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黒豹

俺は教会に向かって疾走した。ティアを預けてからどれくらいの時間が経っただろうか。陽が沈む直前だったので、そこまで長い時間預けていたわけではないはずだ。


それでも、ティアを連れ去るには十分な時間はある。既にどこかに連れて行かれていたとしたら、完全に手詰まりだ。


いや、手掛かりはある。テンプルナイツに引き渡されるはずだ。そして、連れて行かれる場所は、ロンドワースの森の奥にあるという古い建物。


ただ、俺はその古い建物の場所を知らない。闇雲に探しても時間を浪費するだけ。その間に、ティアが生贄にされてしまう恐れがある。


「やっぱり、今すぐ助け出さないと!」


予測できることは最悪のことばかり。どう考えても、どこかに連れて行かれていたら、かなり不味い状況になる。


俺は我武者羅に走った。夜中ということもあって、人通りが少ないことが幸いして、思ったより早く教会の前に間で辿りつくことができた。


そこには――


「おい、何をやってる!」


教会の前庭で、大きな木箱を台車に乗せようとしているオーゼンの姿があった。


「な、何って……? 教会の手伝いさ。見て分かるだろ?」


オーゼンは木箱を台車に乗せると、軽い口調で言って来た。だが、一瞬だけ言葉が上ずっていた。


「こんな時間に教会の手伝いか?」


「こんな時間でも教会の手伝いはあるんだよ。それより、坊主の方こそどうした? シャドウビーストが現れる時間だぞ。こんな所で油を売ってたら、また人が襲われるぞ!」


オーゼンの言っていることは特に矛盾点はない。だが、俺をこの場所から離したいという気持ちが滲み出ている。


「その木箱の中身、見せてくれないか?」


俺は台車に歩み寄りながら言った。


「ダメだ!」


オーゼンがすぐさま拒否してきた。理由も聞かないのか。


「どうして?」


「教会の手伝いだって言っただろ! 木箱の中身を誰とも分からない奴が空けていいとでも思ってんのか!」


「中身を見るだけだ。何も教会の物を盗ろうなって思っちゃいないさ。それとも見られたら困る物でも入ってるのか?」


「その手の脅しは通用しねえぜ! 守秘義務ってのがあってな。お前にどんな理由があろうが、こちとら、仕事の中身を見せるわけはいかない。たとえ、中身がただの小麦だとしてもな!」


やっぱり、この程度の揺さぶりではびくともしないか。


「そうか、それなら木箱の中身はいい。その代わりと言ったらなんだが、俺の連れの子。今から俺と一緒に会いに行ってくれないか?」


これでティアがいなかったら、オーゼンはどうするか。


「はぁ? お前の連れの子は、教会にいるんだから、勝手に会えばいいだろ?」


そもそも、この話に乗ってはこないか。


「折角、こうして出会えたんだ。オーゼン、あんたも会ってやってくれよ」


「残念だが、そんな時間はない。俺は仕事の最中だ。これ以上、お前に構ってる暇はない」


オーゼンは、そう言い放つと台車に手をかけて教会を出ようとした。


(どうする? 無理矢理にでも木箱を壊して中身を見るか……?)


ここで、俺に迷いが生じた。本当にティアが木箱の中にいるとは限らない。もし、ティアが木箱に閉じ込められているとしたら、何らかの抵抗をしたはずだ……。だけど、木箱は綺麗なままだ。それにティアが抵抗したとすれば、木箱どころの話ではない。魔法で教会ごと吹き飛んでいてもおかしくはない……。


俺はここで、ふと疑問を感じた。


オーゼンがティアを木箱に閉じ込めていると仮定して、ティアが抵抗しない理由があるのか。魔法は1~2回ほどは使えると言っていた。ただ、威力が強すぎるから俺が――


「ティア! 魔法を使っても構わない! 手加減して、その木箱だけを壊せ!」


ヒュンッ!


俺が声を上げた途端、木箱から何かが飛び出きた。見えた物をそのまま言うと、光の刃だ。三日月のような光が、風を切って飛び出してきた。木箱の半分は、それで吹き飛ぶ。


そして、破壊された木箱の中から出て来たのはティアリーズ。魔王竜ティアリーズだ。


「ティア、無事か!?」


「大丈夫、問題ない」


俺が慌ててるとのは対照的に、ティアは平然と答えてきた。


「さてと、これはどういうことか説明してもらえるか?」


俺はオーゼンを睨んだ。ティアが抵抗しなかった理由は至極単純なものだ。俺が、『魔法はまだ使うな!』と言ったから。ティアはそれを律義に守っているに過ぎない。


「言っただろ、俺は別の仕事の最中だって……。ただ、その仕事も上手く行ってるってわけじゃねえ……。まさか、眠り薬が効いてなかったとは思わなかったぜ……」


オーゼンは頭を掻きながら愚痴を溢した。こいつ、ティアに眠り薬を盛ってやがったのか。ただ、ティアには効いていないとういうこと。やはり、魔王竜にそんな陳腐な薬は効かないということだろう。


