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影の獣

      ― 1 ―




俺とティアは、しばらくしてからハルタートの街にあるユリエス教会にやってきた。金がないので、特に準備はなし。ただ、できるだけ教会にいる時間は短くしたいので、夕方まで時間を潰してからにした。


ハルートのユリエス教会はごく一般的な物だろう。そこそこ広い前庭と尖がり屋根の建物。煉瓦造りの壁にはユリエス教会の十字が刻まれている。


「緊張する必要はない。兎に角、怪しまれないように大人しくしていれば大丈夫だ……」


ユリエス教会の扉の前。俺はティアに声をかけた。


「分かってる……。アイクも早く終わらせてきて……」


「それこそ、心配するな。シャドウビーストくらい、すぐに片づけてやるさ」


俺はティアに微笑んで返すと、扉の横に付けられて小さなベルを鳴らした。


錆びた金属の音が鳴ると、すぐに教会のシスターが出て来た。


「お待たせしました。どちら様でしょうか?」


出て来たのは、赤茶けた髪とそばかすの若いシスターだ。俺より年は下だろう。小柄で線も細い。黒い修道服の胸元にはロザリオがある。


「オーゼンの紹介で来た。この子を少しの間だけ預かってもらいたい……」


俺はティアの方に手を差し出して話をした。若いシスター相手だが、教会から逃げている身としては、どうしても身構えてしまう。


「ああ、この子がオーゼン様が仰っていた方ですね。はい、聞いております。どうぞ中へ」


シスターは笑顔で返事をした。こちらが身構えていることなど微塵も感じてはいないようだ。


「あっ、それとだな……。オーゼンから聞いてるとは思うけど……。この子は極度の人見知りで。できるだけ、そっとしておいてやってほしい。フードと外套も被ったままでないと落ち着かないんだ……」


「はい。それも聞いております。オーゼン様直々の頼みですので、個室に泊まってもらうことになっています。って、言いましても、物置に使ってる部屋なんですけどね……」


シスターが少し苦笑いをしながら言う。


「いや、物置で十分だ。個室を用意してくれただけでもありがたい」


こちらにとっては好都合。物置なら人との接触を避けるには持って来いだ。


「すべては女神ユリエスのお導きです――では、こちらへどうぞ……えっと、お名前は何と仰いますか?」


「ティ――」


「ナンシーだ」


ティアが本名を名乗ろうとしたところで、俺が咄嗟に割り込だ。このシスターは無害だとしても、教会にティアリーズの名前を教えるのは不味い。魔王竜ティアリーズを知っているわけはないと思うが、念のために偽名で通す。


「ナンシーさんですか。可愛い名前ですね。では、ナンシーさん、行きましょうか」


シスターはティアに微笑んで教会の中へと招き入れる。


「ナンシー。できるだけ、早く迎えに来るからな……」


「…………」


ティアは察したようで、無言のままコクリと頷いた。




      - 2 -




俺は教会にティアを預けてから、ハルタートの街の外れまで行った。ハルタート自治会の男の話では、昨晩、この辺りにシャドウビーストが出たという報告を受けたらしい。


被害者は行商人の男。行商人仲間と酒を飲んだ帰りに襲われたということだ。運良く生き残った仲間の行商人が、すぐに自治会へ連絡。冒険者ギルドにシャドウビースト討伐の依頼が出されたという経過だ。


もう日は完全に落ちている。酒場はまだ盛り上がっている時間だから、街外れでないと建物の明かりが邪魔でシャドウビーストが現れない。


この人気のない場所は、まさにシャドウビーストが現れる絶好のスポットだろう。


「さてと……。来てみたはいいが、神出鬼没の相手を待つのも難しいな……」


昨日、この場所でシャドウビーストが狩りをしたということは、ここを狩場として認識している可能性が高い。というのは、自治会の男からの情報。


俺はシャドウビーストのことに詳しいということになっているが、実際はほとんど知識がない。だから、もしかしたら知らないことがあるかもしれないと、言い訳をしてから教えてもらった。


「本当に人気のない場所だな……」


冷たい夜風が俺の頬を撫でる。聞こえてくるのは、風が草を揺らす音だけ。人どころか鳥の鳴き声さえしない。シャドウビーストの気配を感じ取って逃げているのだろうか。


「この力があれば、シャドウビーストくらい、なんてことはない……」


俺は不安になる気持ちを抑えるように声を漏らした。


テンプルナイツの一団を素手で殴り倒せる力だ。あの時は、負けるなんて微塵も感じていなかった。


この力があれば、シャドウビーストよりも凶悪なモンスターだって倒せるかもしれない。ただ、シャドウビースト以上のモンスターとなると、山や森、洞窟の奥などの秘境に行かないと出会えない。


被害者が出ているから不謹慎かもしれないが、街中にも現れるシャドウビーストが出現したことは、本当に都合が良かった。まさに渡りに船だ。


「少しでも早くギルドに着いてたら、別の依頼を受けてたかもな……」


俺はタイミングの良さに感謝をしながら呟いた。もしかしたら、今頃もっと安い依頼を受けて、森の中を歩いていたかもしれない。


本当に俺達にとって都合が……。都合が……良い……。良すぎないか……?


