交易の街 Ⅱ
昼下がりの午後、バルマスクにある冒険者ギルドは人でごった返していた。
重装備に身を固める者。逆に軽装備で動きやすさを重視する者。術者らしき冒険者もちらほら見かける。
その誰もが一流どころ。装備している物が一見して高価なものだというのが分かるし、風格や眼光の鋭さ、どれをとっても隙が無い。
「…………」
俺は場違いな所に来たという空気をひしひしと感じながらも、冒険者ギルドの中を歩いて行く。
「広い……」
隣でティアが呟いていた。バルマスクの冒険者ギルドは、王都マイセンに次いで二番目に大きなギルドだ。広々としたロビーの奥には受付カウンターがいくつも並んでいる。
二階は酒場だったか。出されている酒もかなり高級な物だと聞いたことがある。当然、俺は一度も行ったことがない。
「ティア、あそこだ。あそこに依頼が貼りだされている」
冒険者ギルドの入り口を入って少し行った所にある掲示板。かなり大きな掲示板で、ありとあらゆる依頼が所狭しと貼られている。
「凄い……。いっぱいある……」
掲示板に貼られた幾多の依頼を見上げながらティアが呟いた。ハルタートの冒険者ギルドも小さくはなかったが、ここは桁違いに大きいからな。驚くのも無理はないか。
「さてと……、どの仕事を受けるか……」
俺も掲示板に貼られた依頼を見渡した。予想していたが、かなり多い。そのせいで目移りしてしまうのは難点だな。これじゃあ、なかなか決められないぞ。
「アイク、これは? 凄い金額。討伐報酬200,000G」
ティアが掲示板の上の方に貼られている依頼を指さした。
「うん? ああ、これか……。シーディザスターの討伐……、ノートリアスの討伐依頼だな」
「ノートリアス?」
聞きなれない言葉にティアが首を傾げて訊いてきた。
「ノートリアス(悪名高い)モンスターのことだ。モンスターの中には同じ種族でも、特別に強い力を持った奴がいる場合がある。そういう奴は、個別に名前を付けられて呼ばれてるんだ――ええっと……、依頼に書いてあることを見る限りだと、このシーディザスターっていうのは、クラーケンだな。他の個体とは別格の大きさを持った奴みたいだ」
クラーケンは一言で言えばイカの化け物だ。船ほどの大きさにまで成長する巨大イカで、商船なんかも襲ってくる。
「どうする? やってみる?」
「いや……。これはダメだ……」
「どうして?」
「たった一匹のイカのモンスターが“災害”とまで言われているレベルだ。当然、討伐には大規模の人数で挑むことになる。依頼をよく見たら書いてあるけど、討伐報酬200,000Gっていうのは、一人の取り分だ。100人だったら、総額で20,000,000Gの報酬が支払われる」
「20,000,000G……!?」
余りにも桁違いの報酬にティアが目を丸くしていた。その気持ちは分からなくもない。
「それだけの報酬を支払うのは、ファリス王国とバルマスク商業連合からの依頼だからだ。海にこんな化け物がいたら、安全な交易ができなくなるからな。今まで受けた被害を考えると、安い物だろうさ」
交易船一隻沈められただけでも、どれだけの額の損失が発生するか。俺にはもう想像もできないくらいだ。
「なるほど……。そういうものなのか……」
「それで、この依頼なんだけど、出発は3カ月後だ。かなりの人数を集めないといけないから、準備だけでも相当な期間を要する。しかも、一度出発したら、1~2カ月は海の上だ。流石に受けるのは無理だ」
この手の大型モンスターの討伐は、個人でできるようなレベルではない。大抵は国やら商業連合やら教会やらが依頼主となって、大々的に冒険者を集めて討伐する。
「それは、今の私達には無理……」
「だろ? だから、俺はこれなんかいいんじゃないかって、思ってる」
俺は一枚の依頼を指さした。
「街道に現れたコカトリスの討伐。一匹につき報酬5,000G」
ティアが依頼内容を読み上げた。
「一匹討伐するだけで5,000Gだ。2匹で10,000G。なかなか美味しいだろ?」
コカトリス一匹で5,000Gも報酬を出してくれるのは、バルマスク価格だ。交易によって潤沢な資金があるからこそ、割高な報酬が設定されている。これが、他の街の冒険者ギルドだったら、3,000Gにまで下がるだろう。
「コカトリス……。知恵の宝珠にあった。鶏の頭と蛇の尻尾を持った大きな鳥型のモンスター。毒の息を吐く凶暴な奴。強力な個体となると、視線にも毒を持つようになって、石化させることもできるようになる」
