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森の住人 Ⅷ

      ― 1 ―




「静まれ」


ティアが引き戻すようにして手を閉じると、夜の闇を染め上げていた紅蓮の炎が瞬時に消え去る。


空を喰らいつくすようにして伸びていた暴食の大樹は、見る影もなく。残されたのは、炭化した木片だけ。


「さすがに、もう再生はできないだろ」


俺は、辺り一面を覆いつくす暴食の大樹の燃えカスを見渡した。赤熱を帯びた木片は、光りを放ち大地を真っ赤に染め上げている。


暴食の大樹が無くなったことで、空からは月明かりが照らしていた。この場所に月の光が届いたのはいったい何年振りなのだろう。月夜と燃やされた大地が織りなす風景は、まさに煉獄と言ったところか。


「うん、完全に燃え尽きている。再生する気配はない」


ティアも暴食の大樹だった残骸を見渡していた。暴食の大樹が再生を始めているのであれば、熱すらも食らいつくしているだろう。それがないのは、もう再生することができなくなっているということだ。


「や、やったの……? ねえ、やったの……!?」


そこにスプライトが興奮気味に飛んできた。暴食の大樹を焼失させたことが、信じられないといった様子だ。


「見ての通りだ。根っこから葉っぱの一枚まで燃やし尽くしたからな」


俺が魔力の暴発を地面に叩きつけたことで、地中の根っこまで掘り起こしている。それをティアが燃焼させたのだから、暴食の大樹だった物は何も残っていない。


「凄い……。本当に倒してしまうなんて……」


スプライトは、俺の言葉を聞いてもまだ信じられないという顔をしている。


「こちらは約束を果たした。今度はそっちの番。ちゃんと道案内してほしい」


ティアがスプライトに言った。ティアとしては、暴食の大樹を倒しきったかどうかよりも、この森を出るための案内をしてくれるかどうかの方が気になっているようだ。


「分かってるわよー! でも、その前に、一度ドリアード様とエント様に報告に戻らないと。森を抜ける道はその後で案内するわ」


信用してもらっていないことに不満がある様子のスプライトは、頬を膨らませていた。まあ、ティアを揶揄っていたんだから、信用されていないのは仕方がないことだな。


「それじゃあ、帰るとするか――と言いたいところだが、俺も疲れた。今夜はこの場所で野宿する」


俺は十三夜の月を見上げながら言った。


「ここで? こんなところで野宿するの?」


すぐに聞き返してきたのはティアだ。訝し気な顔で俺をみている。暴食の大樹なんていう化け物樹木を消炭にした場所で、野宿をしようというのだ。疑問に思うのも無理はない。


「ここら一帯は完全に焼失させてるから、『暴食の民』が襲ってくる心配もないだろ? それに、暴食の大樹が死滅したっていうことを、もう暫くの間、確認しておきたい。だから、今日は一晩ここに泊まる」


暴食の大樹を倒したからといって、すぐさま『暴食の民』が大人しくなるとは思えない。これから森の民が勢力を盛り返すまでの時間、『暴食の民』の勢力は残っているはずだ。


「アイクがそう言うなら……。私はそれで構わない」


若干不満そうな顔でティアが言う。まあ、見渡す限り一面焦土だからな。普通に考えて、こんなところで野宿しようなんて思わないわな。


「ああ、今晩だけ我慢してくれ。俺だって、こんな所早く立ち去りたい。けど、さっきも言った通りだ。朝になっても、暴食の大樹が再生している様子がないかだけ確認したい」


「うん……。分かってる」


ティアも納得してくれているようだ。仕方がないというのは分かってくれている。


「へぇ~、人間って生真面目なのね。私ならとっとと帰ってるわよー」


そんな中、スプライトは能天気に俺の前を飛んでいる。


誰のためにこんな所で野宿すると思ってるんだ! こいつ、今ここで吹き飛ばしてやろうか!


