旅支度
俺とティアは、夕暮れ時にはブルームの街に帰ってくることができた。
エンダル湖では、余計な邪魔が入ったが、まあ、許容範囲内の時間には戻ってこれただろう。
俺は外套をティアに被せて背負いながら、均された地面を歩いてブルームの冒険者ギルドへと向かう。
冒険者ギルドは酒場と併設されているのが常識だ。だから、夕暮れの時間ともなると、冒険者ギルドは客で一杯になる。
依頼の報酬を手に、そのまま酒を飲む。それが冒険者の日常。
俺はティアを背負ったまま、幾つものランプに照らされた冒険者ギルドの中へと入っていた。
酒を飲んで上機嫌になっている冒険者達は、俺のことなど気にもせずに、馬鹿話で盛り上がっている。皆、酒と話に夢中だ。酒場の若い店員が、聞きたくもない武勇伝を聞かされて困っているのも見える。
別に酒場の雰囲気は嫌いじゃないが、ここに長居するつもりはない。
俺は真直ぐ冒険者ギルドの奥にある受付カウンターに向かった。
「依頼の薬草だ。報酬をもらいたい」
俺は薬草の入った麻袋を二つ、ドカッとカウンターに置いた。受付にいるのは、午前中にもいた中年の男だ。ただ、俺の顔を見て、何やら驚いているような顔をしている。
「に、兄ちゃん……。無事だったんだな……」
「ジャイアントスパイダーくらいで大袈裟だな。まあ、確かに数はいたが、あれくらいなら大丈夫だ」
まるで俺が片付けたような言い方だが、実際にジャイアントスパイダーを焼き尽したのはティアの魔法だ。俺は何もしていない。とは言え、余裕だったことに嘘はない。
「いや……、そうじゃないんだ……」
「そうじゃない?」
受付の中年男はバツの悪そうな顔で俺を見ている。何か後ろめたいことでもあるような顔だ。
「実はな……。テンプルナイツがここに来たんだ……。それで、銀髪の亜人を探してるって言ってて……。兄ちゃんたちのことを話した……」
えらく正直に話してくるなこのオッサンは。俺とティアのことを話したっていうのが気になってたんだろうか。そこに、俺達が無事帰って来たから、白状したってところか。
「テンプルナイツなら来たよ。だけど、人違いだってさ。ついでに、ジャイアントスパイダーのことを話したら、テンプルナイツが何とかしてくれるって言ってたぞ。『焼き払ってやる』とか物騒なことを言ってる奴もいたけどな」
俺は笑いながら話をした。さりげなく、湖畔の一部を焦土にした罪をテンプルナイツに擦り付ける。まあ、テンプルナイツがやったのであれば、神の名の下に浄化したという理屈で、お咎めなしになるだろう。
「そ、そうか……。はは、人違いだったか。心配して損したよ。でも、テンプルナイツがジャイアントスパイダーの駆除を手伝ってくれるとはな。珍しいこともあるもんだな」
「女神ユリエスの下にいるのは、全てユリエスの子供だ。その子供が困ってるなら、神の忠実なる騎士様が助けてくれるのは道理さ。それよりも、報酬をくれよ」
テンプルナイツがそんなことするわけがない。この手の嘘は長く話をしていると、どこかでボロが出かねない。とっとと、金をもらって立ち去りたい。
「ああ、そうだったな。報酬の2,000Gだ。受け取りな」
「ありがとよ」
「お嬢ちゃんも無事で良かったな」
受付の中年男は、背負われているティアにも声をかけてきた。
「うん……」
外套の隙間から、ティアは不愛想に返事するだけ。
「悪いな、かなり疲れてるんだ。早く宿で休ませてやりたい」
「ああ、そうか。呼び止めて悪かった。また、依頼を受けに来てくれよ。待ってるからな」
「またな」
俺は軽く挨拶をすると、そそくさと冒険者ギルドを出ていった。
「さてと、次は防具屋に行くぞ。まだ、店が開いてたらいんだけどな……」
「分かった」
ティアが簡潔に返事をしてきた。ただ、酒場が繁盛しだす時間帯だ。他の店は閉めてしまっている可能性がある。
俺は兎に角、街にある防具屋を目指して歩いた。流石に、店仕舞いをしているところが多いように思える。半ば祈るようにして、目的の防具屋まで行くと――
「ちょっと、待ってくれ! 買い物がしたい」
今まさに、店を閉めようとしている防具屋の店主を呼び止めた。
「ん? ああ、買うって言うなら入っていいぞ」
細身で暗い顔をした防具屋の店主は、顎をクイッと動かして店の中に向ける。なんだか態度の悪い店主だが、文句は言っていられない。
「……ああ、店を閉めるところ悪いな……」
俺がそう言っても、店主は無視するかのように店じまいの作業を続けている。本当に態度が悪いなこいつ。一応、俺は客なんだが。
とりあえず、店の中に入って品揃えを見る。
「ティア、お前が着る装備だ。どれがいい?」
俺が見ているのは術者用のローブ。ティアは魔法が使えるから、こっちの方が良いだろう。そもそも、甲冑の類で、ティアのサイズに合うような小さい物はない。
「装備? 私は何でもいい」
特に興味がないのか、ティアは素っ気なく言っている。
「そういう訳にはいかないだろ。これから、しばらくはここで買った装備で旅をするんだ。大事なことだぞ」
「そうか。確かにアイクの言う通り。分かった、それだったら……」
