森の住人 Ⅴ
― 1 ―
「ふぅ……。流石にやり過ぎたか……?」
木々の葉に覆い尽くされていた夜空は、俺とティアによって全て吹き飛ばされ、月明かりが地面を照らしていた。
辺りを見渡すと、捲れあがった地面と、粉々に粉砕された木片と葉っぱが散らばっている。
俺達を取り囲んでいた『暴食の民』と呼ばれている、木のモンスターは綺麗に一掃されていた。
「やり過ぎよー! ここだって、森の一部なんだからねー!」
スプライトが不満を噴出させながら、俺の頭をポカポカと殴ってきた。
「その……、なんだ……。悪かったとは思ってる……。でも、完全に囲まれてるっていうか、『暴食の民』の腹の中みたいなものだっただろ? 他に手は思いつかなかったんだ……」
敵の手に落ちたとはいえ、元は自分たちの住処だった森だ。ここまで破壊されたら、気分が悪くなるのは当然か。それは、本当に悪かったと思う。
「もう! 仕方ないわね! まあ、ここが森の民の支配下に戻ったら、すぐに草木が生えて来るから問題はないだろうけどねー」
怒っていたと思ったら一転、スプライトはケロッとした顔で言ってきた。
「なっ……、結局、怒ってるのか、怒ってないのか、どっちなんだよ?」
こういうコロコロと変わるのも妖精ならではと言ったところなんだが、どうもペースが乱される。
「んー? そうねぇ、怒ってたけど、よく考えたら特に問題ないかなって」
スプライトは俺の周りをクルクルと回りながら答えた。
「そうか……。、もう怒ってないならそれでいい……」
真面目に相手した俺が馬鹿だったのかもしれない。これが、ドリアードくらいに力のある精霊だったら、また話は変わってくるのかもしれないがな。でも、ドリアードだって、俺の力を知っていて依頼してきたんだ。これくらいのリスクは織り込み済みのはずだ。
「アイク、ここは『暴食の民』もいなくなったから、大丈夫そうだけど、今夜はここで寝るの?」
俺とスプライトとの会話がひと段落したところで、ティアが声をかけてきた。
「そうだな。元々ここでキャンプをする予定だったし、ついでに見晴らしも良くなったから、このままここで休むことにしよう」
「分かった。それじゃあ、焚火用の木を集めて来る」
「ああ、頼んだぞ」
『暴食の民』に襲われる前に起こした焚火は、俺とティアの攻撃による爆風で、とっくに消し飛んでいた。だから、もう一度焚火をやり直さないといけないのだが、幸いと言っていいのか、木片ならそこら中に散らばっている。
俺は地面を均して、焚火をするスペースを作っていると、ほどなくしてティアが木片を集めて戻ってきた。
粉砕したての生木なので、水分を含んでいるが、ティアが魔法で火を付けるから問題はない。
俺は燃えやすいように木片を組むと、ティアが魔法で火を付ける。
その後は静かな夜だった。派手に周囲を吹き飛ばしたから、木々に隠れて襲ってくるような魔物を警戒する必要はない。
とはいえ、俺が熟睡するわけにもいかず、この日の夜も俺は仮眠だけで夜を明かすことにした。
― 2 ―
次の日の朝。何も遮る物がない空からは、燦燦と朝の太陽光が降り注いでくる。俺は夜明け前から起きていたが、ずっと寝ていたティアは、眩しそうにしながら外套を頭から被っていた。
一方、スプライトの方はというと――
「ねえ、この森の中のキノコ食べたことある? すっごい美味しいのよー! でもねえ、気を付けないと、毒キノコも多いから、人間が食べたら大変なことになりそうよねー」
朝からこの調子だ。俺が相手にしようがしまいが関係なく、自分の話たいことを話し続けている。まあ、相手にしなくてもいいので、そのまま放置しておく。
ただ、それでも話をしないといけないこともある。
「なあ、スプライト。『暴食の民』の大元になってる大樹までは、まだ時間がかかりそうか?」
一体どこまで行けばいいのか。毎夜毎夜、寝床を作るために自然破壊をするわけにもいかないだろう。だが、相手がお構いなしに襲ってくるのだから、他に対処のしようもない。
できれば、こんなことはあと1日くらいで終わってほしいものなのだが……。
「今夜中には着くと思うわよ」
「本当か!?」
思わぬ朗報に声を上げてしまった。俺はもっと時間がかかるものだと思っていたが、案外近くてよかった。
「本当よ。その証拠に、昨夜だって『暴食の民』が襲って来たでしょ。しかも、囲まれてたし」
「ああ、そうだったな……。ここは完全に『暴食の民』のテリトリーだって言ってたもんな……」
「そういうこと。だから、今夜中には辿り着けると思うから、頑張ってねー」
スプライトはまるで他人事のように言っている。思わず、『お前も一緒に行くって分かってるのか?』と問い詰めそうになるが、妖精相手に無駄な問答は止めておいた方がいい。疲れるだけだ。
「あなたも一緒に行くって分かってるの?」
いつの間にか起きていたティアがスプライトを問い詰めだした。うん、そういうの疲れるだけだって、昨日学んだよな?
