野営
ハルタートの街での買い物は主に保存食の買い足し。その他のティアの服の補強のための布やら糸を買ったりして、残りの手持ち金は1,500G弱。
必要な物だけを揃えたら、ハルタートの街には用がない。俺とティアを罠にかけた奴がいたくらいだ。こんな所とは、とっととおさらばするに限る。
そうして、再び街道を歩きだしてから3日後の夜。近くを流れる川をキャンプ地として、野宿をしていた。
「これ、もう食べられる?」
ティアは興味津々に枝に刺さった魚を見ている。焚火の周りに串刺しの魚が6匹。枯れ木がパチパチと音を鳴らしながら火の粉を飛ばす。
俺達は、街道に架けられた橋を降りて、少し上流に行った河原で焚火をしている。陽が沈む前に、魚だけは確保しておいたので、今はじっくりと火を通しているところだ。
「もう少しだ。まだ半分生焼けだぞ」
魚をじっと見つめるティアを宥めるように言った。俺は子供の頃から山で遊んでいたから、川で魚を採ることも得意だ。体で影を作ってやれば、魚は隠れられる場所だと勘違いして入って来る。魚からしてみれば、天敵は鳥だから、影がある場所が安全だと思うんだろうな。
そこを狙って手掴み。これくらいのことなら、魔王竜の力なんて必要はない。俺の得意分野だ。子供の頃はこうやって、よく川魚を取って食べたものだ。
「そうなのか……。奥が深い……」
深くも何ともない。片面しか焼けてないのは見て分かるだろ。俺はそう思いつつも、ティアの気持ちはよく理解できた。
俺も子供の頃は早く魚を食べたくて、生焼けの状態で口にしたものだ。そういう失敗を繰り返して、色んなことを学んだと思う。そういう意味では、奥が深いかもしれない。
「魚っていうのはな、遠火でじっくり焼くのが美味いんだよ。だから、焦りは禁物だ」
「なるほど……。奥が深い……」
ティアは何やら難しい顔をしながら魚を見ている。お前は魚焼きの道でも究めるつもりか?
「見てても火の通りは変わらないぞ」
不思議なもので、魚が焼けるのをじっと見て待っていると、なかなか焼けないのだが、別のことをしていたら、何時の間にか火が通り過ぎていたなんてことがよくある。焼いている時間は同じなのに、全然感覚が違ってくるから面白い。
「うぅ……。それは分かってる……」
ティアは辛抱堪らんといった顔。たしかに、川魚特有の焼ける匂いというのも食欲をそそるものだ。
「まあ、もう少しで焼けるから待ってろ。それより、この先のことだ」
俺は焚火の傍で地図を広げた。夜なので見えにくいが、焚火の光量で問題はない。
「このまま南に行くんでしょ?」
ティアも地図の方を見てきた。
「ああ、そうなんだが、寄る所がある」
「寄る所?」
「このまま真直ぐ南に行くと、バルマスクっていう街がある。バルマスクはエルン地方最大の都市でな。交易路の中心になっている街だ。あと5日もすれば到着できる距離にある」
俺は地図を指さしながら説明してやった。バルマスクは交易で栄えている都市だ。王都マイセンに次、ファリス王国第二の都市といっていい。別名交易の街。そう呼ばれるくらいに交易が盛んだ。
バルマスクに集まってきた品物は、大半が王都マイセンへと運ばれる。いわば、地方と王都マイセンとの中継地点がバルマスクだ。バルマスクの商人たちは、中間マージンを取って利益を上げている。
「エルン地方に入れば、そこから国境を超えて、ファリス王国から出れる……って、アイクが言ってた」
ティアが言うように、エルン地方は交易路だ。バルマスクから国境までの街道も伸びている。かなり壮大な距離があるが。
「その予定なんだがな……。さっきも言った通り、バルマスクまでは5日かかる。その間の食料が心もとない。だから、途中でキシルという村に寄ることにする」
俺は地図を指さしながら説明を加えた。キシル村は、ハルタートの街からバルマスクに伸びる街道から一旦逸れないといけない。と言っても大きく逸れるわけではない。
キシルからバルマスクに出稼ぎに行く人も多いくらいだから、寄り道をしてもそこまで大きなロスにはならない。
もし、ハルタートでもっと金を稼ぐことができていたら、食料の心配はなかったんだが。今更愚痴を溢しても仕方がない。一応、手元には1,500G弱残している。それで、バルマスクまでの食料を確保する。
「バルマスクに着いたら、また仕事を探す?」
「そうなるな。バルマスクは大きな街だから、冒険者ギルドも大きい。仕事ならいくらでもある。ランクの高い仕事も山ほどあるからな。金を稼ぐなら、バルマスクはうってつけの街だ」
バルマスクという街の特性として、各地方から人が集まって来る。そのため、冒険者ギルドにも色々な仕事が入ってくる。一番多いのは、交易路に現れたモンスターやら野盗やらの討伐だ。