ティアは外套の隙間から顔を覗かせて店内にあるローブを見る。と言っても、大して品揃えがあるわけでもない。所詮片田舎の防具屋だ。
「どれがいい?」
「これと、これ。それとこれにする」
ティアが選んだのは、白い麻のローブと黒いコート。それにダークブラウンのブーツ。
「おい、あんた、その背負ってる子の装備を買うのか? だったらサイズが合わねえぞ」
いつの間にか店内に戻って来た店主が声をかけてきた。
「ああ、そうだな……。ちょっと大きすぎるか……」
店主に言われるまでもなく、ティアが選んだ装備はサイズが合っていない。着たらぶかぶかだ。
「それくらい、分かれよ……。ったく、待ってろ、奥に同じような装備の小さいのがある」
店主はブツブツと文句を言いながらも、店の奥へと入って行った。
「なんだ、あいつは。本当に態度悪いな」
俺は店の奥を見ながら愚痴を溢す。ティアの方は特に気にしている様子はない。
暫く待っていると、暗い顔の店主は手に装備を持って戻って来た。
「ほらよ、これなら着れるだろう。試着してみろ」
店主が持ってきたのは、ティアが選んだ色柄をそのまま小さくしたような装備。
「大丈夫だ。ちゃんと着れると思う。これをくれ」
「はあ? 何言ってんだお前は? 防具を蔑ろにするんじゃねえ。いいか、防具ってのはな、一番体に接触する物なんだよ! 体の一部になるって言ってもいいくらいだ! それを、試着もせずに買うだ? なめてんじゃねーぞ、坊主!」
なんだか、店主は熱く語りだした。というか、怒っている。言いたいことは分からなくもないが、こちらにも事情がある。ティアの外套を外して、翼やら尻尾やらを人目に晒すわけにはいかない。となれば、仕方がない……。
「……歩けないんだ……この子……」
俺は伏し目がちに言った。声も若干震わせてみた。
「歩けない……?」
「ああ、そうだ……。今は、立つこともできない……。だから、試着は……」
「だったら、何で防具なんて買いに来た……? ここに置いてるのは、冒険者用の装備だぞ?」
店主は訳が分からないといった顔で俺を見て来る。
「俺と一緒に旅がしたいって……。だから、歩けなくても……、立てなくても……、旅の準備くらいしてやってもいいだろ……?」
(いいから、その防具売れや根暗店主! 嘘の話は長く語ると、ボロが出るんだよ!)
俺は心の中で叫ぶ。ティアが歩けないことも立てないことも、一緒に旅がしたいというのも嘘ではない。ただ、回復したら立てるようになるし、歩けるようにもなる。なんせ、300年何も食べなくても生きてこれた魔王竜だ。
「その子のために……、装備を……?」
店主はしつこく聞いてくる。流石に怪しまれたか?
「ああ……、そうだ……」
とりあえず、ここは肯定しておくしかない。
「うぅ……。あんた……。その子のために……、うぅぅ……」
突然、店主は泣き始めた。俺は半歩後ずさりしてしまう。
「あっ、ああ……。この子が喜ぶなら……」
ん? なんだか流れがおかしい。いや、狙った方向ではあるか。ただ、行き過ぎた感がする。
「そうか……。そうか……。この子が喜んでくれるなら、それでいいよな……うぅぅ……」
店主の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。オッサンが号泣してる顔なんて見たくもないんだが……。
「わ、分かってくれたなら、早く買ってやりたいんだけど……」
そして、早く立ち去りたい。
「はは、そうだったな……。全部で3,500Gだ」
「3,500……!?」
やばい、足りない。店に置いてあるのはそこまで高くはないはずなんだが、奥から出してきたのは、かなり良い品のようだ。値段が倍ほど違う。
「どうした?」
「すまない……。手持ちが足りない……。別のにしてもらえないか……?」
ここまで話を持ち上げておいて、これは恥ずかしい。完全に買う流れだったのに、また振り出しに戻った。
「足りない……? あんた、いくら持ってる?」
「2,500ほど……」
その日暮らしの俺が持っている金なんて、そんなところだ。自分でも情けなくなる。
「……2,500か……」
「2,500だ……。できれば、2000G以内で見繕ってもらいたい」
「分かった、2,000Gでいい」
「えっ!?」
俺は思わず聞き返した。何が2,000Gでいいのか。
「だから、その装備だ。2,000Gでいい」
「えっ!? いいのか? ほとんど半値に近いぞ!?」
俺はまたもや聞き返した。
「へへっ、いいってことよ。どうせ在庫で抱えてた品だしな」
店主は鼻を擦りながら微笑んでいる。
「悪いな……」
「気にするな。それより、その子のこと、大事にしてやりないよ」
本当に悪かった。根暗店主とか思ってすみませんでした! 俺は心の中で店主に謝罪の言葉を述べた。
かなり心に刺さる物があるが、背に腹は代えられない。今更、ティアが歩けるようになるどころか、湖畔を焦土にできる力を取り戻すとも言えず、2,000Gを支払う。
そうして、俺は逃げるようにして防具屋を後にした。




