森の住人 Ⅵ
俺は慎重に一歩一歩踏み出していった。後ろからはティアとスプライトが付いてきている。
絡みつくような草を掻き分け、覆いかぶさるような枝を払い、前へと足を進めて行くと、開けた場所に出てきた。
「なッ……!? これが……!?」
目の前に現れた巨大な大樹に、俺は息を詰まらせた。歪にうねりを上げる樹皮には、まるで目のような木の節が幾多もある。そのせいで、無数の顔があるみたいに見えてくる。
木の上位精霊であるエントと比べても、こちらの方が大きいのではないかというくらいの大きさだ。空は、この一本の大樹のせいで、完全に塞がれてしまっている。
「こいつよ……。こいつが『暴食の民』の大元になってる木……」
スプライトの声が震えているのが分かった。
これがワルター大森林を魔の森へと変えた元凶。無秩序に周囲を喰らい、勢力を伸ばしていくその様は、まさに『暴食』と言ったところ。
この大樹の周りには草一本すら生えていない。全てこいつに吸いつくされているのだろう。そんな奴が、ワルター大森林全体を支配しようとしている。
「なあ、こいつに手加減する必要なんてないよな……?」
昨日、襲ってきた『暴食の民』の一部とは訳が違う。こいつはとんでもない化け物だ。森が破壊されるかどうとか言ってられる相手じゃない。
「え、ええ……。手加減なんかしたら、喰われるわよ……」
スプライトも神妙な面持ちで答えてきた。
「ティア、聞いたか。そういうことだ。遠慮はいらない!」
「元から遠慮するつもりなんてない」
ティアがしっかりとした声で返してきた。相手を見て怖気づいているかもと思ったが、杞憂だったようだな。これなら問題ない。
「なら、先手必勝だ! 奴が動き出す前に片を付けるぞ!」
「承知!」
俺は思いっきり地面を蹴って飛び出した。敵は話どころか、言葉すら持ち合わせていない相手。そんな奴に様子見をする必要もない。いきなり力でねじ伏せて終わりだ。
俺が動きを見せたことで、『暴食の民』の大元である大樹が感知したようで、すぐさま無数の枝を鞭のようにして飛ばしてきた。
この暴食の大樹からしてみれば、単に餌が入ってきただけなんだろうな。まんまと入ってきた餌を捕食するために、枝を伸ばしてきているだけ。敵か味方かなんていう判断は微塵もない。
俺は不規則に飛んでくる暴食の大樹の枝を避けながら突進していく。はっきり言って、人間並みのスピードと反射神経だったら、初撃で捕まってるレベルだ。
そこらの冒険者じゃ、本当にただの餌でしかない。上位の冒険者が複数で討伐するレベルのモンスター。いわば、ノートリアスレベルのモンスターだ。
「お前にはとびっきりの魔力を喰わせてやるよ!」
俺は拳に魔力を集中させると、思いっきり暴食の大樹の幹に突き立ててやった。同時巻き起こる魔力の暴発。それは、単純な破壊の力となって爆発を起こす。
暴食の大樹の幹が弾け飛び、木片が辺り一面に散らばって行く。だが……。
暴食の大樹は、構わず俺に向けて枝を伸ばしてきた。その一本一本全てが槍のような鋭さを持って突き刺しにきている。
「くそっ……。相手がデカすぎる……」
俺は飛んできた枝の槍を躱しながら後退した。俺が起こした魔力の暴発で、暴食の大樹の体を大きく抉りはしたももの、そもそもの幹の太さが、大人数十人が並んだくらいはある。俺が吹き飛ばした範囲だけでは、致命傷にはなっていない。
「アイク、そこから離れて!」
「ティア!?」
ティアの声に振り返ると、両手を前に突き出している姿が見えた。
「魔法で攻撃する」
「分かった……。やってくれ」
俺は更に後退して、暴食の大樹から距離を離す。
「ヤキツクセ!」
俺が離れたことを確認したティアは、すぐさま魔法を発動させた。その瞬間、俺は空気が変わったことを感じ取った。これは寒気だ。どこまで冷たい寒気を感じたと思ったその矢先――
ゴオオオオオオオーーーーッ!!!
