包囲
四方八方をテンプルナイツ達に囲まれた俺は、地面に荷物を置き、ティアを背に庇いながら剣を抜く。テンプルナイツ達は十分に距離を取っているとしても、いつ飛びかかってくるか分からない。
もし、全方向から一斉攻撃されてしまうと、完璧にティアも守りきれるかどうか……。いや、弱気になるな。絶対に守り抜くと覚悟を決めろ。
「ハハハハハハーッ! かかったなアルベルト! 袋の鼠とは、まさにこのことだな!」
そこに、聞いたことのある嫌味な声が割り込んできた。いつ聞いても耳障りな声だが、今は一層癪に障る。
「ケイン……。お前の仕業か……!?」
俺はテンプルナイツに混じって現れた幼馴染を睨みつけた。紫色の癖毛と三白眼の嫌な顔つきだ。
「そうだ、アルベルト! 僕が貴様を追い込むために任命されたんだ! もしかして、オーゼンとかいう冒険者だけが追手だと思ったか? それとも、オーゼンみたいに人目につかないやり方しかしてこないと思ったか?」
ケインが嫌味ったらしく言ってくる。腹の立つ声だ。だが、図星だった。教会は魔王竜の存在を隠したいと考えていると思っていたから、派手な真似はしてこないと思っていた。
オーゼンを遣わしたのは、その布石だったということだ。
「いいのか? こんな目立つことをしておいて。国や教会のお偉いさんにバレたら不味いんじゃないのか?」
事が大きくなって困るのはケイン達教会側のはずだ。裏で誰が指揮しているかは知らないが、魔王竜なんていう存在を隠してきたことを知られたらどうなることか。特にバルマスクのような大都市周辺で物事を起こしたとなれば、何らかの調査が入る可能性が高くなる。
「ああ、そのことか。心配はいらないよアルベルト。このことは、教皇ザリウス様のからの命令だからな! 国王の耳に入ったとしても、不問とするしかない事案だ」
「はぁッ!? 教皇だあ? 戯言は顔だけにしておけよケイン! そんなハッタリ通用するわけねえだろ! テンプルナイツのお前が、教皇の名を出してただで済むと思ってんのか?」
何を言いだすかと思えば、教皇からの命令だと言いやがった。おそらく俺をビビらせようとしているのだろうが、そんな下手な嘘が通じるわけない。
「ハッタリはでないのだよ。魔王信奉者の若者よ!」
その時、ケインの後ろから、しわがれた声が聞こえてきた。初老の男性の声だ。えらく威厳のある声は、喧騒の中でもはっきりと聞こえる。
そして、声の主を招き入れるようにして、俺達を囲んでいるテンプルナイツの輪の一部が割れた。テンプルナイツ達は、機敏な動きで真直ぐ二列に並ぶ。
「ま、まさか……ッ!?」
テンプルナイツが作った道を初老の男が優雅に歩いてくる。シルクで作られた上質のローブに金糸で織り込まれたストラ。司祭冠には宝石が輝いている。その後ろを数人の司祭たちが付き従うようにして歩いてくる。
「その、まさかだ。貴様も元貴族なら顔くらいは見たことがあるであろう?」
「教皇ザリウス……!?」
ユリエス教会の頂点、教皇ザリウス。俺が見たのは国王の誕生祭でのことだ。王都マイセンにある王城で、教皇ザリウスが国王に祝福を与えるところを、遠くから見ていた。
「アイク……」
ティアが俺にギュッとしがみ付いてきた。尋常ではないくらいに怯えている。
「ティア……、まさか、お前を生贄にしようとしていたのは……」
「……あの男」
ティアは俺の背に隠れながら、教皇ザリウスの方を見る。
「探したぞ、魔王竜! さあ、こっちに来なさい!」
ザリウスは静かに手を差し伸べた。まるで、救いを求める信者に手を差し伸べるかのような仕草だ。
「アイク……」
ティアはなおも俺にしがみ付いてくる。これほどまでに怯えるティアを見るのは初めてだ。テンプルナイツに囲まれた時だって、ここまでは怯えていなかった。
「悪いが、ティアを渡すことはできない! たとえ、教皇の頼みであってもな!」
もう俺は人としての生は終わっている身だ。今更ユリエス教に救いを求めるようなことはしない。この国から出ると決めた以上、たとえ相手が教皇であっても、態度を変えるつもりはない。
「ユリエス教会に背くというのかね?」
「ああ、そうだ! 俺は元々敬虔なユリエス教徒ってわけでもないんでな!」
「なるほどな……、貴様は魔王を信奉する者だ――なら、ただでとは言わん。その魔王竜をこちらに渡せば、貴様のことは見逃してやる。魔王信奉者であることも目を瞑ろう。どこぞでひっそりと暮らすがいい」
静かな声色でザリウスが言ってくる。ティアの命と引き換えに俺の命を助けてくれるとのことだ。
「ティアを渡せば、生贄にするつもりなんだろ? 楽園に行けるんだったか? ふざけんな! 誰がお前らなんかにティアを渡すか!」
