引き際
― 1 ―
俺とティアの猛攻により、5体いたセイントナイトをあっとう言う間に無力化させた。
体が吹き飛んだ物や氷漬けにされた物まで、その全てが一撃の下に終わっている。
俺は静かにザリウスと、金魚の糞のように横についているケインを睨みつけた。
「ひぃッ……!?」
ケインが情けない悲鳴を上げている。そういえば、こいつを殴ったのはティアと結魂の儀をする前のことだったな。人間だった時に殴って気絶させたから、今の俺の力を見たのは初めてだろう。想像以上の力を見せつけられて、完全に怖気づいている。
「ば、馬鹿な……。教会が誇るセイントナイト5体が……ッ!?」
ザリウスの方もここまでの力は想像していなかったらしい。目を見開いたまま、動かなくなったセイントナイトを見ていることしかできていない。
「頼みの綱のセイントナイトは見ての通りだ! 退け! そして、二度と俺達に関わるな!」
俺は教皇ザリウスに向かって声を張り上げた。
「ぐっ……。青二才が、図に乗りおって……」
ザリウスは歯を食いしばって俺を睨み返している。これだけの力量差を見せつけても、その目にあるのは怯えではなく怒りだ。
「聞こえなかったか? もう一度言うぞ、お前達に勝ち目はない! テンプルナイツを退いて、二度と俺達に近づくな!」
俺はもう一度声を張り上げた。数百人いる周りのテンプルナイツ達は、動くことができずにただ様子を見ていることしかできていなかった。
テンプルナイツ秘蔵のゴーレムがこうもあっけなく壊されたんだ。理解が追い付かずに動けなくなるのも無理はない。
「な、何をしておるかッ! 若造一人と少女一人だぞ! 貴様ら、名誉あるテンプルナイツであろうが! さっさと捕えぬかーッ!」
完全に固まってしまっているテンプルナイツ達に向かって、ザリウスが怒鳴り声を上げた。ここで退く気はないようだ。
その声にテンプルナイツ達がビクッと反応を示す。まるで金縛りが解けたかのように剣を構えだした。
「い、行け―! 敵は二人だけだ! 男は殺して、少女は捕えろー!」
そして、テンプルナイツの一人が声を上げた。こいつが、隊長格か。今の戦いを見ても、なお自分達を鼓舞させて立ち向かおうとしている。そこは流石のテンプルナイツと言ったところか。ケイン以外は精鋭の騎士達と見て間違いない。
「「「おおおおおおーーーッ!!!」」」
隊長格の号令と共に、遠巻きに囲んでいたテンプルナイツ達が雄叫びを上げる。数百人はいるテンプルナイツが一斉に俺とティアに向かって走り出してきた。
かなり混乱しているのだろう。そんな大人数で、たった二人を捕えるとなると、仲間同士の攻撃で同士討ちになりかねない。
だが、そんなことを考えている余裕もないみたいだ。単純な物量で俺達を押さえ込もうとしている。それは、あるい意味有効な作戦かもしれない。
兎に角、人の壁で俺とティアを押さえこんでしまえばいいのだ。自分たちにも被害が出ることなど考えなければ、それは大きな力だ。
「ティア、ここは俺に任せてくれ」
「分かった。アイクに任せる」
テンプルナイツは人間だ。セイントナイトのような無機物のゴーレムではない。だから、命を取るような真似はしたくない。ましてや、ティアに手を汚させるよなこともしたくはない。
だから、俺は目の前に迫りくるテンプルナイツの集団を標的として、地面に向けて折れた剣を振り抜いた。
俺の魔力は激しい轟音と共に地面が大爆発を起こし、その爆風が土砂とともにテンプルナイツ達に襲い掛かっていった。
「「「ぐああああーーッ!?」」」
走って来るテンプルナイツ達は、正面からその爆発と土砂を被ってしまう。なす術もなく吹き飛ばされていくテンプルナイツ達。
これで、正面から来るテンプルナイツはほぼ一掃。
「ティア、走るぞ!」
俺はティアの手を取り、地面に置いてあった荷物を回収すると駆け出していった。
「うん!」
ティアも応えて走り出す。向かうは崩れた包囲網の一角。さっき、俺が蹴散らしたテンプルナイツ達のいた所だ。
俺の魔法の力によって、大きく抉れた地面を飛び越えて進む。後ろからは、残りのテンプルナイツ達が追ってくる。あれだけの威力を見せつけられても、テンプルナイツ達は退くこともせずに走って来る。
それは、大きなうねりとなって向かって来る。数はまだまだ百人単位で残っている。だが、俺を一方向から追ってきているせいで、一塊になってしまっていた。
俺は急に足を止めて振り返る。
それに気が付いたテンプルナイツの先頭集団が、急ブレーキをかけるも、後続がどんどんと押し寄せてきて、総崩れとなってしまうの見えた。
「恨むなら教皇を恨めよ!」
俺はそう言い放つと、テンプルナイツ達に向けて、魔力を込めた折剣を振り切った。
