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安宿で

      - 1 -




この日の夜。防具屋でティアの装備を買った俺達は、安宿を見つけて一泊することになった。


本当は、早くブルームから離れた方がいいのだが、ティアの体力の消耗が気にかかる。俺の魂とティアの魂を結び付ける、結魂の儀とやらを執り行ったせいだ。


俺は魔法には疎いから、それがどんな術式なのかは分かっていない。だが、あの星空の中で、ティアから聞いた言葉の端々を思い出してみると、『輪廻の理から外れる』ということを言っていた。


それは、魔法が苦手な俺でも理解できるほど無茶なものだ。魔法を含めて、万物には摂理がある。法則がある。因果がある。今あるもの、これから生まれるもの、これから消えるもの。その全てに理由がある。そこにある理由、生まれる理由、消える理由。それが理だ。


摂理を、法則を、因果を無視して理から外れた。死んだ者が生き返るとはそういうことだ。


だから、ティアが立てなくなるほど消耗してしまったのも仕方がないことだし、これ以上無理はさせられない。


ということで、リスクはあるにしても、ブルームの安宿でティアを休ませることにした。


「ってか、本当にボロいなこの宿……」


俺は狭い部屋を見渡して愚痴を溢した。扉は建付けが悪くて、叩いて開けたし、部屋を歩けば床が軋む。窓はあるが、こちらも建付けが悪くて半分しか開かない。明かりは蝋燭だけ。ベッドは簡易な物が一つ。布団などない。


「私は平気。むしろ石の上で寝ないだけ快適。かび臭いのも気にならない」


ティアは、俺の外套を布団代わりにベッドで横になっている。300年間、暗い部屋に閉じ込められてきたのだから、こんな安宿でも心地いいのだろう。それはそれで不憫に思う。


「まあ、雨風を防げるだけ、野宿よりはマシとは思うけどな」


冒険者稼業をしていると、野宿というのも多い。野宿で一番嫌なのが雨だ。嵐が来たら最悪だ。だから、所々木が腐っているような安宿でも、野宿するよりはいい。


「野宿も嫌いじゃない。アイクの荷物の中に紛れて寝るのは、心地よかった」


「手荷物が丁度枕代わりになるからな。焚火もあったし、暖かっただろ?」


「うん、本当に眠れたのは、あれが初めてかもしれない」


「……これからは、ちゃんと寝れるんだ。今日も疲れただろ? 俺も寝るから、ティアも早く寝てくれ」


俺はそう言うと、蝋燭の火を消した。


「分かった」


ティアは俺の指示に素直に従い、眠りに入る。


俺は床に腰を下ろして、少しだけ考え込んだ。


ティアは何気なく言っているが、石の上より快適だとか、本当に寝たのが初めてだとか。それは、全て300年も続いたことだ。


誰もいないところで、誰とも話をせず、誰の声も聞かずに300年。どうやったら、正気を保っていられるんだろうか。いつか、ティアからその話を聞くことはできるだろうか。いや、案外簡単かもしれない。俺が思っているほど、ティアが重く考えていないようにも思える。