流石にモンスターの知識に関しては、知恵の宝珠は豊富だな。俺が説明する隙間すらない。
「討伐報酬5,000Gだから、そこまで強力な個体は出て来てないってことだ。視線にまで毒を持ってたり、石化させてくるような奴は、ノートリアスに指定されてるだろう」
「そうか。それなら手っ取り早く、お金を手に入れることができそう」
ティアもこの依頼に納得のようだ。俺達はできるだけ早く金を手に入れて、この国から出ることを考えないといけない。必要最小限の金だけ稼ぐことができればいい。
他にもいくつか美味そうな依頼はあることはあるが、近くの街道沿いに出現するようになったコカトリスを討伐するのが効率的だろう。
そうして、この依頼を受けるため、受付のカウンターに向かう。
「いらっしゃいませ。本日はどういった……、えっと、ご用件でしょうか?」
冒険者ギルドの受付で、俺の対応をしてくれたのは綺麗なお姉さんだ。ウェーブのかかった茶色いロングヘア―。物腰柔らかそうな顔と声――なのだが、俺を見た途端に声色が変わった。
「コカトリスの討伐依頼を受けたい。まだ、報酬は出るよな?」
「え、ええ……。まだ、コカトリスの討伐依頼は継続中ですが……。依頼を受けるのはどちらさまでしょうか……?」
受付のお姉さんは、俺とティアの周りを見た。後ろで受付を待っている人はいるが、俺とティアには無関係の人だ。
「俺だけど?」
「あなた様が……ですか? あの、新人の方によくあることなんですが……。自分の力を過信しすぎると、痛い目を見るだけでは済まないことになります。まずは、別の街でもっと簡単な依頼を受けてみてはどうでしょうか? 北の方に行きますと、ワイルドボアの討伐依頼なんかがよく出ていますので、その辺りで、ご自身の力量を知っておいた方が良いと思います」
受付のお姉さんは至極真面目な顔で言って来た。だけど、生憎ワイルドボアなら、もう討伐したことがある。結局その程度の冒険者に見えたってことか。
「痛い目を見るのも、それ以上の目に遭うのも俺の勝手だ。コカトリスの討伐の証明には何を持ってきたらいい?」
個人でモンスターの討伐依頼の報酬を受けるには、倒したという証拠を持って来ないといけない。ワイルドボアであれば、剥いだ皮だ。
「もうし訳ございません。それを教えたら、あなたはコカトリスの討伐に向かわれるのですよね? でしたら、みすみす将来ある若者を死に追いやる情報を教えるわけにはいきません」
受付のお姉さんは真直ぐ俺の目を見て言って来た。言ってることは親切で言っているのだろうけどな、今の俺なら余裕なんだわ。
「大丈夫だ。コカトリスくらい倒せる!」
俺は思わず声を張り上げていた。かなり下に見られていることに対する反発だろうか。
「おいおい、兄ちゃん。そのなりでコカトリスを討伐するってか? お子様の冗談ってのは大人には分かりにくいもんなんだな!」
俺の後ろで待っていた、ガラの悪い冒険者が笑いながら絡んできた。頭髪が寂しいくせに鬱陶しいなこいつ。
「お前には関係ない。引っ込んでろ!」
「ほぉ、勇ましいなこのお子様は。俺が誰だか分かって言ってるのか? ああ、田舎の貧乏人だから、都会のことは知らないか。こんな貧相な装備しかしてないんだからな。バルマスクのことなんて分かるわけがねえよな」
「分からねえな。一流どころの名前は田舎でも聞くんだが、三流、四流まで下がってくると、流石に耳にすらしないんだよ!」
俺は負けじと言い返した。実際にこの髪の毛が死滅した冒険者の顔など知らない。
「ほう、誰が三流だぁ?」
「お前だ四流。格下に構ってる暇はない。さっさと消えろ!」
「おい、コラ、ガキ! 人が優しくしてやってるのに付け上がるんじゃねえぞ! 表出ろや!」
頭の毛が砂漠地帯の冒険者は、とうとうキレて怒鳴り出した。それを聞きつけたギャラリーが大勢詰め寄って来る。これから始めるであろう喧嘩を見物に来たのだ。俺も部外者だったら見物している。
「バント、どうした?」
そこに、一人の冒険者が割り込んできた。どうやら、このハゲた冒険者バントの仲間らしい。黒い肌と二本のハンドアクスを腰に付けた、筋肉質の冒険者だ。
「あっ、オーゼンさん! いやね、このお子様が、コカトリスを討伐するなんて言ってたんで、止めておけって言ったんですよ。ヒヨコじゃニワトリを倒せないでしょ?」
バントと呼ばれた男はニタニタ笑いながら言ってる。誰がヒヨコだ、このハゲ!