地面から噴出したのは黒い炎だった。何もかも飲み込んでしまうような漆黒の炎が、森の深淵を覆う闇すらも飲み込んでいく。
激しく燃え上がる黒炎に飲み込まれた暴食の大樹は、苦しそうに枝を振って暴れだした。黒い炎を纏った枝葉が崩れながらばら撒かれていく。
「凄いな……。俺の攻撃でも、平然としてたのに……」
俺は唖然としながら、崩れていく暴食の大樹を見つめていた。
「アイクのは、ただ魔力を暴発させてるだけ。だから、力の変換効率が極端に低い。あれだけ大きな魔力を使っておきながら、得られる効果が小さすぎる」
「そ、それって、つまりは……」
「アイクの攻撃は無駄だらけってということ。ちゃんと魔法として効率的に力を変換できていれば、私が今やったことくらいはできて当然」
「マジかよ……。あの攻撃が、無駄だらけの結果だったとはな……」
相変わらず、ティアは魔法に関しては手厳しいことを言ってくる。こんなことなら、ちゃんと魔法の授業も受けておくべきだったか。
「ちょ、ちょっとー! 何のんびりしてるのよー!」
そんな時、スプライトが慌てたような声を上げてきた。
「のんびりも何も、見ての通りだ。暴食の大樹はもう――」
「まだよーッ!!!」
スプライトが大声を張り上げた。その声に、俺とティアの警戒度は一気に上がり、暴食の大樹を睨みつける。
勢いよく燃え上がる黒い炎と共に、暴食の大樹の体がボロボロと崩れて地面に落ちて行っている。それはいい。だが、崩れた大樹の中から、幹がどんどん再生していた。
「な、なにッ!?」
俺は思わず声を上げた。燃え尽きて崩れ落ちた傍から、暴食の大樹が再生しているのだ。しかも、尋常ではない速度で幹や枝を再生させている。
崩れて地面に落ちて自身の体の燃えカスも、貪り喰うようにして吸収し、元の姿へと戻って行く。
「完全に燃やしたはずなのに……。どうして……?」
ティアも驚いた声を上げていた。崩壊していく速度よりも回復する速度の方が早いのだ。驚くのも無理はない。
「これが、『暴食の民』の大元の生命力なの! ありとあらゆる者を喰らいつくしてきた結果に手に入れた力なのよー!」
絶叫するかのようにスプライトが声を上げる。言われてみれば納得できるところもある。ワルター大森林を支配しようかというほどの大樹だ。並の生命力なわけがない。
「クソッ! やるしかねえ!」
俺は再び地面を蹴って飛びだして行く。俺が今持っている武器は、自身の魔力の暴発だけだ。折れた剣もナイフも、こんな化け物相手では役に立たない。
どれだけ無駄が多い攻撃だったとしても、有効打にはなる。
暴食の大樹は、向かっていく俺に向けて枝の槍を無数に突き刺してきた。
四方八方から飛んでくる木の槍。しかもただの木の槍ではない。かなり硬質化して尖った木だ。さっき、俺が幹をぶん殴った時に分かったことだが、暴食の大樹はまるで岩でも殴っているような硬さを持っている。
俺は目視と勘で、木の槍を避けつつ、暴食の大樹の幹へと駆け寄って行くと――
ボコボコッ!
突然、地面から蠢くような音がしてきたと思った次の瞬間――
「うあッ!?」
俺の足元から太い根が飛び出してきた。地面を突き破ってきた暴食の大樹の根は、姿勢を崩した俺に直撃。デカい丸太のフルスイングを喰らったような衝撃に、俺はいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。
「アイクッ!?」
ティアの叫び声が聞こえてきた。同時に俺の所に駆け寄ってくる姿も見える。
「来るな! 俺は大丈夫だ! それより、自分の身の安全を優先しろー!」
腹部に痛みを感じながらも、俺はティアに向けて叫んだ。人間だったら絶対に動けなくなる攻撃だったな。
「う、うん……」
ティアはすぐに返事をすると、暴食の大樹に注意を戻していた。ちゃんと状況を判断できている。本当に理解力が高くて助かる。
暴食の大樹の方は、完全に俺を標的としているようで、執拗に枝の槍を伸ばしてくる。こっちとしても、ティアが狙われるよりは都合が良い。
「来いよ! お前の餌はまだピンピンしてるぜ!」
攻撃を受けた痛みはあるが、戦うのに支障はない。俺の挑発を聞いてくれたのかどうかは知らないが、暴食の大樹は更に根をうねらせて地面からも攻撃を仕掛けてきた。
「うおおおおおーーー!!」
俺は雄叫びを上げながら突撃していく。ボコボコと地面を突き破って来る暴食の大樹の根を踏み台にして、思いっきり飛び込んで、幹に魔力を込めた拳を突き付けた。
さっきよりももっと大きな魔力を込めて暴発させる。力の変換効率が極端に悪いそうだが、それでも、岩のように硬い暴食の大樹の幹を大きく抉り取って行く。
だが、暴食の大樹の幹は、弾け飛んだ瞬間から再生を始めてしまう。
俺は飛んでくる枝の槍を避けるため、後退を余儀なくされる。
「フキトベ!」
そこに、ティアの魔法が発動した。地中から巻き起こる大爆発。暴食の大樹の根元から魔法の爆発を引き起こす。文字通り根こそぎ爆破するつもりだ。
爆炎が暴食の大樹を半壊させるが、それでも再生は止まらない。
「根本から吹き飛ばしても、まだ復活するのかよ……」
これだけの力をぶつけても、すぐさま再生を始めてしまう。一体どれほどの生命力を持っているのか。俺はただ歯噛みするしかなかった。