「あなた達のために、ここで野宿するの! それを理解しているの? それとも、一緒に消炭になりたいの?」


半ギレ状態のティアがスプライトを睨んでいる。丁度、俺も同じことを考えてたんだ。ただ……。


「やだぁ~。そんなこと言って~。道案内を燃やしてどうするのよー!」


相手は妖精だ。しかも下級の妖精スプライト。疲れている時に、まともに取り合うような相手じゃない。


「本当に燃やされないと分からないみたいね……。来た道を戻ればドリアードに会うことはできる。森の抜け道は他の――」


「そこまでにしとけ。余計に疲れるぞ……」


俺はティアの頭に手を置いて撫でてやる。これで多少は落ち着いてくれるだろう。


「むぅー……」


だが、ティアはまだむくれた様子。まあ、スプライトの態度が腹立つっていうのはよく分かるんだけどさ。


「相手は妖精なんだから仕方ないだろ……。適当に流しておけ……」


「足りない……」


宥めてもまだ機嫌が治らないティアが、俺の方を見て言って来た。


「ん? 何が、足りないんだ……?」


「アイクの匂いを嗅ぐ……」


ティアはそう言うや否や、ガバッと俺に抱き着いてきた。俺の胸に顔を埋めて思いっきり匂いを嗅いでいる。


「そうか……。それなら、好きなだけ匂いを嗅げばいい」


俺は引き続きティアの頭を撫でてやった。ティアは、俺の胸に顔を埋めているから表情は見えないが、尻尾を振っている様子からすると、持ち直したようだ。


「うん。好きなだけ嗅ぐ……。今晩はずっとこうしている」


一晩中こうしてるつもりか。それはそれで疲れるだろ。でも、ティアがそれで満足するなら付き合ってやるか。


「あっ! 私も人間の匂いを嗅いでみたいー!」


そこにスプライトが飛んできて、俺の頭の上に乗っかってくる。おい、そんなことをしたら――


「あなたは一体何をしている!? アイクから離れて!」


ティアが平手打ちを飛ばしてきた。俺の頭に向けて。俺は頭を後ろにして避けると、スプライトも離れて行く。


「ちょっとー! 何するのよー! 叩かないで頂戴よー!」


スプライトは不満を露に文句を言う。このくだり、前にもやっただろうがよ……。


「あなたは、ただの道案内。余計なことはしなくていい」


俺に抱き着いたままのティアが、冷たく言い放った。戦いが終わっても、こいつら仲が良くなる気配はないのな。


「何よー! 小さい癖に、小さいこと言うのねー!」


スプライトの方も相変わらず、訳の分からない理屈で文句を言っている。


「何、その理屈? 意味が分からない。そもそも、私は小さいわけじゃない。小さいのはあなたの方」


そして、放っておけばいいものを、ティアが言い返す。そうなると、結果は火を見るよりも明らか。不毛な喧嘩が始める。


ティアに抱き着かれたままだから、逃げることもできず。俺は不毛な戦いの間に挟まれながら、長い夜を過ごすことになった。




      ― 2 ―




朝日が昇ると、ダイレクトに照らしつける太陽光に、俺は眩しさを覚えて目を覚ました。


昨日までなら、日光すら届くことのない深い森だったのだが、今は太陽の光が直接大地を照らしつけている。


ふと見ると、ティアも眩しそうにしながら、俺の胸に顔を埋めて、日光から逃げている。スプライトの方は、俺の髪の毛を布団代わりにして潜り込んでいた。


俺は目線だけを動かして周囲を見た。


(見事なまでに黒焦げだな……)


昨夜、ティアが凍らせた暴食の大樹を、俺が徹底的に粉砕した。その後、ティアの魔法によって完膚なきまでに燃焼させた結果、湿気を帯びた深い緑の森は、今や大きなクレーターと芯まで燃やし尽くされた黒い木片だけの世界に変った。


「んんぅ……」


ティアも目が覚めてきたようで、もぞもぞと動き出している。


俺はそっと体を起こして、ティアも起こしてやる。


「…………」


まだ寝ぼけている様子のティアが、眩しそうにしながらも、周囲を見ていた。


「起きたか?」


俺は、眠そうな顔のティアに声をかけてやる。


「……起きた」


「どうやら、暴食の大樹の再生はないようだな」


昨夜はティアとスプライトが寝た後も、俺は暫く暴食の大樹を見張っていた。だが、一切動きがないため、夜が明ける数時間前に仮眠を取って、今起きたというところだ。


「そうみたいねー。ちゃんと倒しきれてるじゃない」


俺の髪の毛の間から、スプライトが顔を出して言って来た。いつの間にかこいつも起きていてようだ。


「アイクと私が戦ったんだから、当然」


ティアは淡々と言うと、俺の頭の上に手を伸ばして、スプライトを掴むと、ポイっと投げ捨てた。


「いきなり何するのさー!」


当たり前のことだが、そんなことをされればスプライトも苦情を言ってくる。


「今から朝食の準備をする。そこにいたら邪魔だから」


最早、ティアの方も理屈にならない理屈を述べ始めた。今までの喧嘩で、理屈じゃ通らないということを理解したか。


それなら、そもそも喧嘩をすること自体を止めてほしいのだが。


「邪魔なんかしてないもんねー! そうだよねー?」


顔の前を飛ぶスプライトが、俺に同意を求めてきた。頼むから、俺を巻き込むな。


「起きたんなら、朝食の準備をするぞ。もうここに用はない。俺達は早くこの森を抜けたいんだ」


対策は一つ。取り合わないこと。人を揶揄うことが好きな妖精だが、話を変えてやると、すぐにそっちに意識が向くのが、こいつらの性質だ。


「そうそう、私が道案内してあげるんだからねー」


案の定、さっきまでの諍いは何処へやら。スプライトはもう道案内をする意気込みを出している。


その後、簡単な朝食を食べ、早々のこの場所から去るべく、俺達は来た道を引き返して行った。







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