「残念だったな! 雇い主は教会か? テンプルナイツか?」


「依頼主のことを言うとでも思うか? これでも一流で通ってるんだ。舐めてもらっては困るぜ」


「だろうな……。でも、力づくで聞いてやってもいいんだぞ?」


俺は軽く脅しを入れる。オーゼンがどこまで俺のことを聞いているかによって、この脅しが効くか効かないかが変わってくる。


「坊主が俺に力づくだ? ハハハッ! 面白いこと言うじゃねえか! シャドウビーストも倒したことがない素人がよ!」


俺のことはほとんど聞いてないみたいだな。


「やっぱり、あれはお前が俺の嘘に合わせただけか」


「当たり前だろ。シャドウビースを討伐するにはな、光が最も重要なんだよ! お前も言ってただろ、闇の中を移動するって。逆に言えば、光で囲んでしまえば、シャドウビースはどこにも逃げられない。だから、追い込んで、光の檻に閉じ込めるんだよ! 焚火を使えないなんて言ってる奴には絶対に倒せない相手だ!」


オーゼンがゲラゲラと笑いながら言う。くそ、腹が立つな。


「ティア、下がってろ。こいつは俺が倒す」


俺は横目でティアを見ながら言った。ティアはコクリと頷いて、その場を離れる。


「おっと、坊主。勘違いしてもらっては困る。俺はここで手を引くつもりだ。お前にバレたんだからな。無駄な争いはしない。だが、雇い主まで教えるつもりはない。これで手打ちだ。それでいいだろ?」


オーゼンは両手を軽く上げて、戦う意思がないことを示してきた。俺としても、騒ぎを大きくされたくはない。これで手打ちというのであれば、譲歩するしかないか……。


「いいだろう。ただし、お前がこの場から去れ! それを見届けるまで信用できない」


「それくらいなら、お安い御用だ。ただ、この木箱だけは片付けさせてくれ。俺は教会に顔が利くのは本当なんだ。散らかして帰るわけにはいかないだろ?」


オーゼンはティアが壊した木箱を見ながら言ってきた。


「早くしろ! 長くは待て――」


その時、俺の背後から冷たい何かを感じた。それは刺すような感覚だ。その感覚の正体は分からない。だけど、俺の中でけたたましく警笛が鳴っている。


俺は咄嗟に後ろを振り向いた。


まず見えたのはナイフだ。薄汚れた黄色い液体が付いたナイフ。そして、それを手にしている男。どこかで見たことがある男だ。そう、こいつはハルタート自治会の男だ。


俺は反射的に、自治会の男の手首を掴み、捻り上げる。同時に握力で男の手首を握りつぶす。


「ぐがぁぁぁぁあーーー!!!」


ハルタート自治会の男は悲鳴を上げるが、俺は構わず腹部に拳をめり込ませた。その一撃で、泡を吹いて倒れる。


「詰めが甘いんだよ!」


不意にオーゼンの声が聞こえた。


俺がハルタート自治会の男に手を取られている隙に、オーゼンがハンドアクスを振り下ろしてきた。全く音も出さず、一気に飛び込んできている。


黒豹の異名を持つだけのことはある。獲物に襲い掛かるその速度は尋常ではない。意識を別のことに取られているうちに、この奇襲を喰らったらひとたまりもないだろう。


「相手が普通だったらな」


俺は振り下ろされたハンドアクスの刃を片手で受け止める。


「なッ!?」


流石のオーゼンもこれには驚いているようだ。素手でハンドアクスを受け止める奴なんて、想定して戦ってるわけがないしな。


だが、オーゼンはこれで諦めない。もう一本のハンドアクスを手に、俺の顔面を狙って振って来た。


「無駄だ」


これも俺は片手で受け止める。


「おいおい、聞いてねえぞこんなの……」


オーゼンの額から冷や汗が出ているのが見える。だが、戦意喪失というわけではなさそうだ。まだ打開策考えている。そんな顔をしている。そこは、場数を踏んでいる経験からだろう。素直に認めるところだ。


