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高原の村 Ⅰ

      ― 1 ―




朝食兼昼食を終えると、俺とティアは西を目指して歩き出した。


目指すはファリス王国からの脱出。大陸の東側は人間種族主義のファリス王国の勢力下であるため、ドラゴニュートであるティアには住み辛い地域だ。


ファリス王国が、獣人や亜人を差別する理由は宗教にある。ファリス王国は、唯一神である女神ユリエスを崇拝するユリエス教が国教に定められており、ファリス王国民は全てユリエス教徒でなければならない。


対して、獣人や亜人はそれぞれ独自の宗教を持っている。自然崇拝や精霊崇拝など、多種多様な神を信仰しており、何の宗教を信じようと構わない。


それが原因で、ファリス王国は獣人や亜人を、唯一神である女神ユリエスの教えを崇拝しない愚か者ども、という認識で差別している。


俺もファリス王国民だが、田舎暮らしが長かったこともあり、敬虔なユリエス教徒というわけではない。ファリス王国で最も宗教活動が盛んなのは王都マイセンだ。中央ユリエス教会ともいえる、聖ユリエス教会があるのも王都マイセン。


そして、このユリエス教が、ティアをファリス王国から逃がす最大の理由でもある。


300年前、女神ユリエスから神託を受けた勇者アクレイアが、魔王と竜王を倒した伝説。


魔王レイヴィアと竜王ザイアードとの間に生まれた娘、魔王竜ティアリーズ。


それを狙うのがユリエス教会の頂点である教皇ザリウス。


これらの事情から、ティアが安心して暮らすことができる土地はファリス王国にはない。だから、俺とティアは西を目指している。獣人や亜人だけでなく、人種族も混在して生活をしている、サイファール公国を目指して。


