森林
かれこれ数時間はワルター大森林の中を歩いているだろうか。空を見上げようにも、見えるのは木の枝と葉っぱだけ。僅かな隙間から漏れて来る陽の光から推測するに、もう夕方近くにはなっているようだ。
これから本格的な夜になる。夜行性の動物たちが動き始める。夜に動く魔物も同じだ。視野が狭くなる分、夜目が利く魔物の方が有利になる。
俺も魔王竜の魂と結合したことで、以前よりかなり夜目が利くようにはなっているが、この森の中だと月明かりも届かないので、どこまで対抗できるかというのは未知数といったところ。
「ティア、一旦ここでキャンプを張ろう。完全に日が落ちてしまう前に、焚火だけでも用意をしておきたい」
道なき道を進みながら、比較的平坦な場所で俺はティアに声をかけた。
「うん、分かった。私もそれが良いと思う」
「それじゃあ、枯れ枝と枯葉を探してきてくれ」
「了解した」
ティアは素直に従うと、地面に落ちている枯れた枝葉を探しに行った。
さてと、俺も火を起こす準備をしないといけないんだが……。どう見ても地面が湿ってるな。
深い森の中というのは、陽の光が届きにくいせいもあって、湿気が留まり、どうしてもジメジメとしてしまう。それでも、枯れ木や枯葉に火を付けて、焚火をすることは可能なのだが、ここは他の森と比べても湿気が多いような気がする。
「愚痴っても仕方がない……。俺も枝を探すか」
完全に日が落ちてしまう前に焚火を起こさないといけない。ランプもあるが、光量が頼りない。俺はティアが探しに行った方向とは逆へと枯れた枝葉を探しに行った。
「どれも、湿ってるか……」
分かっていたことだが、火を起こすのに適した枝葉は落ちていない。どれもこれも、湿気を吸ってしまっている。
それでも、何とか使えそうな枝葉を拾っていく。中には生乾き程度の枝葉も混じっているが仕方がない。
暫く探してみたももの、成果は今一つ。俺がキャンプ場所に戻って来ると、ティアも戻って来ていた。手に持っている枝葉の量は、やはり少ない。
「とりあえず、これで火を付けるしかないな。ちゃんと付くかどうか怪しいところだが……」
俺は集めてきた枝葉の中でも、まだ乾いている方の枝を一本選び、ナイフでささくれを作って、着火しやすいように加工する。そこにナイフの背と火打石で火花を飛ばすのだが……。
「全然付かないな……」
何度か火花を飛ばすが、一向に火が付く気配がない。一見渇いているように見える枝だが、中は湿っているようだ。
「アイク、火の魔法を使えば、多少湿気た枝でも火が付くと思う」
横で見学していたティアが提案してきた。
「火の魔法って、ティアが火の魔法を使ったら、この辺り一帯が焦土になるだろ!?」
それで火を付けることは可能だろうが、出る被害が飛んでもないことになる。俺が求めているのは焚火であって、地獄の業火ではない。
「何にも全力で火の魔法を使う必要ない。加減すればいい」
「できるのか?」
「できる……と思う」
何とも曖昧な返事が返って来た。
「なんだか、自信がなさそうだけど……?」
「それは、魔法で焚火をしたことがないから。でも、魔力を込める量を調整すればいいだけのことだから、できないことはない」
まあ、言っていることの理屈は分かる。ハルタートの街で、木箱から脱出する時に使った魔法も、威力は抑えられていたものだった。更に力を絞る必要はあるだろうが、できないことはないのだろう。だったら――
「俺がやってみるよ!」
俺にだってできるはずだ。
「アイクが……?」
「ああ、俺だって魔法が使えるようになったんだ。力を加減すればいいんだろ? 焚火の経験なら、俺の方が豊富だ。イメージをそのまま力にできるんだから、俺の方が上手くできるはずだ」
思い描いたイメージに魔力を注ぎ込んで、魔法として放出する魔王の力。今日もその力で、セイントナイトを蹴散らしたんだ。
今まで魔法に対しては苦手意識が強かったけど、できるようになってしまえばなんてことないな。こんなことなら、毛嫌いせずにもっと魔法の勉強をしておいたら良かった。
「でも……」
「任せておけ。ここにある枝葉もそうだが、地面も湿気を多く含んでいるからな、少しばかり火力を強めにした方が良い。だけど、そういう火力調整っていうのは、経験者でないと分からないところがあるんだよ」
俺はティアに講釈しながら、枝を組んでいく。魔法で一気に火を付けることができるなら、小さな火から起こす必要はない。火が付くまで魔法で燃やし続ければいいだけだ。
「いや、アイク……」
「よし、準備はできた。それじゃあ、付けるぞ」
「待って――」
ティアが何か言おうとしていたようだが、それよりも先に俺がイメージに魔力を込めて、この世界に魔法として出現――
ドッゴーーーーーンッ!!!