「分かってるから、こうして案内してあげてるんじゃないー。感謝しなさいよ。相変わらず小さいわねー!」
スプライトはティアの周りを飛びながら答える。ついでに挑発の言葉も添えてだ。
「『暴食の民』を倒してあげるのは私達。感謝するのはあなたの方。それと、小さいことも関係ない! そもそも、私は別に小さくはない!」
ほらみろ、朝から疲れるようなことをやり始めた。まあ、ティアの見た目は13~14歳くらいの少女だし、その見た目からなら、今の身長は相応といったところだから、小さいわけじゃないよな。俺と比べたら小さいだけだ。
「私の案内がなければ、どうやって『暴食の民』の大元の所まで行くのかしらね。どうやって行くのかしらねー」
「『暴食の民』を倒してほしいのはあなた達。道案内するのは当然のこと」
「へえ~。じゃあ、私がここで帰ったらどうするつもり~? 道分かるのかしらねぇ?」
スプライトは煽るようにティアの周りを飛んでいる。今、お前が帰ったら、お前がドリアードに怒られるだけなんだけどな。
「もう敵の領域に入っている。探せば見つけることも――」
「ティア、本気で相手をするな。妖精っていうのはこういうもんなんだ」
俺はヒートアップしているティアの頭にポンと手を乗せる。ティアは理屈で物事を考える方だから、単に思ったことをそのまま言うだけの妖精はやりにくいのだろう。
「私は、本気で相手にしてるわけはじゃない! こいつが、道案内を放棄しようとしてるから言っただけ!」
それを本気で相手にしてるっていうんだけどな……。まあ、これを言っても、ティアが余計にムキになるだろうから黙っておこう。
「ああ、分かってる……。スプライト、俺達は時間に余裕があるわけじゃないんだ。そろそろ出発するぞ」
こいつの対処方法は、言っていることをそのまま真に受けないこと。こちらの要求を言えば、ちゃんと応えてくれる。
「いいわよー」
案の定、普通に道案内する気のようで、俺達の前をフワフワと飛び出した。
「行くぞ」
「……うん」
どうも釈然としない表情ではあるが、ティアは歩き出した。その気持ちも分らんでもないけど、無駄に煽ってくる相手に対して、まるで対応ができていないのは、長い間一人で閉じ込められていたからか。
「アイク……」
「なんだ?」
「頭に手を乗せるの……、もう一回してほしい……」
ティアは少し頬を赤らめながら言って来た。そんな顔をされたら、こっちまで照れくさくなるのだが。
「あ、ああ……。それくらいなら……」
さっきは、自然な流れで頭に手を乗せたが、今回は、ティアも少し緊張している様子だ。俺は静かにティアの頭に手を乗せて、優しく撫でてやる。
「ふふ……」
ティアからなんだか嬉しそうな声が漏れてきていた。小さな声だが、満足はしてくれているみたいだ。
これで機嫌が直ったらしく、ティアの足取りもしっかりとしたものになった。
― 3 ―
俺達は再び不気味な森の中を歩いていた。
やはりと言うべきか、森の中に入った途端、寒気を感じるような空気に変った。全方位から視線を感じるような感覚もする。『暴食の民』のテリトリー。周りにある木々は全てモンスター化していると考えていいだろう。
昼間は動きを見せないようだが、夜になると昨夜みたいに襲ってくる可能性は高い。ただ、日が出ているからと言って油断できる相手ではない。陽の光が天敵であるアンデットとは違うのだから、あくまで活発に動くのが夜なだけという可能性もある。
そんな森の中でも、スプライトは思いのままに話をしながら飛んでいるが、ティアも俺も相手にはせず、好き勝手に話をさせておく。
そのまま休憩もせずにどんどん森の奥へと入って行った。纏わりつくような湿気と、腐葉土を踏みしめながら進んで行く。
「アイク……。この辺り、臭いが……」
ティアが顔を顰めながら言って来た。半分ドラゴンでもあるからだろうか、人間の嗅覚よりも優れている。そのこともあって、ティアは臭いには敏感だ。
「ああ、死臭みたいなのが漂ってるな……」
木々の密度が多すぎるせいで、風がほとんど吹かない。風が吹いたとしても、木々の上だけ。地面に近い場所はほぼ無風状態だから、淀んだ空気が溜まり、流れて行かない。
そのうえ、幾多の死が蔓延しているワルター大森林の更に奥。無秩序に生存競争を繰り広げる『暴食の民』の中枢に近づいていることもあってか、死の臭いというのがこの場を支配しているようだった。
「かなり近づいてるわよー。この調子なら、夕暮れくらいには着けそうね」
この臭いのことはあまり気にしていない様子のスプライトが、こちらに声をかけてきた。どうやら順調に進めているらしい。
そこから、更に森の奥へと入っていく。森の不気味さが比例的に増していく。もう、人間の住む世界とは違う世界に迷い込んでしまったのではないかと思えるくらいに、木々は歪な形に伸びて、死臭はますます濃くなっている。
もはや陽の光など一切入り込まないほどの暗い森の中。体内時計で測ると、日が沈む時間くらいか。魔王竜であるティアの魂と結合していなければ、夜目も利かず、視界など全くないほどの暗さだ。
「この先よ……」
いつになく緊張した声でスプライト言って来た。流石の妖精でも、ここまで来れば茶化すこともできないらしい。
「ああ、分かった……」
俺も緊張した声で返した。それもそうだ、俺の中で警笛が鳴り響いている。それは何も魔王竜の魂と一体化した影響ではない。ドラゴンの感覚などなくても分かる。ただの人間としての――いや、ただの一生物としての危険察知能力で足りる。
この先にいる奴が危険であると理解することに、研ぎ澄まされた神経は必要ない。どんな生物だって理解ができる。それは、喰う側がいるという臭いだった。




