交易の街 Ⅳ
― 1 ―
コカトリスを4体倒して、バルマスクの冒険者ギルドに戻って来た俺達は、早速受付で報酬の金をもらった。
若造と少女が二人で4体のコカトリスを倒してきたということで、受付のお姉さんも驚いた顔をしていた。それでも、一応はオーゼンからの推薦があったということで、実力に関しては納得してくれて報酬もしっかりと貰った。
こうして、金を手に入れた俺とティアはバルマスクでも一番安いであろう宿に泊まることにした。一応、金は手に入れたが、これだけでずっと旅を続けられるわけではない。また、どこかの冒険者ギルドで仕事をしないといけないから、安宿で我慢しないといけない。
なんせ、バルマスクは商業の街だから、安宿でも結構な値がする。その分、安宿でも造りはしっかりとしている。俺達が取った部屋もベッドと簡易な机と椅子は置いてあった。
ティアは外套とフードを外してベッドの上に置いている。街中だと、ずっと外套とフードを被っているから、こうしてティアの黒い角や翼、尻尾を見るのはなんだか久々のような気がしてくる。
そんなことを考えながら、俺も部屋に荷物を置き、街の露店で買ってきたチキンのグリルをティアに渡してやった。
「コカトリスの肉は諦めたけど、普通のチキンなら美味いぞ」
俺も自分の分のチキンにかぶりついた。もも肉を骨ごと焼いて、甘辛いソースがかけられた料理だ。パリッとした皮と中から溢れ出す肉汁が堪らない。
「これは、とても良い匂い」
ティアは目を輝かせながら匂いを嗅いでる。香辛料も色々入っているようだから、複雑な匂いが食欲をそそる。
「こういうのはな、豪快に食べるのが一番美味いんだよ」
俺がそう言うと、ティアはチキンに思いっきり齧りついた。
「んーー!! 確かに! これは美味しい!」
口いっぱいにチキンのソースを付けながら、ティアは満足そうに答えた。豚とも違う鶏の旨味が凝縮された料理だ。しかも、そんなに高くないときている。
これ一本だけでも、小柄なティアだったら十分満足できる量はある。ティアは脇目もふらずにチキンを食べ終わると、満足気な顔でベッドに腰を下ろした。
「ティア、今日はもう一品あるんだ」
俺はニヤリとしながら、ベッドに横たわるティアに声をかけてやった。
「何の肉?」
即、肉に発想が行くのな、ティアは……。
「肉じゃない。これだ」
満を持して俺が取り出したのは、レモンのはちみつ漬けだ。チキンを買った店の隣で売っていたのを見つけたから、密かに買っていた。ティアは肉の方ばかりに気を取れていたから、これには気が付いていない。
「何……? これ」
小さな壺にの中には琥珀色の液体と輪切りにされた薄黄色の果実が入っている。ティアはまだ見たことがないだろうなとは思っていたが、やっぱり知らないようだ。
「レモンのはちみつ漬けだ。俺の好物でな、売ってるのを見かけたから、思わず買ってしまったんだよ。一つ食べてみろよ」
フォークでレモンの欠片を一つ取り出して、ティアの口元に持って行ってやった。そして、ティアがパクっと一口食べて――
「ンンンーーーーッ!!!」
ティアはレモンのはちみつ漬けを一口食べた途端、ベッドから転げ落ち、そのまま床をのた打ち回る。
「お、おい……、ティア……。大丈夫か……?」
「ンーッ!!! ンーッ!!! ンーッ!!!」
ティアは悶絶しながら床を転げまわった。
「レモンがダメだったのか? はちみつの方か?」
やばい。もしかしたら、ティアが食べらない食材だったかもしれない。だけど、ドラゴンがレモンだとかはちみつを食べることができないとは聞いたことがない。
「何これ!!! アイク、これ何!?」
バッと起き上がったティアが、目を潤ませて俺に問いかけてきた。
「だから、レモンをはちみつで漬けただけの料理だけど……」
「レモンとはちみつ……。知恵の宝珠の中にもその知識は入っているけど、これほどの物だったとは想像だにしなかった……。これは、凄い発見……。世界を変えるほどの衝撃を受けた……」
