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奥の手

「一体、何の用ですか?」


炎の勇者リオナと呼ばれた少女は訝し気な顔で言った。相手はユリエス教会のトップである教皇にも関わらず、存外な言い方をしている。


「そう急かすな。良い茶葉が手に入ったのだが、飲むかね?」


リオナの口調に対して、ザリウスは咎める様子もなく、茶を勧めた。


「いいえ、結構です。それよりも要件を話してください」


リオナはきっぱりと断ると、話をするよう促す。教皇に対してこんな態度を取ることができるのには理由があった。


それは、勇者という立場だ。


300年前に魔王を倒した伝説の勇者。当然、その当時の勇者はもういない。だが、魔物が完全に消滅したわけではない。魔王とはあくまで魔物の頂点という存在であり、魔王自身が魔物を産み出していたわけではない。


だから、冒険者という稼業が今でも成り立っている。


そして、教会は、伝説の勇者がいなくなった後にも、勇者という存在を求めた。


だが、誰でも勇者になれるわけではない。極稀に生まれてくる、女神ユリエスの啓示が現れた赤ん坊が、後に勇者となるべく育てられる。その女神ユリエスの啓示を見定めることも巫女の役目だった。


こうして、産まれた時に女神ユリエスの啓示を授かったリオナは、教会に引き取られ、勇者としての訓練を受けてきたというわけだ。


その立場は、ユリエスの巫女ほどではないにしろ、国王からは不可侵とされている身分だ。


「相変わらずの堅物だな、お前は」


「勇者としての職務に、真摯に向き合っているだけです」


ザリウスの軽口に対しても、リオナは取り付く島もないといった様子。


「まあ、いいだろう。話が早くて助かる」


お茶を入れることを諦めたザリウスは、再び机に腰かけてリオナの方へと向いた。


「それで、私をここに呼んだ理由はなんですか?」


「一つ仕事を頼まれたい」


「仕事……?」


「ああ、そうだ」


「どういう仕事ですか? 引き受けるかどうかは内容次第です」


リオナの顔が曇った。教皇に呼ばれた時から、良い予感はしていなかった。こういう勘は何かと当たる。それは勇者としての啓示を受けた者の特性なのかもしれない。


「頼みたいことは二つだ。一つは、魔王の僕を討伐すること」


「魔王の僕ですって!? そんな奴がまだこの世にいるんですか!?」


リオナは驚き声を上げた。魔王が討たれてから、すでに300年の月日が流れている。魔王の腹心である竜王も、300年前には討ち滅ぼされているのだ。


「魔王信奉者のことだ。そいつを討伐してほしい」


「魔王信奉者……。魔王を崇拝し、再びこの世界に魔王を復活させようとしている集団……。それなら、私が行く必要もないはずですが? テンプルナイツを動かさないのですか?」


魔王信奉者と言っても相手はただの人間だ。ただの人間に対して、勇者を向かわせるなど理屈が合わない。


「既にテンプルナイツを動かして、魔王信奉者討伐に当たらせた……。だが、返り討ちにあった……。セイントナイトを5体も導入したが、全て破壊された……」


ザリウスがグッと手を握り締める。今思い出しても忌々しい事実だ。自慢のテンプルナイツと秘蔵のセイントナイトがことごとく負けたのだ。


「ま、待ってください!? テンプルナイツが返り討ちにあって、セイントナイト5体が破壊された!? 一体どれだけの数の魔王信奉者がいるんですか!?」


リオナは更に驚きの声を上げた。厳しい訓練を受けているテンプルナイツだけでなく、教会が誇る強力なゴーレム、セイントナイト。強固にして強靭。一体いるだけで、戦況を変えることができるようなゴーレムが5体もいて、全て破壊されている。


「二人だ……」


「ふ、二人……?」


リオナは思わず素っ頓狂な声を上げていた。教皇が何を言っているのか分からないと言った表情をしている。


「そうだ、二人だ。一人は魔王信奉者にして、外道の術式を使っている。もう一人は、魔王竜だ」


「魔王……竜……? 魔王竜というのは……?」


聞きなれない単語にリオナが訝し気な顔をする。魔王竜と言っているのに、一人と数えているところも分からない。“一匹”ではないのか。


「魔王竜というのは、魔王レイヴィアと竜王ザイアード間に生まれた娘のことだ。人間とドラゴンの両方の特徴を持ってる。いわばドラゴニュートというものだ。そして、もう一つの頼みごとが、この魔王竜を生け捕りにしてほしいということだ」


「えっ!? いや、待ってください! 分からないことが多すぎます!」


リオナは若干混乱気味に声を上げていた。


「答えられる範囲でなら質問を受けよう」


「その、魔王竜? っていうのが、どうしてまだ生きているんですか? 魔王も竜王も300年前に討伐されています。それに、勇者である私にも知らされていないのはどういうことですか?」


まだ頭の整理が追い付いていないながらも、リオナは質問を並べていった。


「なにせ300年前のことだからな、当事者はもうこの世にはいない。だから、推測の部分も多いが話してやろう」


「はい。それで、構いません……」


「まず、魔王竜が今も生きているということだが。さっきも言った通り、魔王レイヴィアと竜王ザイアードの間に生まれた娘が魔王竜という存在だ。伝説の勇者であるアクレイアが、この魔王竜を討たなかった理由……。それは、魔王竜が少女の姿をしていたからだろうな。少女に対して剣を突き立てることができなかった。だから、教会に封印した。そう考えている」


当然、これは真っ赤な嘘だ。伝説の勇者アクレイアですら魔王竜の存在を知らなかった。それを教会が見つけて封印した。儀式の生贄にするために、300年もの間、水も食料も与えず、衰弱するのを待っていた。というのが事実。


