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教皇

ロンドワースの中にひっそりと佇む大きな建物。地元の住民でも、いつからその建物があるのかを知らないほど昔からある建物だ。


貴族の屋敷ほどの大きさだが、石造りで飾り気がなく、硬く閉ざされた扉からは、人を寄せ付けない不気味さがある。


まるで要塞のような建物。ごく一部の人間しか知らないことだが、この建物には300年間、魔王竜という存在が封印されていた。


その魔王竜の封印を解いたのが数日前。生贄の儀式に使うために、封印が解かれたのだが、結局、魔王竜に逃げられてしまう。


それは、余りにも手痛い失態だった。絶対に見つけ出して、もう一度生贄の儀式を遂行する。そのために、誰も寄り付くはずのない建物には、大勢の人が集められていた。その集まった人達は全員教会関係者だ。


「くそっ……。無能どもが。小娘一人連れてくるのに、何時まで待たせるつもりだ……」


建物の最奥。大きな広間にある祭壇の前で、白髪の初老の男が苛立ち交じりに独り言ちていた。


初老の男の身なりは、純白のローブに金糸で編まれたストラ。司祭冠にも装飾が施されている。かなり高位の者が着る衣装だ。


「失礼いたします。ザリウス教皇、テンプルナイツが帰還いたしました……」


司祭服を着た一人の男が祭壇の広間にやって来た。こちらも、高位の僧に見える。


「ようやくか……。早く魔王竜をここに連れて来い」


ザリウス教皇と呼ばれた初老の男は、報告を受けて、少しだけ苛立ちが収まった。時間は取れらたが、魔王竜さえ戻ってくればそれでいい。


「それが……」


司祭の男は冷や汗をかいている。目線も定まらない。


「どうした? テンプルナイツが帰還したのだろ? だったら、早くせんか!」


「実は……、テンプルナイツは……、ほぼ全員が重傷……。魔王竜は取り逃がしました……」


司祭の男が恐る恐る口を開く。できれば、良い報告をしたかったのだが、事実をそのまま伝えないといけない。


「なにッ!? テンプルナイツが魔王竜を取り逃がしただと! 戯言を言うな! 相手は瀕死の小娘だぞ!」


「で、ですが……。瀕死とはいえ、魔王竜……」


「何のために50人ものテンプルナイツを動かしたと思っている! 魔法への耐性も強固なテンプルナイツ50人だぞ! 瀕死の魔王竜くらい捕えられぬのか!」


ザリウスは大声で怒鳴り散らした。


テンプルナイツは、女神ユリエスの祝福を授かった教会の騎士達。ユリエスの祝福により、潜在的な魔法耐性が強化されているだけなく、剣技にも長けている。


ザリウスがロンドワースに来る際の護衛として連れて来た50人のテンプルナイツ全員を魔王竜の捜索に回したにも関わらず、ほぼ全員が重傷を負って帰ってきたということだ。


「そ、それが……。魔王竜だけでなく、人間の協力者がいたそうで……」


「協力者だと? 300年間閉じ込めてきた、魔王竜に協力者などいるわけがなかろう! まさか、裏切り者がいるのか!?」


魔王竜は誰とも接触せずに300年間閉じ込められてきた。そのため、魔王竜の存在を知っている者は、教皇を含む、ごく一部の者しか知らない。そうすると、考えられる協力者は教会関係者。つまりは裏切り者だ。


「い、いえ……、そうではございません……。裏切り者など、おりません」


「だったら、その協力者とは誰なのだ!」


「テンプルナイツの中に、魔王竜の協力者のことを知っている騎士がおります……。その騎士は、比較的軽症で済んでおり、待機させています……」


「ここに呼べ。直接話を聞く!」


ザリウスは苛立ちを隠そうともせず、乱暴に言い放った。


「畏まりました――騎士ケイン、入れ」


司祭の男は、広間の入り口に向かって声を上げた。そして、一人の男が扉を開けて入って来る。細身で長身の男だ。紫色の癖毛に三白眼。嫌味な顔をしているが、年はまだ10代後半といったところ。