交易の街として栄えている分、その交易路の安全はバルマスクにとって最優先事項になる。当然、野盗も交易路だということを知っているから、行商中の商人を狙うことは多々ある。護衛の仕事が多いのもバルマスクの冒険者ギルドの特色だろう。
「ねえ、アイク」
「なんだ?」
「魚、もう食べれる?」
ティアが焚火に焼かれる魚を見つめる。どうやら話をしている内に焼き上がったようだ。
「ああ、もう焼けてるから食えるぞ」
俺は焼けた魚を一つ取ってティアに渡してやった。
「ありがとう……。これ、どうやって食べたらいい?」
焼き魚を渡されたティアが困惑した顔をしていた。豚の串焼きと違い、そのまま食べるわけにはいかないということは、予想ができたようだ。
「頭と鰭と骨以外は食べれる。とりあえず、触って硬いところ以外だ」
俺は別の焼き魚を手に取ると、背中の部分を齧って見せた。淡白な魚の味だが、焼いた香ばしさが美味い。
「うん! 美味しい!」
ティアもパクッと一口齧っている。流石に、食べ物というものに慣れてきたのだろう。以前ほど大きなリアクションはない。
「魚は焼きたてが美味いからな」
海の魚も美味いが、川の魚にも魅力がある。特に身の香は川魚特有のいい匂いがする。
「アイク……」
「なんだ?」
ティアは食べる手を止めて俺の方を見てきた。
「そこに……座ってみたい……」
ティアは胡坐をかいている俺の膝元を指さしてきた。
「ん!? ここに!?」
急にティアが言いだしたことに、俺は若干の驚きを隠せなかった。いきなり、俺の膝に座りたいと言われたら、動揺もするだろう。
「うん……。そこ……」
「ど、どうして……?」
「分からない……。急にアイクの膝の上に座りたくなった……」
ティアも理由は分かっていないらしい。衝動的なものなのだろうか。
「まあ……。別に構わないぞ……」
どう反応していいか分からないが、拒否することでもない。俺は手をどけて膝の上のスペースを空けてやる。
「うん……」
ティアはゆっくりと俺に近づき、膝の上に腰を下ろした。
俺の膝に乗っかったティアはやっぱり軽い。小柄だからこんなものなのだろう。ただ、やっぱり恥ずかしい。ティアの髪の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
ティアは手にした焼き魚を食べようともせず固まっていた。どういう心境なのだろうか。300年間、ずっと人との交流がなかったから、人肌というものに触れてみたいという好奇心だろうか。それとも、孤独に耐えてきた心を満たすための行為だろうか。
そんなことを考えていると、突然、ティアがガバッと立ち上がった。
「ど、どうしたんだ……?」
俺はティアの行動の意味が分からず、声をかける。
「…………」
ティアは何も言わずにスタスタと元居た場所に戻って腰を下ろす。
「おい、ティア……。どうしたって――」
「分からない……」
俺の言葉に被せるようにティアが言って来た。どこか切羽詰まった感じがする声だ。
「分からない?」
「アイクの膝の上に座りたいって思った……。なんでそう思ったのかは分からない。だけど、座りたかったから座った……。でも、アイクの膝の上に座った途端、鼓動が早くなった。痛いくらい早くなって、顔が熱くなった……。耐えられなくなって、戻って来た……」
要するに恥ずかしかったってことか? 自分の衝動に従って素直に行動した結果、予想もしていなかった恥ずかしさが襲ってきて、堪らず元の場所に戻ったってところだろう。
ただ、恥ずかしいっていう気持ちがまだ理解できていないのかもしれない。だから、自分がどうして、こういう状態になったのか分かっていないんだ。
「そうか……。また、俺の膝の上に座りたくなったら言ってくれ」
俺もどう答えたらいいものか分からない。ティアは俯いたまま、魚を食べている。
「うん……」
ティアは目線を合わさずに返事をした。まるで逃げるように魚へと集中している。
「他の魚も焼けてるから、喰えるぞ」
何か気の利いたことを言えればいいのだが、結局思いつかず、食事のことでお茶を濁す。
「うん……」
ティアは生返事をするだけ。別に怒っているわけじゃないから、いいのだけど。どうも空気が気まずい。
でも、これは良い兆候だろうと思う。何も感じずに過ごしてきた300年間に比べたら、こんな些細なことでも、ティアの感情が豊かになるきっかけになれば良いと思う。
俺がそのきっかけになれるなら、それは嬉しいことだ。
焚火の色なのかどうかは分からないが、赤くなっているティアの顔を見ながら、俺はそんなことを思っていた。