俺は怒鳴り声を上げて返した。貴族だった頃には考えらない暴挙だ。これだけで家が没落するには十分な理由になる。
「すべては、ユリエス神の御心のままだ。魔王竜という存在が、この世にあってはならない。貴様にはそれが分からぬか? かつて、魔王がこの世界にどんなことをしてきた? ユリエス様が遣わした勇者がいなければ、今もなお、我々は魔物の影に怯えていたに違いない。魔王などを信奉するでない。ユリエス様の教えを遵守しなさい」
「ティアが存在したらダメだって? 馬鹿も休み休み言え! この子が今まで何をした? 何もしてないだろ! ずっと閉じ込められて、ようやく日の下に出てこれたんだ! 魔王がどんなことをしたかなんて、物語でしか知らねえよ! だがな、ティアが存在してはいけない理由なんて何一つない!」
100人の人間がいたら、100人全員が教皇の意見に賛成するだろう。300年前のことは物語でしか知らないことだが、魔王に支配された世界なんて想像したくもない。
だけど、ティアは違う。魔王竜と呼ばれているだけで、魔王ではない。人を傷つけたことなんて一度もない。
「愚かな……。魔王信奉者は語る言葉も持ち合わせておらぬか……。仕方あるまい――セイントナイトを召喚しろ!」
「「「はッ!」」」
ザリウスが号令を出すと、後ろに控えていた司祭たちが返事をする。そして、すぐさま詠唱に入った。
「「「我が望は、高貴なる剣の魂。我が望は、揺るがぬ盾の魂。光を鎧を纏い、血の一滴に至るまで高潔を貫く者よ。聖なる誓いのもと顕現せよ!」」」
司祭たちが一斉に詠唱を始めると、中空に大きな魔法陣が現れた。黄金色に輝く魔法陣は、その光をより強く発すると、中から純白の鎧を着た騎士が現れた。
「な……ッ!?」
俺は魔法陣から出現した純白の騎士を見て絶句する。何よりも驚かされたのはその大きさだ。俺の身長の倍以上はある背丈に、大振りの剣と盾。兜も鎧も体全体を覆いつくして中が見えない。そんな巨大な純白の騎士、セイントナイトが5体現れた。
それを見たテンプルナイツ達は、俺との距離を更に開けた。この巨大なセイントナイトの戦いに巻き込まれないようにすることと、いざとなれば、俺達を逃がさないようにするためだろう。数百人はいるテンプルナイツの壁の出来上がりだ。
「どうかね。我がユリエス教会が誇るゴーレム、セイントナイトの雄姿は」
驚きを隠せずにいる俺に向かって、ザリウスが自慢げに口を開く。
「ゴーレム……。これが……!?」
俺は更に驚かされた。ゴーレムは魔法の力で動く人形だ。大体のゴーレムは土で作られた物。というか、俺は土のゴーレムしか見たことがない。それが、目の前にいるのはどうだ。金で縁取られた純白の鎧に、剣と盾まで持っている。
「見るのは初めてかね? まあ、そうだろうな。これを見て生きているのは、教会の人間だけだからな。私にあれだけの口を叩いたのだ。今更、詫びを入れるようなことはないよの?」
ザリウスはニタリした表情で言って来た。これがこいつの本性のなのだろう。圧倒的に有利な立場から、弱者を叩き潰すことを楽しんでいる。性根から人間が腐っている。こんな奴が教皇なんだから、ユリエス教会がいかに腐敗しているのか、手に取るようだ。
「ティア、下がってろ……」
俺は横目でティアを見ながら声をかけた。いかに魔王竜といえども、こんな巨大なゴーレムの眼前に出すわけにはいかない。
「アイク……、私も戦う!」
俺の指示に反して、ティアが戦う意思を示してきた。
「ダメだ! 教会秘蔵のゴーレムと戦わせるわけにはいかない! ティアは自分の身を守ることだけを考えろ」
「嫌だ! 私も戦う! 私も戦える! それはアイクだって知ってるはず!」
だが、ティアは俺の目を見返して言って来た。
「だけど……。まだ、万全の状態じゃないだろ……?」
俺は確かに魔王竜の力を知っている。だが、300年間閉じ込めれらてきたのだ。出てこれたのはつい最近のこと。しかも、俺と結魂の儀なんていう、因果を捻じ曲げる魔法まで使っているのだ。とても、無茶が利く状態だとは思えない。
「完全な力はまだ戻ってないけど、あれくらいの敵なら問題ない。私ならやれる!」
「ティア……」
「大丈夫。私にもアイクの役に立たせて!」
ティアの眼差しが真直ぐ俺を貫いてくる。そこに怯えや迷いは微塵もない。とても力強くて綺麗な目だ。
「そろそろ、話は付いた頃かね? いかに我々が紳士であったとしても、罪人相手に騎士道を語るつもりはないぞ。覚悟を決めてもらおうか!」
ザリウスがその言葉と共に上げた手を振り下ろすと、5体のセイントナイトは一気に俺達に向かって来た。




