森の住人 Ⅶ
「スプライト、毒の魔法を使うけど、構わない?」
目線は暴食の大樹から外さずに、ティアが森の住人に許可を求めた。魔王竜が使う毒の魔法だ、一度発動してしまえば、暴食の大樹の亡骸が完全に汚染されてしまうだろう。
「ちゃ、ちゃんと、浄化できるんでしょうね!?」
スプライトの方は完全に否定してくるわけではなかった。暴食の大樹の凄まじい再生能力を目の当たりにして、なりふり構ってはいられないようになってきている。
「努力はする」
何とも曖昧な答えだ。毒を浄化するにしても、暴食の大樹を倒せるだけの毒だ。術者が同じだとしても簡単にはいかないのは当然だろう。
「ちゃんと努力してよ! 努力してよ!」
「善処しよう」
「ティア、話が付いたらなさっさとやってくれ! 奴の再生はもう終わってる! 攻撃が来るぞ!」
ティアが根元から吹き飛ばしたにも関わらず、暴食の大樹はもうその大半を回復させている。いくら何でも異常なまでの生命力だ。
「分かった――ムシバメ!」
ティアが毒の魔法を発動させると、再生したての暴食の大樹の全体から緑や紫の液体が溢れ出してきた。
ドロドロと滲み出て来る不気味な色の液体。一見してそれは触れてはいけない物だと理解できる。これがティアの使った毒の魔法なのだろう。
おそらく暴食の大樹の体内から毒が滲んでいるんだ。しかもこれだけの巨大な大樹全体から滲み出てきている。一体どれだけの量の毒が魔法で送り込まれたんだ。想像しただけでもえげつない。
「流石に毒は再生できない――」
「いや、駄目……。効いてない……」
「えっ!?」
俺はティアの言葉に耳を疑った。確かに毒の魔法だと、派手な破壊は巻き起こっていないが、魔王が使う毒の魔法を大量に注ぎ込まれているんだ。いくら何でも生きているわけが……。
「うわッ!?」
暴食の大樹は何事もなかったかのように、枝の槍を突きさしてきた。さらには根っこが地面を突き破って襲い掛かってきている。
苦し紛れに暴れているのではない。的確にこちらを狙って来ている。
「こいつは強い毒の耐性を持っている。おそくら、こいつ自身の体内にも毒を持っている可能性がある」
防御障壁で暴食の大樹の攻撃を防ぎながらティアが言って来た。スプライトもティアの防御障壁に守られている。
「燃やしても破壊してもダメ。さらには毒も効果ないってか……。つくづく化け物だな……」
高々道案内の報酬のために、とんでもない奴を相手にさせられたものだ。バルマスクで討伐依頼が出されたら、いったいどれくらいの報酬になることやら。
「どうするのよ!? どうするのよ!? このままじゃ倒せないじゃないのよー!」
スプライトが飛び回りながら苛立ちの声を上げている。声を上げたいのは戦ってるこっちの方なんだけどな。
「まだ、負けたわけじゃねえよ! 攻撃しても再生してくるだけだ」
「それが、問題なんじゃないのよー! 攻撃しても再生されたら、勝ち目はないでしょー!」
スプライトは更に大きな声で苛立ちを露にしている。
「そうでもない。アイクの言う通り。攻撃しても再生するだけ。でも、それは単純に生命力が強いっていうだけの話。無限に再生できるわけじゃない。再生できなくなるまで攻撃し続ければ倒せる」
ティアが俺の言いたいことの意図を汲み取ってくれたようだ。だが――
「半分正解だな」
それだけじゃ足りない。単純な生命力と攻撃力の競争だったら、闇雲に戦闘が長引くだけだ。それじゃあ効率が悪い。
「半分? 他に何かあるの?」
ティアが俺に聞き返してきた。
「無限に再生できるわけじゃないっていうのは正解だ。こいつはただの木だ。化け物だとしても、限りある生命の木でしかないからな」
「うん、それは分かってる」
「燃やしても爆破してもどんどん再生してくるのが、どこかで止まるのは間違いないだろう。でも、こちらから止めることもできるんじゃないのか?」
「こちらから再生を止める……?」
「燃やしたとしても、木の芯にあたる部分は無事なんだ。爆破してもそうだろ? だったらさ、その芯の部分まで完全に動きを止めてしまう方法はないかって考えたら、何を思いつく?」
「木の芯まで動きを止める方法……。凍らせてしまう……!?」
ティアが、ハッと気が付いて俺の方を見た。
「よし、いけティア! 全力で凍らせろ!」
「任せて!」
俺の声に、ティアが力強く返事をしてきた。そこに暴食の大樹が幾本もの枝の槍を伸ばしてくる。
「ダイチヨ コオリツケ!」
ティアが両手を一杯に広げて氷の魔法を発動させた。ティアの足元から真っ白に凍り付いていく。ピキピキと氷が音を立てると、迫って来ていた暴食の大樹の枝も凍り付いて、ティアの目前で動きを止める。
暴食の大樹の本体もみるみる内に白く変色していく。幹も枝も葉も全て凍てついて白くなった。