「レモンのはちみつ漬けで何の世界が変わるんだ?」
「一言で言えば、古い世界が破壊されて、新しい世界が開闢したということ」
またよく分からないことを言いだしたな。俺のいる世界は健在だし、新しい世界もお目見えしてはいない。
「ど、どういうことだ?」
何を言っているのか、さっぱり分からない俺はティアに聞き返した。
「私は今まで、この世界に存在する物で、一番美味しい物は豚の串焼きだと思っていた。さっき食べたチキンは2番目に迫って来ている」
「お、おう……、そうか……。安上がりで良いな」
「でも、その世界が一瞬の内に壊された! 全く別の角度から、全く別の衝撃が、旧世界を一瞬の内に消滅させてしまった」
「レモンのはちみつ漬けがか?」
「このレモンのはちみつ漬けが、私の世界を壊し、新たな世界を誕生させた……。この、甘くて酸っぱい食べ物はそれほどの衝撃だった……」
「美味かったってことでいいんだな?」
要するにそういうことだろう。猪や鹿肉、豚やチキンといった物をよく食べてきた。穀物や野菜も食べたさせてはいたが、基本的には塩で味付けをしている。そこに、甘いはちみつと酸っぱいレモンの味を知ったのが、よほど衝撃的だったということだ。
「凄く美味しい! 私もこれが大好き!」
「それなら良かった。もう一個食べるか?」
「食べる!」
即答したティアは、もう一つのレモンを食べると、満面の笑みを浮かべていた。
こうしていると外見年齢相応の少女に見えるんだよな。ただただ綺麗で可愛い。ドラゴンの角と翼と尻尾があるだけの少女だ。
― 2 ―
翌日、厚みのある雲が広がる朝。俺とティアはバルマスクを出て国外へと続く街道を歩いていた。見上げれば鈍色の空が広がっている。また雨が降りそうな天気だ。
「アイク、ファリス王国から出るまでどれくらいの距離がある?」
ティアがフード越しに俺を見て訊いてきた。
「かなりの距離がある。バルマスクはファリス王国の中心に近い位置だから、数週間から一カ月はかかるんじゃないか?」
「結構な距離があるのか……」
「ただ真直ぐ歩いていくなら、そこまではかからないだろうけどな。俺達は路銀を稼ぎながらってことになる。そうなると寄り道もしないといけないから、それくらいはかかるんじゃないかっていう予想だ」
馬車を使えればもっと早く移動できるんだけどな。もっと言えば、飛竜に乗れたら数日で辿り着く。でも、そんな金の余裕があるわけない。
「アイクはファリス王国から出たことはある?」
「いや、俺もない。この国で生まれて、ずっとファリス王国で暮らしている。しかも、ほとんど田舎暮らしだったから、この先のことは俺もよく知らないんだ」
冒険者になって1年になるが、新米の俺ができる仕事は限られていた。バルマスクで仕事をしたのは今回が初めてだし、大体は田舎の方にある冒険者ギルドの小さい依頼をこなして、日々の生活をしていただけだ。
「そう。それなら、私と一緒。初めて国を出ることになる」
「だな。いつか、ファリス王国を出て、他の国を見てみたいって思ってたんだ」
「でも……、こんな形で、他の国を見ることになる……」
「前にも話しただろ。俺の家は貴族に嵌められて没落した。ティアと出会わなければ、俺はまだロンドワースの森の周辺で身を隠しながら生きてたと思う。だから、これで良かったんだ」
「うん……」
ティアは静かに頷いた。複雑な心境なのだとは思う。俺を巻き込んでしまったという後悔は簡単には消えそうにない。
そんなティアにできることは、ティアのせいじゃないと言い続けること。ティアのおかげで俺はこうして、新しい道を見つけることができたと、言葉にして伝えてやることだけだ。
それから暫く歩き続ける。途中で休憩を挟みながらだが、昼過ぎには丘陵地帯にまで来ることができた。
薄暗い雲はまだ空を覆っている。太陽の光が雲に遮られて弱々しい。広大な丘陵地帯を俺とティアだけがポツンと歩いている。なんだか、世界に俺とティアだけしかいないのではないかと思えてくるほど。