「失礼いたします。テンプルナイツ、ケイン・ウェールズと申します。敬虔なユリエス教の信徒たる、私ケイン・ウェールズ、教皇ザリウス様に直接お話をさせていただけること、我が名誉といたします」


ケインは恭しく跪いて頭を垂れた。左頬に布が当てられているが、他はどこにも怪我をしている様子はない。


「おい、このケインとかいう騎士以外に、魔王竜の協力者について知っている者はおらぬのか?」


ザリウスは訝し気な顔をしながら、司祭の男に言った。


「は、はい……。このケインという騎士は、魔王竜の協力者と面識がある者でして……。他に、詳しい情報を持っている者はおりません……」


司祭の男もザリウスが何を言いたいのかよく分かった。ケインとかいう騎士があまりにも小物だからだ。この場で、身分が上の者に媚びを売る発言。テンプルナイツが、その職務における報告を教皇にしに来た意味を全く理解していない。


「テンプルナイツの質も落ちたか……。だが、他の騎士が重傷の中、こやつが軽症なのは、それだけの実力があるということだろう……。まあ、いい――ケインと申したな」


「はい! 私、ケイン・ウェールズ。父はロズワルド・ウェールズと申します!」


ケインはちゃっかりと父の名前も売っておく。


ただ、その行為はザリウスには逆効果。テンプルナイツの品格を落とすようなことだと判定されてしまう。


「余計なことは話すな。私が聞きたいことにだけ答えろ」


「はっ! 何なりとお聞きくださいませ!」


ケインは威勢よく返事をした。ケインの物言いに、ザリウスが苛立っているということを理解していないようだ。


「魔王竜の協力者のことだ。貴様は、面識があるそうだな?」


「はい! あの男――魔王竜の協力者は、アルベルト・エンバーラストという、没落貴族でございます」


「アルベルト・エンバーラスト……? 聞かぬ名だな」


ザリウスも教皇という立場上、貴族との交流は多い。だが、エンバーラストという家名には聞き覚えがなかった。


「エンバーラスト家は田舎の下級貴族にございます。教皇ザリウス様のお耳に入るような家柄ではございません」


ケインはエンバーラスト家を馬鹿にするように笑った。


「その、田舎の下級貴族がなぜ、魔王竜の協力者なのだ?」


「それは、エンバーラスト家が魔王信奉者だからでございます。その事実を掴んだ、我が父、ロズワルド・ウェールズが告発し、異端審問官によりエンバーラスト家の当主は処刑。息子であるアルベルトは逃げて隠れていたということです」


「その、アルベルト・エンバーラストはどうやって、魔王竜の情報を手に入れた? 魔王竜の存在は禁忌に触れる。決して表に出さない機密情報だ!」


「そ、それは……。たまたま出会って、協力することにした……のではないかと……」


ケインもテンプルナイツに入って、今の今まで魔王竜の存在は知らなかった。魔王竜が逃げなければ、おそらく知ることはなかっただろう。


アルベルトだって同じだ。魔王竜の存在を知っているわけがない。エンダル湖でのアルベルトの様子を見れば、知らなかったことは一目瞭然。


「そんなわけがあるか! エンバーラスト家は魔王信奉者なのだろ! だったら、魔王竜の存在を知っているから協力したとしか考えられないではないか! 問題は、どうやって魔王竜の存在を知ったかということだ!」


ザリウスの意見はもっともだった。魔王信奉者が協力しているのであれば、偶然ではなく、狙っていたと考える方が自然だ。


ただ、エンバーラスト家が魔王信奉者であるというのは完全なでっち上げ。そのことはケインも知っている。だが、ここでそれを話すわけにいはいかない。自分たちの悪事を教皇の前で曝け出すことはできない。そもそも、ケインがテンプルナイツに入ったのは、エンバーラスト家を魔王信奉者にでっち上げたことで得た利益だ。


