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ミリオン  作者: おこき
~第一幕~
9/76

第7章

「神父さん、あの娘について話とは何かの?」


 老人が広場にいる蒼髪の少女を優しい目で見る。

 記憶喪失というので、村長もいたく心配しているのだ。

 長い白い髭を撫でながら、老人は神父にティーカップを出す。


「どうかお気づかいなく。 あくまでも、私の私見ですが、彼女は十年前に来た魔女と瓜二つです」


 神父は軽く会釈をしてティーカップの中身を啜る。


「村を焼いた元凶がまた帰ってきよったというのか!? 何故じゃ!? 魔女はグレンと一緒に死んだはずじゃ! 帝国軍が仕留めたんじゃ、間違いない」


 村長と呼ばれた老人が、杖を地面に叩きつけながら唸る。

 老人の手の震えは衰弱からではない、恐怖からである。


「えぇ、わかっています。 魔女は十年前にグレンという男を誘惑し、岩山で死んでいるはずです。 でも、魔女の死体は見つからなかった……と噂では聞きます」


「ま、魔女は、死ぬと灰になると言うではないか?」


「それは我々が、魔女を火刑にするからそういう迷信が生まれたのです。 私も魔女狩りに立ち会ったことがありますが……あれは酷いものです」


 神父は、苦虫を噛み殺すように唇を噛んだ。

 中にも男もいたが、何の罪のない少女が、魔女という理由だけで焼かれていく。

 ただ、神父が目を瞑いたくなったことは、焼かれる魔女の元・身内が罵声を浴びせて、喜んでいる風景である。

 神父が、このようなことを思うなど、神への冒涜(ぼうとく)であると自負していたが、何度立ちあっても神父は、その光景を直視できなかった。

 神父としては、最低の人物だったであろう。しかし、彼が信じていた神はそこにはいない。罪無き少女を焼くなど、できるわけがなかった。

 だから、彼は、都心から離れた。

 優秀過ぎる故に、事の真実を見極めてしまったからだ。

 あれは、ただの余興である。明確な“悪”を定めて、国民の不満を国家ではなく、魔女に向けようとした政策だ。

 しかし、自分ではどうすることもできない。逆らえば、自分が焼かれる。理想論など唱えても国家は、目障りなだけだ。忠実に従い、忠実に神の教えを国民に教えている神父こそ本当の理想なのだ。

 逃げるしかなかった。仕方なかった。誰もが止める中、辺境の地には医者がいないことを理由に、この村へ辿り着いた。

 少しでも遠くへ、魔女が発見されない土地へ。


「こんなことを言えば私は、神の御怒りをかうでしょが……私は魔女狩りが正しいとは思いません」


「な、なんと……いう」


「ですが、あの少女は魔女です。 十年前にカーストさんの娘の……娘の、サ、サヤちゃんの」



―――生き血を吸っていたのですから―――



~十年前 ウインド村 深夜~


 燃える、燃える。

 炎が燃える。

 夜だというのに、空の下半分は朱に染まっていた。

 まだ、この村に来たばかりだというのに、神父は試練に立たされていたのだ。

 盗賊に村が襲われている。意味がわからない。

 村人が八つ裂きにされている。理解できない。

 何故、罪無き人が死ななければいけないのだ。神父は、逃げてきた自分への罰かとも思った。

 村の男達が懸命に立ち向かったが、メタルフレームがたった一機加勢されたことで、村は地獄と化した。

 一人でも多くの人を助けようと、神父は走り回る。

 村の入り口付近。

 日中、村にやってきた少女が倒れているのを神父は発見した。


「大丈夫かい! 早く立つんだ!」


 男なら盗賊に捕まったところで、殺されるだけだ。悔しいが……それはそれでいい。

 だが、女ならばそうはいかない。

 (はずか)しめられ、(もてあそ)ばれ、売られる。生きながら地獄を味わうことになる。

 昼間にやって来た、美しいこの少女なら間違いなく、死ぬよりも辛い思いをさせられる。

 だからこそ、自分が囮になってでも逃がさなければいけない。

 神父は家が崩れ、叫び声が聞こえる中で確かに聴いた。



 ブチッ、クチャ、ジュル、ジュズズ……



「君……? 立てるかい? 下にいるのは、サヤちゃんだね。 怖かっただろう、もう大丈夫だ」


 神父は咄嗟に蒼髪の少女の名前が出てこなかった。サヤと少女を安心させようと声をかける。

 うつ伏せに倒れたままの少女の下にいるのは、恐らく発掘屋の娘・サヤだ。

 蒼髪の少女に妙に懐いていたため、日中、片時も離れずに一緒にいた明るく元気な少女である。

 この少女がサヤを守ってくれたのだ。

 