「ねえ、アイク。この辺りは、前にコカトリスを倒しに来た場所だけど、また出て来る?」
ティアは遠くを見ながら声をかけてきた。
「どうだろうな。俺達が探し回っても4匹しかいなかったから、大部分は退治された後だと思うぞ。それに、コカトリスが多いんじゃなくて、街道を使う人が多いから、たまたま現れたコカトリスに、誰かが襲われるんだ」
「街道には多くの人が行き来しているから、コカトリスからしてみれば、誰かを狙ってるわけじゃなくて、そこにいる人を襲えばいいだけなんだよね……?」
「まあ、そうだけど」
なんだろう。ティアの質問の仕方が妙だ。何か腑に落ちないことでもあるのだろうか。そんな質問の仕方をしてきている。
「だったら……。どうして、今は誰もいないの?」
「え……ッ!?」
俺はハッとなって、周りを見渡した。バルマスクに向かう街道は、行商人だけではなく、旅人も多く行き来している。よくよく考えてみれば、前にすれ違った人は何時のことだっただろうか。それすら曖昧になってくるくらいに人がいない。
「何か変な感じがする……」
ティアが不安げな声を出している。
その声に、俺も嫌な予感を覚えて周囲を警戒した。今まで来た道を振り返るも、丘の上を街道が通っているだけ。他は草原だ。人影は見えない。
今度は進行方向を見る。なだらかに上っていく丘の街道の先には――数台の馬車が見えた。
「おい、ティアあれを見てみろよ。キャラバンだ」
「キャラバン?」
「ああ、行商人の一団だ。一度に多くの荷物を運ぶ必要があるから、隊列を組んでるんだ。バルマスクに続く街道なんだから、こういう一団はたまに見かけるんだよ。誰もいないってことはない。偶然、俺達以外の人がいなかっただけのことだ」
俺はホッと胸をなでおろした。もしかして、強大なモンスターが出現したのかとも思ったが、それなら悲鳴やら逃げて来る人がいるはず。
ただ、街道から外れて待機している所を見ると、どうやら休憩中の様だ。
「そう……。それなら、私の取り越し苦労だった」
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
天気のせいもあるのだろうか。こういう沈んだような曇り空だと、気分まで滅入ってくるのは仕方がない。
ほどなくして、俺達はキャラバンが休憩している場所にまでやって来た。遠くから見えてた時はそれほど多くは感じなかったが、近づいてみると、かなりの数がある。大型の馬車だけでも数十台。
行商人達と傭兵らしき男達が遅めの食事を食べているところだった。
俺はキャラバンを横目で見ながら街道を歩いていると、一人の行商人が声をかけてきた。
「なあ、兄ちゃんたち。この先に行くつもりかい?」
話しかけてきたのは髭の生えた痩せ型の行商人だ。声色は優しいが、意外と眼光は鋭い。
「ああ、そのつもりだけど?」
「そうか……。だったらいい情報……っていうか、悪い情報か。この先なんだけどな、封鎖されてて通れないんだよ」
「封鎖されてる!? どうして?」
想定外の情報に俺は目を丸くしていた。もしかしたら、このキャラバンは、この先が封鎖されていたから戻ってきのかもしれない。
「どうしても、こうしてもないよ。封鎖しているのは教会だ」
「教会が!?」
くそっ! 先回りされてたってことか。俺達がファリス王国から出ることを予測されてる。街道に人影がなかった原因はこれか。
「そうなんだよ。教会がさ、魔王信奉者と魔王竜を捕まえるために封鎖してるんだよ!」
「ッ!?」
俺は行商人の男が発した言葉にギョッとした。こいつは、“魔王竜”という言葉を使った。
「全員出て来い! 囲め!」
俺が動揺しているのも束の間、行商人の男が声を上げると、数十台の馬車の中から一斉に重装鎧を着た騎士たちが現れた。数にして数百といったところか。二の腕と赤いマントには十字の紋様。全員がテンプルナイツだ。




