街道を外れて Ⅱ
― 1 ―
タニアの家の奥の部屋。まあ、こじんまりとした部屋だ。特に何があるわけでもない。半分物置みたいな状態になっている。でも、雨を凌げるので、文句は言えない。むしろありがたい。
「えっと、ランプはどこだ……? って、この部屋にはランプがないのか……」
もうすぐ陽が沈む時間、いわゆる黄昏時というやつだ。窓から入る光だけでは薄暗い。部屋のランプを探してはみたが、見当たらない。
俺は自前のランプを出すと、火打石で明かりを灯す。とりあえず、光源は確保できた。
床に荷物を置いて、俺は床に腰を下ろすとティアの方を見つめた。
「なあ、急にどうしたんだ? ティアだって腹は減ってるだろ?」
正直言って、先ほどのティアの言動には不満があった。最近騙され続けて、警戒をしているのは分かるが、この村は俺の都合で寄っただけだ。
教会やテンプルナイツが、この村に網を張っているなんて考えられることじゃない。普通に考えて、真直ぐバルマスクに向かうからだ。
「お腹は減っている。だけど、タニアが用意した食事を食べたいとは思わない」
ティアの言い分は更に辛辣なものになっている。
「一体何が気に入らない? タニアが気に入らないのか?」
雨宿りさせてもらっているだけだが、それでもタニアは恩人だ。失礼な態度で返していい道理はない。
「タニアが気に入らないんじゃない。準備している料理を食べようとは思わないだけ」
どういうことだ? だとすると、タニアにヤキモチを焼いて、料理を食べないとかではないのか。
「タニアが嫌いとかじゃないんだな?」
念のためにもう一度聞いてみる。
「タニアを嫌う理由がない」
ティアは即答した。確かに、ヤキモチを焼いているのでもないかぎり、タニアを嫌う理由は思い当たらないな。
「じゃあ、あれなんだな。タニアのことが嫌いなんじゃなくて、タニアが作った料理が嫌いなんだな?」
「そういうことになる」
う~ん、よく分からないが、兎に角、ティアはタニアが作った料理を食べたくないらしい。何か嫌いな物でもあったのだろうか?
「だったら、俺だけでも食べていいか?」
「それもダメ!」
「なんでだよ?」
「あれは食べる物じゃない」
ティアはかなり強めに言ってきた。半分はドラゴンだから、人間の食べ物とは違うところがあるのか? 犬や猫が玉ネギを食べられないのと同じように、人間が食べても大丈夫な物でも、ドラゴンが食べたら毒になるような物があるとか。それで、ティアは俺にも食べたらダメだと言ってきたと。それなら辻褄が合う。
「分かったよ……。ティアがそこまで言うなら、食べない」
俺は諦観しながら言った。食料を確保しに来たんだから、夕飯を断る理由なんてないんだけどな。一体何を食べることができないのか。その辺りのことは日を改めてちゃんと聞きだそう。
流石に今日は疲れている。雨に打たれて走ったからな。
「アイク……」
「なんだよ?」
「干し肉が食べたい……」
「お前なぁ……」
いや、待て、怒るのはまだだ。単純にドラゴンが食べることができない食材があったとしたら、ここで怒るのは理不尽というもの。
「お腹は減っている」
「分かったよ……。ほらよ、貴重な干し肉だ。味わって喰えよ」
俺はティアに干し肉を渡してやりつつ、俺の分も取って齧る。
ティアも美味しそうに干し肉を食べている。半分はドラゴンだから、やっぱりこういう肉類が好きなんだな。
逆に食べられない物ってなんだろう。それは、明日聞くか。これからの旅で、ティアが食べたらダメな物を把握しておいた方がいい。
知らずにスープなんかに入ってたら、腹を壊すことだってある。
キシル村で食料を売ってもらおうと思っていたんだが、どうやらキシル村で採れる物の中には、ティアが食べられない物がありそうだ。
肉類がダメっていうことはないだろうから、保存用の肉を売ってもらおう。
「さてと、今日はもう遅いし、雨も降ってるからな。早いけど、もう寝てしまうか」
俺は干し肉を食べ終えると、ティアに声をかけた。窓の外を見ると、雨の勢いは全く衰えてはいない。タニアが雨宿りをさせてくれて本当に助かった。
「うん。そうする」
ティアも納得のようだ。特に機嫌を損ねている様子はない。タニアのことが嫌いではないのだから、機嫌が悪くなる理由もないか。その辺りは、俺もよく分かってはいないけど。
思えば、ティアと出会ってからそれほど時間が経っているわけではない。ティアのことをはまだまだ知らないことだらけだ。
ティアの好きな物は色々と分かってきたところがあるが、逆に嫌いな物は分からない。ティアは走ることは結構得意だということは今日分かった。魔法だけかと思ったらそうでもなさそうだ。
ただ、その魔法の力……。万全の状態の魔王竜の力がどれほどのものなのか。いずれその力を目にすることがあるのだろうか。
俺はそんなことを考えながら目を閉じた。
― 2 ―
「アイク……。アイク、起きて……。アイク」
「ん……?」
いつの間にか眠りについていた俺を、ティアがゆさゆさと揺さぶっている。
眠い眼で周りを見渡すが真っ暗だ。雨の勢いが弱くなっているところからすると、数時間は寝ていたのだろう。
「アイク、起きて」
「起きてる……」
俺はまだ半分寝ぼけながらもゆっくりと体を起こした。
「様子が変……」
「様子が変……?」
ティアの言葉をオウム返しに聞き返した。そして、周りの様子を見渡す。真っ暗な部屋があるだけだ。
魔王竜の魂と結ばれた影響だろうか、以前に比べて夜目が効くようになっている。それでも、暗いものは暗いのだが。
俺は近くに置いてあるランプを探しだし、火打石で明かりを灯した。
ランプの淡い暖色の光が部屋を照らす。ボロボロのカビ臭い部屋だ。壁の一部は腐って崩れ落ち、床にも穴が開いている。辛うじて屋根だけは原型を留めているが、それ以外は廃墟同然……ッ!?