「で、では……、おそらく、魔王信奉者が持つ、外道の術式がヒントではないかと……」


ケインは咄嗟に嘘をついた。魔王信奉者の外道の術式など、ケインが知っているわけがない。


「魔王信奉者の術式だと?」


当然、ザリウスは訝し気な顔をする。教皇として魔法に関する知識も豊富だ。だが、ケインが言うような外道の術式というのがピンとこない。


「は、はい! アルベルトは、外道の術式を使っておりました! そ、そのせいで、テンプルナイツは壊滅状態に……。あれは、間違いなく魔王信奉者にしかできないこと!」


ケイン自身はすぐに気絶させられたから、見てはいないが。話を聞いた限りでは、テンプルナイツ全員がアルベルト一人にやられたということだ。これは、まさに魔王信奉者が使う外道の術式の力――のように見える。


「それで、アルベルト・エンバーラストが魔王竜の存在を知っていた理由はなんだ? 魔王信奉者の外道の術式とどう関係がある?」


「そ、それはですね……。テンプルナイツ50人を退けるほどの術式ですので……、かなり強力な魔法であることに違いはありません……。魔王信奉者の中にかなりの手練れの術者が居て、魔王竜の封印が解けたことも、その術者が察知したのではないかと……」


この仮説は全く自信がなかった。ただ、魔王信奉者が何らかの術式を使ったということにして、魔王竜を察知することを結び付けただけだ。


「それは、魔王竜の存在を知っている前提の仮説だろう?」


「左様です。ですから、魔王信奉者は、実は前々から魔王竜の存在を知っていて……。ずっと、取り戻すことを考えていた……のではと……」


「300年間、いつ解けるとも分からない魔王竜の封印を監視し続けたと?」


「……ま、魔王竜の封印が解けたことを感知する術式が仕込んであった……のではないかと……。普段は、普通に生活をしていて、魔王竜の封印が解けた時に何らかの知らせが来るような……。魔王信奉者が代々その伝承を教義として受け継いでいたのではと……」


「…………」


ザリウスは黙ったまま深く考え込んだ。


「…………」


その様子をケインが見つめる。背中を流れる冷や汗が止まらない。嘘を誤魔化すための与太話だとバレたら、ケインだけの話では済まされない。ウェールズ家の存亡に関わる可能性がある。


「それは仮説であろう……?」


ザリウスはまたもや考え込んだ。ケインの話はあくまで仮説にすぎない。確たる証拠があるわけではない。それに多少無理もある。


「はい……。一応は、成り立つ仮説ではないかと……」


「その仮説が正しかったとしても、魔王竜の情報が洩れていたということに変わりはない。問題はそこなのだ! 魔王信奉者以外にも魔王竜の情報を持っている輩がいるやもしれん!」


「お、仰る通りかと……」


「騎士ケインよ」


ザリウスは威厳のある声でケインの名を呼んだ。


「は、はい……」


ケインが緊張した声で返す。これ以上、アルベルトが魔王竜のことを知っていたことについて聞かれても、矛盾なく話を進めていく自信がない。だって、アルベルトは魔王竜の存在など知らなかったのだから。


「貴様に魔王竜捕縛の作戦への参加を命じる!」


「魔王竜捕縛の作戦……と申しますと……?」


予想外の言葉にケインが目を丸くしていた。


「テンプルナイツ50人では、アルベルト・エンバーラストとかいう、魔王信奉者に太刀打ちできなかったのだろ?」


「それは……。申し訳ございません……」


「ただ闇雲に捕まえようとして返り討ちに遭ったのだ。それ相応の作戦が必要になる」


「なるほど! ザリウス教皇様の仰る通りかと」


「アルベルト・エンバーラストとも面識がある貴様は捜索の指揮を取れ! 一番厄介なのは他の魔王信奉者と合流されることだ。その前に貴様が魔王竜と逆賊を見つけ出せ!」


「は、はい! このケイン・ウェールズ、父ロズワルド・ウェールズの名にかけまして、命をとして逆賊アルベルト・エンバーラストを見つけ出すと誓います!」


ケインが立ち上がって声を上げた。魔王竜さえ捕まえてしまえば、エンバーラスト家を魔王信奉者にでっち上げたことなどどうでもよくなる。


しかも、これは出世のチャンスだった。ここで功績を上げれば、ウェールズ家と教会にパイプができる。しかも、最高位である教皇とのパイプだ。中級貴族などでは終わらない、もっと上の貴族。そう、王族にすら招かれるのことも夢ではない。



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