ただ、予定していたルートからは大きく外れてしまっている。


その原因は、バルマスクという大きな街を出た後、交易路を使って西に向かっている最中に、ユリエス教会の追っ手に待ち伏せされていたせいだ。


結果、俺達は大きくルートを変更せざるを得なくなり、ワルター大森林なんていう、誰も入らないような森の中を抜けて、高原を西に進んでいるところ。


「問題は、この辺りの地理に全く精通していないってことなんだよな……」


俺は、役に立ちそうもない地図をカバンの中に片付けて、周囲を見渡しながら歩く。昼下がりの午後、日中で一番暑い時刻を迎えたころだ。


「本当に人一人として見ない……」


横を歩くティアも俺に追従してくる。道すらない高原を歩いてるからな、人がいなくて当然だ。


「かと言って、大きな街道に出るわけにもいかないしな……」


ファリス王国から出ることができる街道は、教会によって抑えられているだろう。そんな所を通るわけにはいかない。


「うん。追っ手を撒くことができている利を捨てる意味はない」


「だな」


俺は相槌を打ちながら歩いて行く。目の前の丘陵を上って行き、更に先に進んで行くと……。


「おい、ティア。あれを見てみろ」


「ん? どれ?」


俺が指さした方角をティアも見る。


丘陵を超えた先、山間の窪地になっている場所。木々に囲まれたその先に集落があるのが見えた。


「村がある。この辺りに住んでいる人がいるみたいだ」


「行ってみる?」


「ああ、物資の補給もしたいしな。それに、俺達がどの辺りにいるのかを把握したい」


「分かった。アイクに任せる」


ティアが二つ返事で応えると、俺達は山間の村へと向けて足を進めて行った。




      ― 2 ―




既に見えている距離にあったこともあり、村にはすぐに辿り着くことができた。


木の柵で囲まれた小さな村だ。土の道は均されてはいるが、所々で背の短い草が生えている。周りの木々を切り開いて村を作ったっていう感じか。質素な造りの家が並んでいる。


見るからにのんびりとして村に見えるのだが、どういう訳かガヤガヤと騒がしいような気がする。ただ、どこか不満気な声が聞こえてくるのは気のせいだろうか。


そんな村の雰囲気の中、俺は鍛冶屋を探していた。こんな小さな村でも鉄器は必要だ。それを修理する鍛冶屋もあるはず。


村人の一人に鍛冶屋があるかどうかを訊ねてみると、一軒だけ鍛冶屋があった。


俺はティアを連れて、村の鍛冶屋へと足を運ぶ。村の中心に近い場所にその店はあった。カチン、カチンと金属を叩く音が聞こえて来る。


「ちょっといいか?」


俺は鍛冶屋に入ると、奥で作業をしている男に声をかけた。上半身裸で、炉の前で金槌を打っている。年季の入った皺のある顔つきだ。


「なんだ? 見ない顔だな。また旅の奴か?」


厳つい顔の鍛冶職人は、訝し気な顔で俺とティアを見てきた。


「まあ、旅の奴だ」


「またか……。どうしてこんな所に来るんだ? こんな辺鄙な場所に何の用だ? もしかして、お前が……。いや、無理だな……」


鍛冶職人は手を止めて、何やら失礼じみたことを言っている。明らかに俺を見て、『無理だな』って言ったぞこいつ。


「あんたが何を思ったか知らないが、俺はただの通りすがりだ。この村に用があって来たわけじゃない」


「ただの通りすがりだぁ? どうしてこんな所を通るかね……。今日で二人目だぞ?」


鍛冶職人は溜息交じりに言った。


「俺の他にも誰か来たのか?」


こんな辺鄙な村に旅人が来るのか? 俺は事情が事情だけに、本当に偶然に通りかかっただけだが。


「ああ、来てるよ……。村長がそいつを引き留めてるところだ……」


槌を討ちながら、鍛冶職人は何処か諦観したような顔で言っている。


「村長が引き留める? 旅人をか? 俺も引き留められるのか?」


「安心しろ、お前を引き留めようなんて考えはしない」


鍛冶職人は鼻で笑って返してきた。なんだこれ、舐められてるのか? そんな感じがする。


「引き留めないなら、別に構わないさ――でだ、話が逸れたが、俺の要件を聞いてもらいたい」


「なんだよ? こっちは忙しいんだ。手短にしてくれ」


「剣が欲しい。ここに置いてないか?」


俺はそう言って、折れた剣を鍛冶屋に見せた。


「こいつは、見事に折ったもんだな……。まあ、混ざり物が入った剣だからな、折れて当然だ。つっても、綺麗に折ったな。それは褒めてやるよ」


ぱっと見ただけで、俺の剣が安物であることを見抜かれた。そうか、鉄だけじゃなくて、他の粗悪な金属も混ざってたのか。道理で安かったわけだ。


「そんな褒め言葉いらねえよ。それより、剣はないのか?」


「あるにはあるが……。あんた、冒険者か?」


「ああ、そうだ」


「冒険者なら、一つだけ忠告しておいてやる。ここから南の山には入るな。いいな、南の山だぞ!」


鍛冶屋は真剣な顔つきで俺の顔を見てきた。忠告というよりは警告といった感じだ。


「南の山だな。大丈夫だ、俺達は真直ぐ西に向かう。南に行く予定はない」


「そうか、それならいい。剣なら、そこの壁にかかってやつだけだ。3,000G。それで売ってやる」


鍛冶屋は目線で壁の方を指した。そこには一本の剣がかかっていた。木製の鞘に納められたロングソード。俺はそれを手に取り、抜いてみる。


鈍く輝く刀身。前に使っていた剣よりは重たい。ただ、重心のバランスが取られているので、自然と手に馴染む感じがする。


「鋼製の剣だ。その折れた剣に比べたら別格の切れ味だぞ」


鍛冶屋は自慢気に言ってきた。確かに良い物だと思う。


「なるほどな……。それじゃあ、これをもらっていく。ほら、3,000だ。数えてくれ」


俺は3,000Gを鍛冶屋に手渡した。


「1、2……おう、丁度だ」


「ところで、聞きたいんだが、ここは何ていう村なんだ?」


「はぁ? お前は行き先も分からず、この村に来たってのか?」


呆れた顔で鍛冶屋が言ってくる。仕方ないだろ、こっちはテンプルナイツから逃げて来たんだから。


「色々事情があるんだ。話せば長くなるし、話す気もない」


「別にどうでもいいけどよ……。カメリアだ。それがこの村の名前だ」


こちらの事情などすぐに興味を失くしたようで、鍛冶屋は素直に村の名前を教えてくれた。


「カメリアか……。聞かない名前だな」


「そらそうだろ。東にはワルター大森林。街道からも遠い山間の村だ。普通なら誰も来ねえよ。だから、今日、二人も旅人が来たのが珍しいんだ。しかも、一人は――」


「いい加減にしてくださいッ!」


鍛冶屋が言い切る前、店の外から女の金切り声が聞こえてきた。声の質からすると、まだ若いように聞こえる。


「噂をすれば何とやら。どうやら、村長と揉めて外に出て来たようだな」


鍛冶屋は半ば諦めたような声で言っている。俺は何のことか分からないまま、声のする方へと目を向けた。


「私にはやらないといけないことがあるんですッ!」


再び、さっきの女の声が聞こえてきた。


叫んでいるのは、炎のような赤い髪をしたツーサイドアップの少女。深紅の胸当てとミニスカートに茶色いロングブーツ。背には身の丈ほどの大剣を背負っている。


「それは重々に承知しております。ですが、我々も生活がかかっておるのです。何卒、勇者様のお力を貸していただきたいのです」


村の中央広場で、白髪の老人が赤髪の少女に懇願していた。周りには十数人の村人もいる。


一人の少女に対して、大の男達十数人が縋り付くようにして頭を下げる光景があった。


「事情は理解しています。ですが、今は私にも時間がないんです! それは何度も言いましたよね?」


「それは、聞いております。それを承知で、お力を貸していただきたいのです」


以下、これの繰り返し。他にやることがあると繰り返す少女と、何とか力を貸してほしいと繰り返す村人たち。俺が見ているだけでも、同じやり取りを何回もしている。


「勇者……? 赤い髪……。身の丈ほどの大剣……。炎の勇者リオナかッ!?」


俺は思わず鍛冶職人に振り返って叫んでいた。炎の勇者リオナ。伝説の勇者アクレイアがいなくなった後、残った魔物から世界を守るために活躍する現在の勇者。その一人が、炎の勇者リオナだ。


「ご名答」


「炎の勇者が何の用で来たんだ?」


「それがな……。ただの通りすがりだそうだ……。飛竜を休ませるためにこの村に寄ったんだとよ……」


「ああ、あの時見た飛竜は、炎の勇者が乗ってたのか……」


「それでだ……。俺達は、てっきり村の依頼を見て来てくれたんだと思ったんだがな……。そうじゃなかったってわけだ……」


鍛冶職人は苦い顔をしながら言っている。


「村の依頼?」


何のことを言っているのか分からず、俺は鍛冶職人に聞き返した。


「そうだ、依頼だ。さっき、俺が言っただろ。南の山には行くなって。なんでか分かるか?」


「知らねえよ。魔物でもいるのか?」


「勘が良いな。その通りだ。南の山にはでっかいマンティコアが住み着いてる。しかも、ただのマンティコアじゃねえ。クリムゾンメインっていう名のノートリアスモンスターだ」





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