「俺は確かにシャドウビーストを倒した経験はないけどな。討伐依頼に名乗りを上げてるんだぞ? そこはハッタリじゃねえんだよ」


俺はオーゼンを睨みながら言った。


オーゼンは何とかハンドアクスを引き剥がそうとするが、俺が掴んでいる以上、オーゼンの力ではどうにもできない。


「こんな奴いるなんて思わねえだろ……。分かった……。降参だ……。坊主は強い……」


オーゼンはハンドアクスから手を離し、両手を上げて降参のポーズを――


「死ねやッ!」


オーゼンは、降参のポーズを取るフリをして、背中に仕込んでいたナイフを振り下ろしてきた。


俺はそれを一歩下がって回避する。目の前を鋭い刃が通り過ぎた。


だが、オーゼンはこれくらいでは諦めない。


俺と密着するようにして、オーゼンが距離を詰めてきた。ここまでの至近距離となると、ハンドアクスよりナイフの方が有利だ。オーゼンはそれを理解して、体ごと俺にナイフを突きつけてきた。


俺はハンドアクスを手放し、腹部へと向けられたナイフを握る。そして、空いている方の手で、オーゼンの側腹部を殴打した。


「がはァッ!?」


俺の拳には、オーゼンのあばら骨をへし折った感触が伝わって来る。当のオーゼンは、この一撃で悶絶しながら膝を付いていた。


最早ナイフを持つこともできず、オーゼンは脇腹を抑えて涎を垂れ流している状態だ。


俺はそんなオーゼンの頭を鷲掴みにした。


「ぐあッ!?」


少し力を入れただけで、オーゼンが悲鳴に似た声を上げた。


「さてと、オーゼン。俺は依頼主が誰なのか気になってるんだが……。誰か親切に教えてくれる人はいないのだろうか?」


「お、教える! 教える! テンプルナイツだ、テンプルナイツ! ケインとかいう嫌味な顔の野郎だ!」


オーゼンはあっさりと白状した。


まあ、依頼主は予想の範囲内の名前だ。あと気になることは……。


「俺たちのことはどこまで聞いてる?」


これだろう。ティアが魔王竜だということまで、こいつは知っているのだろうか。


「ま、魔王……。魔王信奉者のアルベルト・エンバーラストと……、悪魔の子が一人とだけ……。依頼内容は、その悪魔の子だけを連れて来いって……」


流石に魔王竜のことは言わないか。あくまで俺を魔王信奉者として追いかけて来るつもりだ。ブルームでテンプルナイツに襲われた時と違って、冒険者を暗躍させているところからすると、大きな街で目立つ行動は取りたくないということか。


「で、どうして俺達が冒険者ギルドに来るって思った?」


「ケインっていうテンプルナイツからの情報だ……。冒険者稼業をやっていて、金に困ってる可能性があるって……。多少腕に覚えもあるみたいな話を聞いたから、シャドウビーストを餌にしたってわけだ……」


「なるほどな……」


「な、なあ……。坊主の知りたいことはしゃべったんだ……。頼む、見逃してくれ……。俺には金が必要だったんだ……。俺が教会と顔見知りなのはな、教会に寄付をしてるからなんだ……。教会は、貧しくて捨てられた子供――ぐあああ、痛てええ、や、止めてくれぇぇぇ」


オーゼンの話が終わる前に俺は、鷲掴みにしているオーゼンの頭に力を入れた。


「今更、誰がその話信じるよ?」


俺は少し力を緩めて言った。散々騙されてきたんだ。この期に及んで、貧しい子供たちのために汚い仕事でも引き受けましたと、よく言えたものだ。


「わ、悪かった……。そ、それじゃあ、これで勘弁してくれ……」


そう言ってオーゼンが差し出してきたのは青い宝石だ。そこそこの大きさがある。


「……サファイアか?」


「そ、そうだ。サファイアだ! 女にやるつもりで持ってた物だが、お前にやる。これを売れば、シャドウビーストの報酬どころじゃない! 軽く3~40,000Gはする宝石だ! そらくらいは分かるだろ? な?」


オーゼンは必死に命乞をしてくる。あの黒豹と言われたオーゼンがこの様だ。何というか、ここまでくると哀れに見えて来る。


「……これだけじゃ駄目だ。二度と俺達に近づかないと誓え! この誓いを破ったら、どうなるか分かってるな?」


「ち、誓う! 絶対に誓いを守る!」


俺はオーゼンから宝石を取ると、開放してやった。


「本当に悪かった! この恩は忘れねえ」


オーゼンはそう言い残すと、這う這うの体で逃げて行った。グルだったハルタート自治体の男を残したままで。







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