突然、俺の目の前で大爆発が起きた。その盛大な爆発音に、鳥たちは一斉に逃げ出し、周りで息を潜めていた動物たちもけたたましい鳴き声を上げながら逃げて行く。
地面の土は捲れあがり、木々の根っこも吹き飛ばし、眼前に立っていた大木は木っ端みじんに粉砕されている。
「えっ……!?」
俺は訳が分からなかった。イメージしていたのは焚火の炎だ。少し大きめだが、暖かく燃える優しい炎を思い描いていた。
思い描いていたのだが、何故か大爆発を起こした。
俺は頭に土を被りながらも、ティアの方へと振り返る。
「私は待ってと言った!」
防御障壁を張りながらティアがムスッとした声で抗議している。なんにせよ、ティアに怪我がなくて良かった……。
「えっと……。それは、悪かった……。けど、なんで俺の魔法は炎じゃなくて、爆発を起こしたんだ……?」
ティアが怒るのも当然のことなのだが、イメージに魔力を込めることで、力が魔法として発現するのが魔王の魔法だったはず。俺はその通りにやったし、セイントナイトを倒した時だって、同じことをしたまでだ。なのに、どうして今回は上手く行かなかったのか?
「アイクのは魔法じゃない」
「魔法じゃない……?」
えっ? 何? どういうこと? セイントナイトを倒した時と同じように魔法を使っただけだけど?
「アイクがやったことは、ただの魔力の暴発」
「魔力の暴発……!? いや、でもセイントナイトを倒した時は、イメージ通りの魔法が発現してたぞ?」
「あれも魔法じゃない。魔力が暴発して爆発を起こしただけ」
「魔力が暴発して爆発しただけ……」
「そう、魔力の暴発による爆発」
待て待て、どういうことだ? 俺がセイントナイトを倒した時に思い描いたイメージ。それに魔力を込めて、魔法として発現させたはずだ。
「俺はセイントナイトを倒した時、奴らを破壊する力を思い描いて、それに魔力を込めたんだぞ?」
「そんな曖昧なイメージで魔法は使えない」
えっ!? 嘘だろ? マジで?
「いや、でも、さっきはちゃんと焚火のイメージを思い浮かべて、魔力の量も調整して――」
「それが全然できてない。アイクの魔力だけが、独立して暴発してた」
「つまり、俺が使ったのは、魔法じゃないと……」
「そういうこと。アイクの魔力が魔法という力に変換されずに、ただ爆発を引き起こしただけ」
マジかよ……。俺、苦手だった魔法が使えるようになったと思って、喜んでたよ……。
「セイントナイトを魔法で倒したって思ってたのによぉ……」
「攻撃の手段としては有効だった。アイクが持っていた剣では、脆過ぎてセイントナイトを倒すことはできなかったと思う」
「でも、魔法じゃないんだよな……?」
「魔法じゃない。魔力が暴発しただけ」
何度も言ってくれるな。俺だって凹むわ。
「ティア……」
「なに?」
「火を付けるの、任せていいか……?」
「大丈夫。私が見本を見せてあげる」
ティアはどこかお姉さんぶった口振りで言って来た。まあ、実年齢から言うと、ティアは300歳以上だからな。俺よりも年上であることには違いない。
俺はそんな頼れる年上の女性のために、木っ端みじんに吹き飛んだ枝葉の代わりを探しに森を歩いて行く。
暫くして、ある程度の枝葉を集めて来ると、改めて焚火の準備をする。
「いい、アイク。魔法はこうやって使うの」
いつもと立場が違うのが嬉しいのだろうか。ティアはどこかご機嫌な声をしている。
「ああ、魔法のお手本見せてくれよ……」
ティアは集められた枝葉に手を翳すと、ボワッと炎が上がった。数人で囲むくらいの焚火くらいだろうか。俺達二人で囲むにしては大きめの炎が出現した。
湿った枝葉は見る見るうちに水分を蒸発させていき、白い煙を上げていく。火力の調整もちゃんとできているし、火も付いている。
「どう? 魔法の使い方分かった?」
ティアはフードを外して自慢気に言ってきた。サラサラの銀髪が、焚火の炎照らされて朱色に輝く。
「分かるわけねえだろー!」
「どうして?」
「いや、一切説明なかったぞ?」
ティアが魔法で焚火を起こしたのは分かった。だが、どうやって、その炎の魔法を使ったのかが何も語られていない。
「説明もなにも、今見せたのが全て。それで理解できるはず」
「理解できねえよ!」
どういう理屈で俺が理解できると思ったんだ? やり方も何も教えてもらってないのに、実演されても、同じことができるわけがない。
「そう……。これで分かってもらえると思ってた……」
ティアはシュンとなって焚火に目を落とした。寂し気な青い瞳が焚火を見つめている。
「ああっと……。その、あれだ……。ティアも俺のためにやってくれたんだよな。それは、凄く嬉しかった……」
ティア自身に悪気はないんだ。それなのに俺は自分が理解できないからと、ついつい大きな声を出してしまった。情けないとしか言いようがない。
「ホントに……?」
「ああ、本当だ。それに、ティアはちゃんと焚火を起こしてくれたんだしな。それは、凄く助かる。ありがとうな」
俺はそっとティアの頭を撫でてやった。小さめの黒い角も一緒に撫でてやると、少しくすぐったそうにしていた。
「うん……。私、役に立った……」
ティアはそう言うと、俺の胸の中に顔を埋めてきた。クンクンと俺の匂いを嗅いでいるようだ。俺はもうしばらくティアの頭を撫でてやることにした。




