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黒い肌の冒険者

「知恵の宝珠にシャドウビーストの知識があった。それを話しただけ」


ティアはどこか自慢げに、前髪を上げて知恵の宝珠を見せて来る。流石魔王の知識だ。魔物に関しては詳しいようだ。


「なるほど、闇の中から出てくるのか……。確かに厄介だな。8,000Gの報酬も納得だ……」


「どうするの? 私は受けてもいい依頼だと思う」


ティアが俺の方を見ながら言った。どんなモンスターなのかは分かったが、やりにくい相手だ。


「シャドウビーストの依頼は、掲示板に張っておきます。既に被害が出ています。できるだけ、早くに討伐をしてもらいたい。早期討伐には特別報酬として2,000Gを支払います!」


自治会の男は声を上げると、掲示板の方へと歩いてきた。


早期討伐には特別報酬2,000G。俺はその情報に食いついた。討伐報酬と合わせると10000Gだ。これを手に入れれば、旅が楽になる。


「その依頼、俺が受けさせてもらう」


俺は一歩前に出て自治会の男に声をかけた。


「えっ!? 本当です……か?」


自治会の男は俺の顔を見るなり、声のトーンが下がった。どういう訳か、眉間に皺も寄せている。


「本当だ。嘘じゃない。俺がシャドウビーストの討伐を引き受ける」


なぜ、自治会の男が俺を疑っているのかは分からないが、依頼を受けることに嘘はない。


「まあ……、受けてもらうのはいいですが……。他に依頼を受けてもらえる方はいませんかー?」


自治会の男は、またもや声を上げた。


「俺が受けるんだから、それでいいだろ?」


モンスターの討伐は基本的に早い者勝ちだ。先に依頼を受けた人がいても、後から来た者がモンスターを倒せば、倒した人が報酬をもらう。依頼主からすれば、モンスターさえ倒してくれればいいわけだから、問題はない。


横取りは御法度だが、かち合った時に共闘することはよくある。冒険者だって金より命の方が大事だ。


だが、依頼を受ける人がいるのに、わざわざ他の人を募集するのは、いささか依頼者側のマナー違反というもの。


「いや、しかしですね……」


「何がダメなんだ? 他に依頼を受ける奴がいるなら、とっくに名乗りを上げてるだろ? それがないっていうのは、俺以外に受ける奴がいないってことだ。特段問題はないだろ?」


俺は、素直に依頼しない自治会の男に詰め寄った。


「おい、坊主。まだ新米みたいだから、分かってないんだろうけどな。シャドウビーストってのは、かなり手強いぞ。噂くらいは聞いたことがあるだろ? 中途半端な腕で太刀打ちできる相手じゃない。悪いことは言わねえ、ここは退け」


そう俺に声をかけてきたのは、近くにいた冒険者の男だ。30代くらいだろうか。がっしりとした体つきに、黒い肌。所々深い傷がある。腰にはハンドアクスが二本ぶら下がっている。


なるほど、そういうことか。つまり、俺が若いから、自治会の男は不安に思っているということだ。その気持ちは分からなくもない。ただ、舐められたままってのは、気に食わない。それに、こっちも金がいるんでな、一芝居打つことにした。


「忠告はありがたいが、心配は無用だ。俺はシャドウビーストを倒した経験がある」


俺の言葉を聞いた周りの人間が、胡乱気な顔で俺を見て来る。そらそうだ。俺のような若造がシャドウビースト討伐の経験があるって言ってるんだから、信じないだろうな。だが、俺は構わず言葉を続ける。


「シャドウビーストっていうのは、実体化した獣の亡霊だ。それくらいは知ってるだろうが。シャドウビーストの厄介なところは、闇の中を動けるっていうことなんだ。当然、闇の中から奇襲をかけてくるし、闇の中に引きずり込まれることもある。光を嫌うから、シャドウビーストを討伐しようとしたら、必然的に火を焚くわけにもいかない。そこが問題だ」


俺の言葉に、周りの冒険者達がざわつき始めた。ここまで詳しくシャドウビーストのことを知っているとは思っていなかったんだろう。俺もさっきティアから聞いたことをそのまま言ってるだけだから、周りの連中と同じくらいの知識しかないんだがな。


「坊主……。お前、本当にシャドウビーストを倒したことがあるのか……?」


黒い肌の冒険者は、信じられないといった顔で俺を見てきた。


「ある。ただ、楽勝っていうわけじゃなかったけどな……。でも、戦いの経験が俺の中にはある。シャドウビーストの討伐に必要なのは経験と勘だ。俺は勘には自信がある。だから、シャドウビーストを討伐できた」


我ながら、ペラペラと嘘が出て来るものだ。この中に本物のシャドウビーストの専門家がいたら、完全に詰んでしまうが、いないから、誰も名乗りを上げなかったんだろう。


「アイク……。シャドウビーストを討伐した経験があったのか……」


ティアが俺を見て驚いている。お前が信じてどうするんだよ。さっき、ティアが教えてくれたことしか言ってないだろうが。


「坊主がシャドウビーストを倒したっていうのは分かった……。俺も討伐したことがあるからな。経験と勘が大事だっていうことと、火を使えない問題を分かってるのは、経験者ならではの発言だ……。にわかには信じられない話だが……」