「少女の姿……。魔王竜は少女の姿をしていたから、勇者アクレイアは命を奪うことができなかったと……」


「それに関する文献は残っていない。ただ、事実として、教会が魔王竜を封印し続けてきた。命を奪わなかった勇者アクレイアの意思に従って、その存在を隠し続けてきた。ということだろうな……」


息を吐くようにして嘘を吐く。あまりにも自然な振る舞いに、リオナは完全にザリウスの言葉を信じ切っていた。


あえて、推測やら、文献が残っていないという曖昧な情報を出して、ボロが出たとしても言い逃れができるようにしてある。そういうところは、ザリウスという人間の人生経験の長さが、リオナを圧倒しているところだ。


「勇者である私にも隠してきた理由は何ですか?」


「魔王竜という存在が世に知られては、無用な混乱を招くだけだ。封印することによって、危険性が外に出ないのであれば、気密性を保持するために勇者達にも隠してきた。勇者といっても、お前にように口が堅いのばかりではないのでな」


「それは……、分かりました……。ですが、封印してた魔王竜を生け捕りにしろというのは、つまり、封印が解けて逃げだしたということですよね? それはどうしてですか?」


当然、この疑問に行きつく。300年もの長きに渡って、封印し続けていた魔王竜を捕まえに行くのだ。どうして逃げ出したのかは知っておく必要がある。


「魔王竜はロンドワースの森の奥のとある場所に封印されていた。教会でも私を含めてごく一部の物しか知らない場所だ。魔王竜の封印を警備する者も、そこに何があるのかを知ってはいなかった。だが、どこから情報が漏れたのか、魔王信奉者が封印を解いてしまったのだ……」


「それが、先ほど言っていた、外道の術を使う魔王信奉者だと……」


「そういうことだ……。封印の警備をしていた教会の従士は、無残な姿に変わり果てていた……。魔王信奉者は、魔王竜を第二の魔王に仕立て上げるつもりなのだろう。そんなこと、断じて許すわけにはいかん!」


ザリウスは怒りに手を振るわせながら言う。


「それは、私だって同じ考えです! 人の暮らしだけじゃない。この世界を混沌に陥れようなど、完全に人の道を踏み外してる。勇者として見過ごすわけにはいきません!」


リオナも手に力が入っていた。勇者として生まれたからではなく、リオナという人間が持つ正義感。人々を苦しめようとしている魔王信奉者を、勇者としても、一人の人間としても許すわけにはいかなかった。


「お前ならそう言ってくれると信じていた」


ザリウスは優しくも力の籠った目でリオナを見る。


「はい。炎の勇者として当然のことです。ただ……」


「どうした?」


「その……。魔王竜を倒してしまうのではなく、生け捕りというのは……?」


「勇者アイクレイアの意志を継ぐということだ。この300年の間、魔王竜は世界に対して何もすることがなかった。それは、封印をしていたからに他ならない。だから、再び魔王竜を封印する。命を奪うことだけが解決ではない」


ザリウスが静かに語る。諭すように、穏やかな口調で。


「あっ……、はい。そうですね……。教皇の言う通りだと思います……。あなたは、もっと冷たい人だと思っていましたが、誤解をしていたようです。それは申し訳ありません」


リオナは自分が勝手に持っていたイメージで話をしていたことに気が付いた。ザリウスという人間は、もっと権力に執着した、冷酷な人間だと思っていたが、その奥にある慈悲深さを見ることができた。


「冷たい人間か……。あながち間違いではない。教皇という立場から、時には厳しい決断をしないといけないこともある。それが、冷たい人間だと思われることも致し方ないことだ。気にはしていない」


ザリウスは悲し気な微笑みをリオナに向けた。こういう演技を平然とやってのけるのが、教皇にまで上り詰めた男の実力だった。


「はい……。それは、私にも分かっていたことなんですが……」


その演技力にリオナは完全に騙されていた。バツの悪そうな顔をザリウスに向けている。


「もうよい。それより、他に聞きたいことはあるか?」


「あっと……。その、私だけなんですか? 他の3人の勇者には声をかけていないのですか?」


リオナが言う他の3人の勇者。炎の勇者リオナの他に、4大属性を司る勇者が存在している。水の勇者、風の勇者、土の勇者だ。


「魔王竜という存在自体が教会の極秘事項だ。できるだけ動く人数を少なくしたい。他の3人の勇者と同行して、それが叶うと思うかね?」


「いえ……。それは、無理だと思います」


リオナが即答した。それは、勇者として他の3人のことをよく知っているからだ。年齢はリオナとほとんど同世代の者ばかり。ただ、その性格に難があった。


「そうだろう……。実力は他の3勇者もお前と同等の力を持っている。だが、こういう極秘任務をやらせるには不向きだ。統率を取るお前に苦労をかけるだけになるからな」


「ええ……。それは、想像に難くありません……」


リオナは苦い顔で答えた。実際にやらなくても分かる。あの3人を引き連れて、一人は倒し、残りの一人は生け捕りにする。そんな器用なことができるはずがない。二人とも殺してしまって終わりだ。


「それに、お前一人でも、戦力としては十分だろう? それとも、やり遂げる自信がないか?」


「いえ、大丈夫です。テンプルナイツには悪いですけど、セイントナイト5体を倒したくらいなら、私の力には及びませんので」


「だろうな。それを聞いて安心した。では、魔王信奉者の名前と特徴を教えておく。名前は、アルベルト・エンバーラスト。元下級貴族の出身だ。今は冒険者として銀髪の少女と行動を共にしている。その少女が魔王竜だ。その他の情報はこちらにまとめてある。目を通しておいてくれ」


ザリウスは大まかな説明だけをすると、アイクとティアリーズに関する情報が書かれた羊皮紙を渡した。




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