「君? 聞いているかい? どこに盗賊がいるかわからないんだ。 怪我をしているなら私に負ぶさるんだ」


 再度声をかける。モゾモゾ動く蒼髪の少女。

 声に反応してくれて安堵する神父。

 少女は腰まである蒼い髪を重たげに揺らして、下敷きにしていた女の子を持ちあげて佇む。

 蒼髪の少女は、まるでゴミでも見るかのように神父を見た。


「え……」


 神父は、昼間まで「神父様だーいすきー」と騒いで遊び回っていたその物体(・・)が何か認識するまで時間がかかった。

 その物体は下顎から下が無かった。

 その物体は捻じったかのように顔を歪めていた。

 その物体は……サヤの首だった。


「問題……ありません。 私は、……えます」


 蒼髪の少女の髪は赤くなっていた。毛先が赤いのは、炎のせいではない。大量の血を吸いこんでいるからだ。雨に濡れたかのように髪の毛が滴っている。

 白い肌が、黒くなっているのは、焼けただれてもなお、炎の中にいたから。

 皮膚がめくり返り、顔中の皮下組織まで火傷を負った彼女が何事もなかったこのように会話している。これで生きているなんて、化け物だった。

 既に神父の思考回路は断線している。

 悪魔に遭遇したら人は、きっとこんな顔をするのだろう。


「……レ……ェ!」


 誰かが悪魔の名前を呼んだ。

 赤毛の男が駆けよってくる。村長と折が合わなくて、何度も神父に相談しに来ていたグレンだ。

 神父は足の力が抜けている。


「ま、まさ……か。 まさ……か、おまえは」


 悪魔を前に何もできない神父は、腰を抜かして悪魔を指さす。彼とて、相手がただの小悪魔ならばいつも通りの冷静さを保っていられたであろう。

 しかし、目の前にいる悪魔は、究極の生物。

 血肉を喰らい、生き血を吸い、殺戮という本能で動いているような生物。

 数あるどの書物でも最凶と呼ばれ、“悪”の根源として忌み嫌われていた不死なる存在。

 伝説が目の前にいるのだ、抵抗するだけ無駄だと体が叫んでいる。人間ごときでどうにかなる相手ではない。


「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょ~~うぅ!!」


 赤い髪をした男が泣き崩れながら吠える。

 親友の娘が死んでいるのだから当然のことだ。


「一緒に来い! これ以上は……お前の力が必要だ」


「あいつらを全員殺していいんだな? こいつはどうする……」


 少女は、地べたに座り込んでいる神父を蒼い邪悪な瞳で串刺しにした。


「あぁ、神よ。 神よ、お助け下さい」


 神父はひたすら祈った。


「神父さんは、大丈夫だ! カースト達がもうすぐここに来る。 あいつらに任せておくんだ。 早く行くぞ」


 グレンは村の外へ向かって走り出す。

 しかし、蒼い悪魔は立ち止り、神父の前で見下すように―――こう告げた―――


「お前は、神を信じているか? 私は信じていない。 私は神が大嫌いなんだ、都合のいい時だけ登場するアイツは。 証拠に祈っているお前の命を助けたのは誰だ? フフフ、わ・た・し・だろ?」


 不吉な笑みを浮かべう蒼い髪の少女は、神父の命を救ったのではない“見逃した”だけなのだ。

 恐怖のどん底にいる神父はそうとしか考えられなかった。

 神父が朦朧としている間に、赤い髪の男と蒼い髪の少女は、助けを求める無数の声を無視して、赤い闇に消えていた。

 彼らと入れ違うように村長とカースト率いる男達が、気を失った神父を発見し、近くの岩山へ避難させ命からがら生き残ることができた。


 村は壊滅。


 生きていても、必ず家族の誰かが欠けているという悲劇だけが残った。

 数時間後、盗賊達は、当時、近くを巡回していた帝国軍によって殲滅される。

 帝国軍は、「魔女が災いを呼んだ」とだけ言い残し、去って行った。誰が魔女だったかなんて誰にもわからない。ただ、魔女は殺したと言う帝国軍の言うことを鵜呑みにする他なかった。

 神父の心の片隅にだけ、蒼髪の魔女が生き残っている。

 人に話せるような内容ではなかった。

 特に、復興を自らの力でやり遂げようとする村人に言えるような内容でない。

 “裏切り者のグレン”団結する村の中で、恨まれた人物は、人徳のあったグレン・オルマークスただ一人に集まった。

 誰も彼女が魔女だったとは知らない。

 神父は今宵、見定めるつもりだ。

 彼女が人間なのか、それとも……魔女なのか。人であって欲しいが、魔女ならば容赦はしない。

 メタルフレームを使ってでも殺さなければいけない。

 もう二度と村を焼かれないために。


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