕には自信あるんだよ、英太クンには及ばないけど。はは」
「いや、大丈夫だ。俺がやるよ」
しかし英太は六花の提案を受けなかった。
意外な返事に六花は首を傾げる。
「でも、小清水さんと……その、話したいんでしょ?」
「うーん。確かにそうだけど……まぁ今日はいいよ。小清水が羽を伸ばせるのが一番だし。それに」
そこで一旦話を切り、再び口を開く。
「六花とこうしてゆっくり話す暇も最近じゃなかったじゃないか。いつも働いてくれてるんだし、今日は六花もゆっくりしてくれよ」
そういう英太の表情は沈んではいなかった。
凛子とも話したいのはまぁ事実なのだが、彼とて六花と話すのは嫌いじゃない。
むしろ色々気がつく六花といると落ち着くのだ。
「……英太クン」
「けど一人で肉焼くのも寂しいからな。悪いけど話し相手になってくれるか?」
苦笑混じりにそんな事を言う英太であるが、六花の答えはもちろん決まっている。
「あははっ、そんなのお安い御用だよっ」
花が咲いたような笑顔を向ける六花に、英太は微笑み返す。
そして二人肩を並べて取り止めのない話をするのだった。
ゆっくりとした時間。
しかしそれは確実に流れる。
この時間がずっと続けばいいのに。
そんな事を六花は願うが、確かに時間は過ぎる。
それでも今この一瞬を精一杯楽しもう。
六花は人知れずそう心で思うのだった。
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年末年始の更新予定ですが、平日はなるべく投稿したいと思っています。
しかし何かと行事があると滞ってしまう可能性もあります。
なるべく投稿する事を優先していきたいと思っていますので、温かい目で見てやってください(汗)
次回は少しだけ山場を持って来れたらいいなと思っています。
お楽しみに。
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