「おい、誰だかは知らねえが、このオーゼンの仲間に――って、うげぇッ!?」
オーゼンは俺の顔を見るなり、あからさまに動揺した。
「よう、オーゼン。久しぶりだな。元気にしてたか?」
俺はオーゼンに歩み寄って肩を叩く。まさか、こんなに早く再開できるとは思ってもいなかった。
「お、おう……。あんたも、元気そうでなによりだ……」
オーゼンの顔色があからさまに青くなっている。
「お前のおかげでな、今も元気にやってるよ……。そうだ、オーゼン。俺はさ、お前には色々世話になったからな……。そのお礼をしたいって思ってるんだが」
俺はニヤリと笑ってオーゼンを見る。すっごいビビってるのが分かる。
「ま、待て……。待ってくれ……。な、なあ、ここは俺が治めるから、今はそれで勘弁してくれねえか……」
オーゼンは冷や汗をかきながら言って来た。そこまで、怯えることはないだろうって思うが、まあいい。
「俺さ、今、コカトリスの依頼を受けることができなくて困ってるんだよ……。俺じゃあ、コカトリスに殺されて終わりだろうってな……。誰か推薦してくれる人はいないかなあ……?」
「お、おい。受付の姉ちゃん! こいつの腕は俺が保証する! 大丈夫だ。コカトリスごときで死ぬような奴じゃない!」
オーゼンはすぐさま声を上げて訴えた。頭は回るから、こういうのはすぐに動いてくれて助かる。
「そ、そうなんですか……? まあ、オーゼンさんからの推薦ということであれば……。先ほどは失礼いたしました。コカトリスの討伐証明は、トサカと尻尾を切り落として持って来てもらえれば、証明になります」
受付のお姉さんは、丁寧に頭を下げてから、コカトリス討伐証明の説明をしてくれた。流石は黒豹オーゼン。一流どころで名が通っているだけのことはある。鶴の一声だ。
「オーゼンさん!? なんなんですか、このガキは!? こんなガキにオーゼンさんが推薦出すこともないでしょう?」
バントは納得いっていないようで、オーゼンに問い詰めていた。
「馬鹿野郎! 相手見てケンカ売れ! これ以上、あの人に絡むなら、チームから外れてもらうぞ!」
オーゼンはバントの頭をガンッと殴った。直接頭皮に拳が届く分、痛みは大きいだろう。
「痛ってぇ……。だ、誰なんですか、あのガキは……?」
理不尽に殴られたバントが不満を漏らしながら聞いている。自分で言うのもなんだけど、無名の俺を見ても、喧嘩を売ったらダメな相手なんて分かるはずがない。悲しいかな、まだまだ若造だ。
「うるせえ! いいから、行くぞ!」
オーゼンは怒鳴りながらバントと一緒に冒険者ギルドを出ていった。それで喧嘩は終わりとばかりにギャラリーも去って行く。
「あっ!? あいつ逃げやがった!」
オーゼンが去った後、俺は逃げられたことに気が付いた。今度会ったら、どうしてくれようか。まあ、今はコカトリス討伐の方が優先だ。丁度オーゼンがいてくれて助かったのは事実だから、今日は見逃してやろう。