やばい、こいつはシャドウビーストを倒したことがある奴だ。これ以上突っ込んだことを聞かれたら、詰んでしまう。


「こうして生きてるのが証拠だろ?」


俺はニヤリと笑って答えた。何の証拠にもならんのだけどな。


「ハハ、なるほど! 坊主の言う通りだ――なあ、俺はこの坊主をシャドウビースト討伐に推薦したい。シャドウビーストと一度戦っているにも関わらず、怖気ずく事もない。こいつの度胸が気に入った! どうだ?」


黒い肌の冒険者は自治会の男に言い放った。その言葉で、冒険者たちの視線が、自治会の男に向けられる。


「オーゼンさんが、そう言うのであれば……」


自治会の男が言った名前に俺はハッとした。


「あ、あんた……。黒豹オーゼンか……?」


俺は目の前の黒肌の男をまじまじと見た。


「お、坊主、俺のこと知ってるのか? どこかで会ったか?」


「い、いや、会ったことはない……。あんたの噂を聞いたことがあるだけだ……」


黒豹オーゼン。俊敏な身のこなしと怪力の冒険者。黒い肌と獰猛なまでの戦い方から、付いた二つ名は黒豹。黒豹オーゼン。一流の冒険者だ。


「俺の噂? どうせ禄でもない悪口だろ?」


オーゼンは自分がどんな評価を受けているのか、全く興味なさそうだ。ただ獲物を狩るだけ。シャドウビーストを倒した経験のある者は、小さいことなんて気にもしないってことか。


「まあ、そんなところだけど……。一つ聞いていいか?」


「なんだ? 悪口が本当のことか聞きたいのか?」


オーゼンはニヤッと笑いながら言った。冗談は通じる相手のようだ。


「いや、単にオーゼンはシャドウビーストの討伐依頼は受けないのかなってさ」


「ああ、そのことか。単純な話だ。俺は今、別の仕事をしてる最中だ。シャドウビーストにまで手が回らん」


「そういうことか」


「それより、坊主。シャドウビーストをやるなら、今夜からだよな?」


何故か、オーゼンは楽しそうに話ている。根っからの冒険者だ。俺がどうするのか興味があるのだろう。


「えっ? まあ、そのつもりだけど」


「そっちのお嬢ちゃん。坊主の連れだろ? どうすんだ? 一緒には戦えないだろ?」


オーゼンはティアの方を見ながら言った。深くフードを被っているが、口元や髪の毛は見えている。ティアが少女だということは、それだけで分かる。


「それは……。これから、考えようかと……」


オーゼンの言うことはもっともだ。闇の中から突然現れるのがシャドウビースだ。ティアを守りながら戦うのは、かなり辛い。奇襲でティアに被害が及ぶ可能性も十分にあり得る。


「預かってやろうか?」


「オーゼンが夜の間預かってくれるっていうのか……!?」


俺は驚いて声を上げた。一流の冒険者が、新米の俺のためにティアを預かってくれるというのだ。


「いや、俺じゃない」


「へっ……?」


俺は素っ頓狂な声を上げる。一流の冒険者がティアを預かってくれるんじゃないのか?


「この街の教会に預かってもらう。俺はここの教会に顔が利いてな、頼めば子供一人くらい預かってくれる。まあ、帰る時にお布施は必要だろうけどよ。シャドウビーストを倒せば8000G手に入るんだ。安いもんだろ?」


流石は黒豹オーゼン。教会とも話ができるらしい。大方、教会からの依頼を受けて、顔見知りになったってとこだろう。


ただ、問題がある。教会にティアを預けるということ。俺たちは教会から逃げている最中だ。


「私は大丈夫。どんなところでも寝ることはできる」


そういう問題じゃない。だが、ここでそれをいう訳にいかない。俺が教会を強く拒否すれば、逆に怪しまれる可能性がある。


それに、魔王竜のことは一般に知られていないはずだ。俺だって知らなかった。ロンドワースの森で、ティアを探していたテンプルナイツの従士も、ドラゴニュートだということは伏せて探していた。魔王竜の存在を教会が隠していたなんて、同じ教会にも秘密にしているはずだ。それこそ、魔王信奉者と言われても弁明ができない。


「分かった。教会に預かってもらうことにする……」


できれば、別の方法がいいのだが、ファリスの国民は全員がユリエス教徒だ。教会を拒む正当な理由が思いつかない。


「了解した。そういうことなら、俺は先に教会に行って話を付けておいてやる」


「待ってれ……」


「どうした?」


「えっとだな……。この子は、極度の人見知りで……。今被っているのは俺の外套とフードなんだけど……。これを被ってないと駄目なんだ……。だから、教会の中でもずっと被ったままになるけど、気にしないでほしい……」


苦しい言い訳だ。だけど、一番の問題は、ティアがドラゴニュートであることがバレること。ただでさえ、ファリス王国は亜人を差別している。


「ああ、そんなことか。分かった、教会にはそう伝えておこう」


「助かる……」


「じゃあな、俺は教会に行ってくる。夕暮れにはお嬢ちゃんを連れて来いよ」


オーゼンは特に気にした様子はなく、冒険者ギルドを後にした。


細かいことを気にしない性格で助かった。


「ティア……」


「分かってる……。教会では大人しくしておくから……」


「ああ、頼むぞ……」


ティアの理解力が高くて助かる。シャドウビーストを倒すまでの間だ。それまで、ティアは大人しくしてくれる。フードと外套を外すようなことはしないだろう。


だが、何日も教会にティアを預けるわけにいはいかない。だから、今夜が勝負だ。今夜、シャドウビーストを片付けてしまう。俺はそう決めた。




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