「なんだこれッ!?」
俺は慌てて起き上がった。元からこじんまりとした部屋だったけど、ここまで廃れてはいなかった。どう見ても、無人になってから数十年は経過しているであろう廃墟具合だ。
「分からない……。ただ、私達はずっとここにいたはず……」
「そうだよな……。寝てたからって、移動させられたら分かるよな……。それに……、かなり崩れてはいるけど、部屋の面影がある……」
俺は改めて、部屋の中を見渡した。部屋の広さや、扉と窓の位置は同じ。別の場所に移動したとは思えない。
「アイク……、外を見て……」
「外?」
俺は言われるがままに窓から外の景色を見た。
まだ雨は降っているため、月明かりはない。だけど、夜目が効くようになっている分、ある程度は見渡すことができる。
「人か……? 何でこんな時間に……。それも結構いるみたいだな……。雨も降ってるのに、なんで……?」
見えたのは人影。しかも、一人や二人ではない。流石に暗いから、正確な人数までは分からないが、相当な人数がウロウロしているように見えた。
「どうする? 出てみる?」
ティアが俺の顔を覗き込んで訊いてきた。この状況に怯えている様子はない。単に状況を確認しておきたいということだろう。
「だな。こんな夜中に、ウロウロしている理由が分からない。それに、タニアのことも気になる。ここの部屋がこんな有様だ、隣も同じ様なことになってると思う。確認しておこう」
「うん。そうした方が良い」
ティアの返事を聞いてから、俺はランプを片手に、部屋の扉に手をかけた。半開きになっている扉を押すと、木が軋み音を鳴らしながらゆっくりと開いていく。
「なんだ、この異臭はッツ!?」
隣の部屋に入った途端、俺の鼻を強烈な異臭が襲ってきた。腐った肉と排泄物を混ぜたような臭い。息を吸うのも苦しくなるほどの異臭だ。
「タニアの料理の臭い」
「は!? タニアの料理!?」
俺は思わず聞き返した。タニアの料理の臭いが、こんな異臭を放つのか?
「タニアの料理の臭いだけど……。アイクは食べようとしていたのに、どうしたの?」
「そんなわけないだろ!? こんな臭いしてなかったぞ!?」
「ここまで、強い臭いじゃなかったけど、確かにこの臭いがした。だから、私は食べたくなかった」
「まじかよ……!?」
これだけの異臭がしていたら分かるはずなんだが、何故か俺は気が付かなかった。その理由は分からない。だけど、ティアにはこの臭いが分かったんだ。その辺りはドラゴンとしての特性か。普段から、匂いには敏感な方だから気が付いたってことだな。
この部屋にタニアの姿は見当たらない。それどころか、俺達がいた部屋と同じ様に、ボロボロの廃墟のようになっている。煉瓦の壁は崩れ、屋根は崩落している。
俺は手で鼻と口を覆いながら、台所に足を運んだ。タニアが何を作ろうとしていたのか、それを確かめるために。
ランプの明かりに照らされた台所。釜戸と鍋がある。放置されてからどれくらいたつのだろうか、埃塗れの台所にある、鍋の中身をランプで照らしてみた。
「うッ……!?」
俺は思わず顔を逸らした。鍋の中に入っているのは、何かの動物の死骸と排泄物。それが原型を留めつつも、ぐちゃぐちゃに腐敗している。異臭の正体は明らかにこれだ。
「出よう……」
胃の中からこみ上げて来る吐気を我慢しながら、俺はティアを外に誘導する。
食べなくて良かった。本当に助かった。
「うん……」
ティアもこの臭いには耐えらそうにない様子だ。俺より鼻が利くんだったら、なおさら辛いだろう。
俺とティアは逃げるようにしてタニアの家から出た、丁度その時だった。
「ガァウァァァアーーーー」
呻き声と共に男が俺に向かって襲い掛かってきた。