「いずれ、ティアから話をしてくれるか……」


俺は小声で呟くと、目を閉じた。




      - 2 -




翌朝、鳥の鳴き声がすると、俺は目を覚ました。北向きに付けられた窓からは、碌に朝日が入ってこないため、部屋の中はどこか薄暗い。


「んんーーー」


俺は伸びをして、体を起こす。ベッドの方に目をやると、ティアが静かに寝息を立てている。


俺はそっとティアの銀髪を撫でた。シルクのように滑らかな髪だ。手櫛は何の抵抗もなく通るし、掬った髪はさらさらと流れていく。


「んんっ……」


ティアは半分起きたのか、外套の中でもぞもぞとしている。


そして、ようやく目覚めたティアは俺の方に目を向けてきた。


「おはよう。起きたか?」


「ん……。朝……」


採光が悪いから部屋の中は薄暗いが、朝で間違いはない。


「体調はどうだ? 体は動かせそうか?」


昨日は力を使い果たして、立つことすらできなくなったティアだ。一晩寝たくらいでどこまで回復したかは分からないが、昨日よりはましだと思いたい。


「体は……」


ティアは腕に力を入れて起き上がろうとするが、なかなか上体をもち上げることはできない。


「掴まれ」


俺が手を差し出して体を支えてやると、何とか体を起こすことができた。


「万全の状態には程遠い……」


「まあ、無理もないか……」


暫くの間は俺がおぶってやらないといけないようだ。でも、ティアは軽いから問題はない。


「今日はどうするの?」


まだ碌に動けないことに不安があるようで、ティアが予定を聞いてきた。


「ブルームを出て、次の街を目指す。ファリス王国から出ることを考えると、国境に向かうことになるから、エルン地方に向かうことなるな」


エルン地方はファリス王国領のほぼ中央に位置する広大な草原地帯だ。交易路もあり、中継地点として栄えている街もある。国境に向かうなら、交易路を使った方が速い。


「エルン地方か……。うん、知恵の宝珠にもある名前。ここからだと、南に向かえばいい」


「そうだな。ロンドワースは、ファリス王国の北の端だからな。しばらくは南下するルートになる」


「分かった」


「ただ、エルン地方に行くまでにも路銀がないから。どこかの街によって、またギルドの仕事をしながらっていうことになる」


「それくらいは大丈夫。私も手伝う」


ティアは仕事にやる気を見せているんだが、湖畔を焼き尽すような火力は過ぎた力だ。一度、どこかで力の加減というものを教えてやらないといけないだろう。


「仕事の内容次第だな。必要があればティアにも手伝ってもらう。そのためにも、まずは昨日買った装備に着替えてくれ。それくらいは一人でできるな?」


「できるわけがない」


ティアは自信満々に言って来た。いや、そこは自信を持って言うことじゃないんだが。


「まじか……」


「食事の食べ方も知らなかった私が、防具の着方を知っている根拠があるなら教えてほしい」


だから、そこは強気に出るところじゃないだろ。


「はぁ……。仕方がないか……。着替えさせてやる……。でも、怒るなよ?」


「怒る? 私が? どうして?」


ティアは首を傾げて訊いてきた。その仕草は凄く可愛いんだけど。


「お前が気にしないなら、それでいいよ」


俺はそう言いつつ、昨日買った防具を出してきた。白い麻の上着と、同じく白い麻のスカートだ。それに、黒いロングコート。流石に値が張るだけあって、良い素材を使っている。


「じゃあ……。その服を脱がす……からな!」


俺は少し緊張した声になってしまった。


「お願いする」


ティアの方は、何も理解していない様子。やはりと言うか、羞恥心というものがない。いや、知らないというべきか。


兎に角、俺はティアが来ているボロ布の服をゆっくりと脱がしてやった。手に触れるティアの肌は滑らかですべすべしている。


俺はできるだけ、ティアの体を見ないように努力するものの、防具を着せるためにはどうしても、見ないといけない時がある。


チラリと見えたのは、白い肌と女性らしい曲線に、少女らしい凹凸。思わず目を奪われそうになるが、ぐっと堪えて上着を着せてやる。


「あっ……。翼が引っかかるな……」


ここで俺はあることに気が付いた。ティアの背中には黒い竜の翼が生えている。大きくはないものの、人間用に作られた服では引っかかってしまう。俺サイズの外套を被っていたから、問題にならなかっただけだった。


「さてと、どうするか……」


「翼を出せるように、服を切ってくれたらいい」


服に対する愛着というのは、ティアはまだ知らないのだろう。買ったばかりの服の背中に穴を開けることにも躊躇がない。


「それしかないな……」


どちらかと言えば、俺の方が躊躇するくらいだ。俺は仕方なく、手持ちのナイフを取り出してきた。ティアの背中に服を当てて、切る場所を決める。そして、そこにナイフを入れて、翼が出せるようにしてやった。


改めて服を着せてやると、丁度よかったようで、綺麗に翼を出すことができている。


「切った個所は後で補強してやるよ」


俺はもう一つの黒いコートも同じようにして背中に切れ目を入れた。これで上着は問題ない。街を歩く時は、今まで通り、俺の外套で角と翼を隠せばいい。


そして、残ったスカートを履かせて、ブーツも履かせてやる。


「良いな……」


俺は着替え終わったティアを改めて見てみた。かなり良い。ボロボロの布服から、ちゃんとした服に着替えて、ティアの美しさがより一層引き立った感じがする。


白い服装と黒いコートの組み合わせも良い。色味は少ないが、清楚なティアの雰囲気に合っている。


飾り気がないのも良いだろう。どこぞの貴族の令嬢は、ドレスやらアクセサリーやらで着飾っているが、本物の美しさの前に、飾りなんて邪魔になるだけだと思い知らされる。


「どうしたの、アイク?」


俺が無言のままティアを見ていると、不思議そうに声をかけてきた。


「えっ……。あ、その……。ティアは立つことはできるかなって思ってて……」


全然そんなこと思ていない。立てないことくらい分かってる。流石に、ティアに見とれていたとは言えず、下手な嘘で誤魔化すしかなかった。


「立つのは……。手を貸してくれれば、何とかできそう……」


ティアは、俺の質問に応えるべく、力を入れて立とうとしていた。


「いや、いいんだ! 大丈夫、分かったから、大丈夫だ!」


俺は慌ててティアを止める。俺の下手な嘘で迷惑をかけてすまない。


「うん……。もうしばらくは、アイクに迷惑をかける……」


「大丈夫、大丈夫だから、気にするな。それより、着替えたから、もう長居する必要もないしな。さっさとブルームを出ようぜ」


俺は少し罪悪感を覚えながら、出発の準備を急いた。




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