狙いは、崩れているテンプルナイツ達の前の地面。再び激しい爆発音を響かせると、土砂が舞い上がり、強烈な衝撃がテンプルナイツ達に襲いかかる。
陣形の崩れたテンプルナイツ達は、抵抗することさえできずに飛ばされて、地面に転がっていく。
「逃げるぞ!」
俺はティアを小脇に抱えて、全力で走り出した。
ティアの身体能力は高いと思うが、それでも俺の方が上だ。それに体格差もある。歩幅が全然違うから、全力で走ると、ティアは俺に追いつくことができないだろう。
だから、俺はティアを小脇に抱えて走ることにした。
「アイク……。なんだろう……この、複雑な気持ちは……」
「気持ちは分かるが、今は逃げることが先決だ!」
荷物のように持たれているのが、ティアとしては不満なんだろうが、今はそれどころじゃない。俺が全力疾走すれば、重装備のテンプルナイツには追い付くことができない。
待機させている馬車の馬を使われると追い付かれるかもしれないが、やることは同じだ。地面に向けて魔法を振り抜いて蹴散らす。そうすれば、馬は恐怖で逃げてしまう。
俺は横目に振り返りながらも、全力で走り続けていった。
― 2 ―
結構な時間を全力で走り続けてきたが、まだ体力には余裕があった。やはり、こういうこところも、魔王竜の魂と結合した影響だろう。人間離れを感じずにはいられない。
「どうやら、振り切ったようだな……」
俺とティアは街道を外れて、逃げた先にあった森の中に入っていた。
バルマスクから伸びる街道から外れて、南下していくと広大な森がある。凶悪なモンスターやらも住み着いているという森だ。俺達はそこに逃げ込んだ。
「うん、大丈夫だと思う」
「あれだけやったんだ、深追いはしてこないだろうと思う」
圧倒的な力の差を見せつけてやった。今の戦力で俺達を捕まえることは不可能だと分かったはずだ。完全に蹴散らしてやってもよかったが、俺も人間だからな。同じ人間を殺めるような真似はしたくない。
「ところで、アイク。ここはどこなの?」
ティアが森の中を見渡しながら訊いてきた。ロンドワースの森と比べてもかなり薄暗い森だ。所狭しと大樹が枝葉を伸ばし、木漏れ日すらも入ってくる余地がない程にびっしりと、葉が覆っている。
「エルン地方の南を占拠している、ワルター大森林。俺達がいるのはその入り口なんだけどな、奥に行くと凶悪なモンスターがいるから、誰も近寄らない森だ」
鬱蒼と生い茂る木々とジメジメとした空気。俺は嫌な空気を感じながらもワルター大森林の中を見渡した。常に誰かに見られているような感覚と言ったらいいだろうか。このワルター大森林はそんな寒気を感じる森だった。
「アイクも初めて来る場所?」
「そうだな。こんなところ、好き好んで来る奴は滅多にいないよ。ただ、噂じゃ、森の奥に秘宝が眠っているやら、万病に効くキノコが自生しているやら、そんな眉唾物の話がある場所だ」
「冒険者でも来ることはない?」
「ワルター大森林がらみの依頼もないことはない。さっき言った噂を信じて、森の中に入って行った奴の捜索だとかはあるらしい。まあ、俺も詳しい話は知らないけど、冒険者ギルドに捜索依頼が出る時点で、生きてはいないんだろうな」
一攫千金を狙ってのことか、もしくは借金に首が回らなくなって藁をもすがる思いでやって来たのか。それは知らないが、こんな禍々しい森の中にも入っていく物好きはいる。
「そう……。それならどうする? このまま森の中を行けば、追っ手を撒くことはできるけど……」
ティアが心配そうな顔で見て来る。危険な森であることは、俺の説明を聞くまでもなく、感覚で理解できてそうだ。その中を進むか戻るか。
「このまま進もうと思う。街道に戻った方が早いかもしれないけど、教会が網を張ってるからな。さっきの戦いで捕縛に失敗している以上、もっと大掛かりなことを仕掛けてくるかもしれない。そうなると、無関係の人を巻き込むかもしれないからな」
ただでさえ、人通りの多いバルマスクに向かう街道だ。俺は教会が目立つ行動をしないと踏んでいたから、街道を進む道を選んだが、教会側もなりふり構ってはいられない様子だった。
しかも、教皇ザリウスが黒幕と来ている。そうなれば、かなり無茶なことをしても、お咎めは無いだろう。国王と同等かそれ以上の力を持つ教皇だ。誰も弾劾することはできない。
「分かった。アイクに従う……。でも、気を付けて、この森はどうも嫌な感じがするから……」
「ああ、分かってる……。それも覚悟の上での判断だ……」
まだ日が落ちるには時間があるが、それでも暗い森の中。漂う空気は冷たく、肌に纏わりついてくるような陰湿さがある。
俺は真直ぐ森の奥へと目を向けた。まるで巨大な生き物が餌を待ち構えて口を開けているかのように見えた。
バルマスクの冒険者ですら入ることを躊躇うワルター大森林。その中を俺とティアは歩き出した。