俺は唐突に引っかかるものを感じた。


俺とティアが冒険者ギルドに来たタイミングで、シャドウビースト討伐の依頼が来た。滅多に現れることがないシャドウビーストの依頼だ。


当然、討伐依頼を受けようなんて奴はいない。ハルタートの冒険者ギルドはそこまで大きなギルドじゃない。他の依頼が安いものばかりであるように、シャドウビーストを倒せるレベルの冒険者は高額の依頼を求めて他の街に拠点を変える。


偶然、俺達が来たタイミングで、偶然、滅多に現れないシャドウビーストが現れ、偶然、レベルの合わない冒険者ギルドに依頼が来た。


偶然、偶然、偶然。


そして、偶然、黒豹オーゼンがいた。シャドウビーストを倒すことができるレベルの冒険者が……。


「ッ!?」


俺は急激な悪寒に襲われた。なんだこの違和感は。いや、考え過ぎか? たまたま偶然が重なっただけか? 不用意な憶測で物事を判断するべきじゃない。もっと、今までのことを整理するんだ。


俺はシャドウビースト討伐の依頼を受けると名乗りを上げたが、自治会の男は難色を示した。そこに、オーゼンが俺に声をかけてきて、退くように説得してきた。それは、俺が若造だからだ。新米冒険者に見えたから、親切とお節介で言ったことだ。


それに対して、俺はどうしたか。『中途半端な腕では太刀打ちできない』という言葉に、舐められてると思って、シャドウビーストを倒したことがあると嘘をついた。実際に倒せるだけの力があるから、つけた嘘だ。


俺は適当にシャドウビーストに詳しいフリをした。そこにオーゼンがいるなんて知らずに、ハッタリをかましただけだ。だけど、そのハッタリは合っていて、オーゼンが俺にお墨付きを……。合っていたのか……?


俺はティアから聞いた話を言っただけだぞ。基礎中の基礎の話だ。経験者を装うために、焚火の問題を言及したが、そんなの、思い付きで言っただけのことだ。それが、見事に当たってた? 本当に?


待て待て待て……。そうなると、オーゼンの言葉に違和感が出て来る。オーゼンはティアを預かってくれると言った。教会に顔が利くから、教会に預かってもらうと……。


どうしてそこまでしてくれる? 今日、初めて会ったばかりの奴だぞ? お節介にもほどがあるんじゃないのか?


目的は……、俺とティアの分断。ティアを捕えるためには、テンプルナイツの一団を倒せる力を持っている俺が邪魔になる。


俺達は逃亡中の身だ。目立つことはできない。だから、ティアが戦えることを表に出すこと避ける。俺だけがシャドウビーストと戦うことに正当性を持たすことができる。


「クソがぁーッ!」


俺は叫びながら、全力で地面を蹴った。


よくよく考えてみたら上手いものだ。最初に俺がシャドウビースト討伐に名乗りを上げたところで、自治会の男が難色を示す。それに反発する俺をオーゼンが説得する。俺は、オーゼンをお節介な奴だと認識する。


その後に、俺がシャドウビーストを倒したことがあると嘘をついたことに、オーゼンが乗っかってきた。おそらく、嘘をつく必要もなかっただろう。俺がシャドウビーストを倒すという意気込みを見せたら、オーゼンが絶賛してきたはずだ。もしかしたら、オーゼンも手伝ってやるとか言い出したかもしれない。


そして、ティアをどうするのかという質問。俺が返答に困っていると、オーゼンがお節介を焼いてきた。俺の中にはお節介な奴だという認識があるから、不自然には感じない。むしろ、俺を認めてくれたことで、好印象があるから、簡単に信用してしまった。


もし、あの時、俺が『この子は宿で留守番だ』と言っていたらどうなっていたか。それでも、同じだろう。オーゼンがお節介を焼いて、一人じゃ危ないとか言い出すはずだ。逃亡中の俺達が、オーゼンみたいな有名人と一悶着起こして目立つのは嫌だから、提案に乗る可能性は高い。


そうなると、自治会の男もグルだろう。偽のシャドウビーストの情報を出してきたのだから。


このシャドウビーストというのも、上手い選択だと言える。滅多に現れない神出鬼没のモンスターだから、他に目撃情報がなくても不自然じゃない。なかなか現れなくても、そういうモンスターだと分かっている。ずっと待ち続けて朝になる間抜けの出来上がりだ。


くそっ……。まんまと嵌められた……。


「ティア……。無事でいてくれ……」


俺は祈るような思いで駆けて行った。


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