森の住人 Ⅲ
俺とティアは、森の妖精スプライトの案内により、ワルター大森林の中を歩いて行く。スプライトは自分が飛べることをいいことに、道なき道でもどんどん進んで行くため、俺達は足場の悪い中を強行するしかなかった。
そのことにティアが抗議しても、スプライトは小さいから付いて来れないんだと揶揄うため、ティアは意地になって付いていく。
そんなやり取りをしながら、ワルター大森林の奥へ奥へと進んで行った。
「なあ、かなり暗いんだが……。まだ、夕方前だよな?」
俺は森の木々に覆われた空を見ながら言った。
「そうね、この辺りは完全に『暴食の民』のテリトリーだから、考えなしに枝葉を伸ばしてるのよ」
スプライトはうんざりとした声で返してきた。どこもかしこも木と枝と葉っぱ。大きな木に蔦が巻き付き、葉を着け、地面の隙間を縫うようにして別の木が生えてきている。
地面は落ち葉と苔とキノコだらけ。迷い込んできた昆虫などは、植物たちの餌でしかない。
もうこの辺りは、陽の光など地上には届いてはいないほど、無秩序に木々が枝葉を伸ばしている。調和や共存など一切考えていない。ただ生存本能のままに生と死を振りまいている。まさに暴食の限りを尽くした結果と言うべきか。
「このままだと夜になるが、大丈夫なのか?」
当然考えていたことなのだが、森の精霊や妖精たちが『暴食の民』と呼んでいる、意思も秩序もない植物群の領域で、野宿をしないといけないというリスク。それをどうするのか。
「う~ん、大丈夫なんじゃない? あなたって、強いんでしょ? だったら、襲われても平気よ」
スプライトは俺の目の前をクルリと舞いながら返事をした。非常に軽い。妖精なのだから、仕方がないが、やはりこいつに任せて良かったのかと疑問に思えて来る。
「無責任なこと言わないで! 私達は森の民のために戦ってあげるの。案内役を買って出たなら、しっかりと案内をして!」
ティアもそこには引っかかりを覚えていた。っていうか、なんだか、やけにスプライトには絡んでくるな。小さいと言われたことに、まだ腹を立てているのか?
「だって、私の案内がなければたどり着けないでしょ~? だから、無責任なことじゃないんですぅ」
スプライトは言い返いしているが、それ、どういう理屈だ? 俺にも分かんねえよ。
「アイク、やっぱりこいつに付いてくるんじゃなかった……。今からでも引き返して、別の案内役を頼もう」
ティアが俺の服を引っ張って来る。最初から仲が悪かったっていうのもあるが、ティアが妖精にペースを乱されてしまっている。
「本気で取り合うな。妖精っていうのはそういう生き物なんだ」
妖精というのは、要するに悪戯好きの子供みたいなものだ。妖精の言うことにいちいち真面目に返答していたら頭が変になってしまう。
「むむむ……。私だって本気で相手にしてるわけじゃない……」
ムスッとしながらもティアが言う。お前、結構ムキになってるじゃないか。
「ふふふ、私の案内は正しいのよ~。その証拠に、周りは『暴食の民』だらけなんだからさぁ。ほら、後ろから、狙われてるわよ~」
スプライトの言葉にティアが反応して、後ろを振り返っている。
「だから、本気にするなって……」
俺はティアの肩をポンッと叩いて、前を向かせる。
「むーッ! 本気になんかしてない!」
「ああ、分かってる、分かってる」
「アイク、私は本当に相手にしてるわけじゃないから!」
「そうだな。本気になんてしてないな……」
完全に子供同士の喧嘩だな。しかもティアが一方的にやられている状態。
「ふふふ、面白いー」
クスクスと笑いながらスプライトがティアの周りを飛ぶ。こいつ、完全に挑発してやがるな。
ティアは眉間に皺を寄せながらも、今度こそ相手にしないと無視を決め込んでいた。
「おい、そろそろ止めにしておいてくれ……。俺としても貴重な案内役が消炭にされるのは困るんだ」
ティアがスプライトに魔法で攻撃するようなことはしないと分かってはいるが、この辺りで抑止力を働かせておいた方が良いだろう。
「あはは、怖いね~」
スプライトの方はどう思っているのか分からないが、ティアからは距離を取ってくれた。
その後、スプライトは一人で話を続ける。俺が相手にしてもしなくてもお構いなし。一方的に話したいことを話し続けている。
それから、ティアも黙ったまま歩き続けていくと、本格的に日が沈む時間になった。ティアの中にある竜王の魂と結合したことで、夜目が利くようになったから何とか見えるが、人間の視力だったら、完全に真っ暗闇だ。
「ねえ、今日はこの辺りで野宿する?」
スプライトが円を描きながら俺の前を飛ぶ。他の場所より、若干木々の少ない場所だ。寝床と焚火をするスペースは何と確保できそうだ。
「ここで野宿かよ……。気は進まないが、仕方ないか……」
俺はうんざりしながらも周囲を見渡す。地面は腐葉土と苔がびっしり。ジメジメとしているので、枯れ木を探すのも一苦労しそうだ。
「何が問題なのよ?」
「ちゃんと焚火ができるかっていう問題だ。どう見ても湿気が多い……」
「ああ、人間って火を使いたがるのよね。変なの~」
スプライトは面白がるようにクルクルと飛んでいる。妖精からしたら、危険な火を使うというのは、馴染みがないのかもしれない。