辺り一面が一気に凍り付いて冷たくなる。痛いほどの寒さにまで気温が下がっている。まるで極寒の地にいるかのようだ。
「す、凄い……」
スプライトが唖然とした顔で見ている。ティアを揶揄うことなどできずに、ただただ目の前で起きている現象を見ることしかできていない。
「でかしたぞ、ティア!」
「ふふ、ちゃんとできた……。でも、アイク。これからどうするの? このままだといずれは解けて再生が始まる」
ティアが嬉しそうな声を出したのも束の間、すぐに問題点に気が付いた。今は、凍らせたことで再生能力を一時的に封じたに過ぎない状況だ。解凍されれば、再び動き出す。
「凍ったままぶち壊す!」
俺は拳を握ってティアに答えた。
「凍ったまま……?」
そんなことしてどうするんだ? とでも言いたげな顔だな。だが、俺にも考えがある。
「こいつの厄介なところは、再生能力だけじゃない。この大きさだ。こいつが大きすぎるせいで、俺とティアの攻撃でも、破壊しきれずに再生されてしまうんだ。そこでだ、再生能力を凍らせて止めたまま、できる限りバラバラに粉砕してやった後、一気に燃やしたら、再生は追いつくと思うか?」
「なるほど! そういうことか。できると思う!」
ティアは合点がいったようで、顔を明るくして返してきた。これなら倒せるという確信はティアも持てたようだ。
「ね、ねえ、今度は何をするつもりなのよー?」
これだけ話してもまだ理解できていない様子のスプライトが、不満気な声を上げている。
「俺達の話を聞いてなかったのか? この暴食の大樹は体が大きすぎるせいで、俺達の攻撃でも再生部分が残ったままになってしまう。だから、凍らせて再生を止めた状態で細かく粉砕して、それをティアの火炎魔法で瞬時に焼却したら、再生部分も残さずに燃やしきれるだろうって話だ」
「それなら、そうとちゃんと言いなさいよー!」
「こっちは、同じことを二回言ってるんだよ! ちゃんと聞いとけ!」
俺はここで自分の失態に気が付く。妖精相手に、まともに取り合っていたら、疲れるだけだ。
「アイク、本気で相手にしたらダメ」
「おう、分かってるよ……」
ティアにまで言われる始末だ。
「それじゃあ、この独活の大木を粉々に粉砕したらいいのね」
ティアが、凍り付いて動かなくなった暴食の大樹に近づいて行こうとしていた。
「ティア、待て。それは俺がやる」
「アイクだけ? 私も手伝う」
「ティアはこの後、バラバラになった暴食の大樹を盛大に燃やしてもらわないといけないからな。その分の力は残しておいてくれ」
「そういうことなら、分かった」
ティアは素直に引き下がると、じっと暴食の大樹を見つめて待機しだした。
「それじゃあ、さっさと済ませるとしますか!」
俺は凍り付いた地面を駆けだした。ティアの氷の魔法は、大地も完全に凍らせている。どれほどの深さまで凍っているのか分からないが、少なくとも暴食の大樹の根が動けないくらいにまでは凍っているということだ。
本当に凄い力だ。こんな威力の魔法は見たことがないし、聞いたことすらない。
まあ、おかげで『暴食の民』の大元なんていう化け物も、倒す目途ができたわけだけどな。
俺はそんなことを思いながら、全力で魔力を暴発させた。
手に伝わって来る冷たく硬い感触。元から暴食の大樹は岩のように硬かったが、ティアが凍らせたことで鉄のように硬くなっている。
おかげでバラバラに粉砕するのが、少し難しくはなったが、それでも俺は次々と暴食の大樹を粉砕していった。
俺は止まらずに暴食の大樹を壊していく。吹き飛んだ暴食の大樹は奥の奥、芯まで白く凍り付いて、再生能力が完全に停止してしまっている。
幹を粉砕し、暴食の大樹が倒れると、凍った本体は、その巨大すぎる重さによって自壊してしまう。鉄のように硬くなったとはいえ、鉄のような柔軟性は微塵もない。凍ったせいで衝撃にはめっぽう脆くなっている。
後は地面の下に伸びている根っこだ。俺は思いっきり地面に拳を叩きつけると、爆発したように大地が捲り上がって、凍り付いた根っこがバラバラと飛び出してきた。
「よし、ティア。やってくれ!」
凍り付いた暴食の大樹の解体を終えて、俺がティアに声をかける。
「了解した――モエツキロ!」
俺の合図を聞いたティアが、再び魔法を発動させ、紅蓮の炎が吹き荒れた。これはエンダル湖で見た炎の魔法だ。バラバラになったことで、さっきよりも広い範囲に散らばった暴食の大樹を、欠片も逃さないように、ティアも広範囲に広がる魔法を使っている。
そして、白く染まっていた世界は、瞬く間に赤一色に塗りつぶされる。俺の視界を覆いつくす大火。見える範囲全てが炎だ。
凄まじいまでの焦熱の炎に、解凍された暴食の大樹の木片も、再生する間もなく消炭になっていった。