「そうだよ。火がないと生きてはいけないからな」
「へぇ~、人間って不便ね」
まあ、火を使わない妖精が便利なのかというと、そうでもないと思うが、相手にしてたらキリがない。俺はスプライトを放置して使えそうな枝を探す。ティアも俺に倣って枝を探し始めた。
だが、見つけられたのは生乾きの枝ばかり。生木は煙も火の粉も酷いから使いたくないが、他に燃える物はない。ティアの魔法があれば、生木でも燃やすことはできるから、これでよしとするか。
「ティア、頼めるか?」
「任せておいて」
ティアは二つ返事で応えると、積まれた枝に向けて手を翳した。すぐさま、ボワッと炎が出現。生木を燃やすべく、炎が揺らめいている。
案の定、煙はモクモクと立ち込めてくるが、一応焚火の準備はできた。
ティアは自慢気な顔でスプライトの方に顔を向けるも、スプライトは知らぬ顔でフラフラと飛んでいるだけ。
「ありがとう、助かったよティア」
俺はティアの頭に手を置きながら礼を言う。
「うん」
それで満足したのか、ティアは少しはにかんだ笑顔を向けてきた。
「よし、とりあえず飯だ」
俺は保存用のパンと干し肉を取り出してティアに渡してやる。森の中で獲物を調達しようかとも考えたが、こんな森の中に人が食べることができる動植物がいるとも思えないから止めた。
どちらかと言えば、俺達の方が獲物扱いされているか。まるで腹の中にでもいるような気分だ。
そんな気味の悪い森の中。俺は保存用のパンに干し肉を挟んで一緒に頬張る。本当は葉野菜と香草も一緒に挟んで食べた方が美味いが、そんなものはこの森の中はない。
ひとしきり食事を終えると、俺は近くにあった木の枝を折って、焚火に入れる。生木だから、あまり大きな物を入れてしまうと火が消えてしまうから、少しずつ入れないといけない。
パチパチと火の粉が飛ぶ音がする。それ以外に音はない。不気味なほど静かな夜だ。フクロウなんかの夜行性の鳥の鳴き声も聞こえてこない。完全に植物が支配してる森だ。
「ふぁ~あ……。私、眠くなってきちゃった……」
独り言のようにスプライトが言うと、フラフラと俺の頭の上に飛んできた。そして、まるで自分の寝床であるかのように、俺の頭の上に顔を埋めて寝転がる。
「ちょっ、ちょっと! 何してるの!?」
スプライトの行動に、ティアが慌てて寄って来た。
「私はもう寝るの……。邪魔しないで」
スプライトは俺の頭の上から文句を言っている。
「どうして、アイクの頭の上で寝る必要があるの? 他の場所で寝ればいい!」
だが、ティアも俺の頭の上に向けて文句を言っている。
「私は、この人間が気に入ったの。だから、ここで寝るの。お休み」
スプライトはティアの苦情など聞く耳持たず、俺の髪の毛を布団代わりにして寝ようとしている。
「だから、他の場所で寝ればいいだけのこと! わざわざ、アイクの頭の上で寝る必要はないと言っている!」
ティアは納得していないのか、食い下がってきている。確かに俺としても、人の頭の上で寝られるのはいかがなものかとは思うが。
「もう、しつこいわね! 私しつこいの嫌いなの!」
「しつこいのはそっちの方! さっさとそこからどけばいい!」
「嫌だって言ってるで――」
そこまで言って、スプライトはガバッと起き上がり、俺の頭の上から飛んで行った。まるで、逃げるかのような動きだ。
俺はティアが平手打ちを飛ばしたのかと思ったが、ティアはそんな素振りを見せていない。ただ口喧嘩していただけだ。
「どうした……?」
急に飛んで行ったスプライトに俺は声をかけた。
「言ったでしょ、ここは『暴食の民』のテリトリーだって……。来るわよ……」
その声は真剣そのもの。人を揶揄うような色は微塵も感じられない。
俺とティアは、スプライトの発する警戒に反応して身構えた。注意しながら辺りを見渡すが、あるのは木々と闇だけ。他には何もない。何かが近づいていきている気配も感じない。
だけど、分かる。狙われているという感覚。何に狙われているのかは分からない。どこから狙われているのかも分からない。前からも後ろからも狙われている気がするし、横からも狙われているような気もする。
次の瞬間、俺は何かが飛んでくる気配を感じ、咄嗟に頭を下げると――
ビュンッ!
突然、風切る音が聞こえてきた。まるで鞭を振るったような音だ。
同時に頭上を何かが通り過ぎた。視界の端に見えたのは細い何か。本当に鞭が飛んできたのかと錯覚するほどの細さだ。
続けて、さっきと同じ細い何かが飛んできた。今度は正面からだ。だから、はっきりと見ることができた。それは鞭などではなかった。木の枝だ。
木の枝が、鞭のように俺を狙って飛んできたのだ。
俺は鞭のように飛んできた木の枝を避けると、飛んできた正面を見据えた。そこには、さっきまで静かに立っていた木が、枝をクネクネと動かしている姿が見えた。
「な……ッ!?」
俺は思わず声を上げていた。枝を動かしいる木は一本だけではなかったからだ。前にある木も、後ろにある木も、右も左も、周りにある木々が全方向から俺達を狙って、枝を動かしている。
「気を付けて、こいつら全部『暴食の民』だから!」
俺の肩にしがみ付くスプライトが、強く警告を発してきた。




