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ミリオン  作者: おこき
~第三幕~
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第65章

「な……なんだ。何が起こったというのだ! なぜまだ動ける機体がある!!」


 リリィを収容したカーニンは部下の撃墜には目もくれずウィッツに怒鳴りつけた。

 が、ウィッツ自身も目の前の現象に理解が追いついていない様子であった。


「誰が乗ってやがる……いや、どうやって動かしてやがんだ」


 声を荒げているカーニンの表情画面を消し、問題の機体【月花】へ通信を試みるウィッツ。

 そうあの機体が動くはずがないのだ。義賊のハンドレットは勿論、一番の戦力であるジェノス機、【夜光】そしてあの【月花】の燃料も念の為に抜き取ってあるのだから。


「……おっさん。本当に……本当に裏切ったってのかよ!」


 表情画面に映し出された人物が意外だったのかウィッツが目を見開いた。


「坊主か!? てめぇ、どうやってソイツ動かしてやがる」

「……教えるつもりはない」

「それは勝手だが――この状況で何をするつもりだ?」

 

 ウィッツと通信してたのは僅かな時間。しかし、軍人にとってそれは包囲網を作るのに十二分な時間だった。

 緊張を維持したままウィッツはカーニン機に対して続ける。


「乗ってやがるのはロクに戦いもできねぇガキだが、あの接近型の機体は危険だ。装備は両腕の杭打機のみのようだが、同じ接近型の【夜光】と打ち合ってもビクともしなかった。タフさと怪力は抜きんでている。気を抜くとアンタの部下がまた減るぞ」

「装甲が厚いだけの機体など恐れるに足りんわ。ワシの部隊を侮辱することはワシを侮辱することと同じだぞ! あんな子どもに我が部隊がやられるなど口を慎め。まったく、外部の人間は口の聞き方を知らん野蛮人ばかり……この樹海を出た日にはイダデル共々――」


 ブツブツ独り言を頭の上で垂れ流されている中、リリィは映し出される蒼いメタルフレームを不安げに見つめていた。

 この状況下で敵の目の前に姿を晒すということは常識的には考えられない。カーニン・マルカスの部隊は撤退間近だった。後数分樹海に息を潜めておけば命は助かったというのに。

 操縦桿を握るリオンの手は震えている。

 人を殺した。相手の人生を奪った、一瞬で。……全く実感が湧かない。

 だが、この手の震えは殺したことを理解している何よりの証。カメラアイが正常だったなら撃墜した機体のコックピットは半分開いていた。それ故に迎撃がなかったのだろう。一番分厚く設計してあるはずの胸部なら、マニュピレータで殴打するだけで死ぬような威力には成りえない。そんなリオンの計算は大きく外れていた。

 半開きのコックピットにこの接近型MFの剛腕が直撃すれば圧死するには十分過ぎる威力である。

 索敵された以上、もう後には戻れない。

 月下、蒼白い光に照らされ佇む蒼き騎士。腕から垂れ落ちる赤色の粘着物質は兵士達を戦慄させるには十分だったようだ。


『武装も使わずに一撃で……』 

『接近型の馬力ならやりようでそれぐらいできる。だが、性能は実戦を想定されている俺達の方が格段に上だ。リチャードも隙を突かれなかったらどうにかしやがっただろうよ……』

『接近型には距離を空けての制圧射撃がセオリーだ! 絶対に接近されるな。曹長、見たこともない機種ですが……どうします』


 カーニン部隊が通信を取り合う中、一方でリオンは自機の状態を確認。

 【月花】はあの速度で敵機を殴り飛ばしたというのに“全く”損傷をしていない。ハンドレットならば右肩ごと捩じ切れていただろう。やはりサウザンドはハンドレットと次元が違う。


 (これがサウザンド……“本物の魔科学兵器”)


 リオンは自機の後部座席で“燃料”となっている人物を垣間見て自身を更に奮い立たせる。

 後部座席で配線塗れになっているセレネ。何でもないように装っているが、時折り漏れる上ずった声が“痛み”に耐えている証拠であろう。

 今セレネの体には数十もの動力ケーブルが無理矢理“刺し”込まれているのだ。

 ウインド村からノーションにメンテナンスしてもらうまで【月花】はセレネの魔力を削って動いていた。ならば魔力のみで動かせない道理はない。

 ノーションの魔石に貯蓄された魔力を全て流し込みシステムを起動。動き始めたところを無尽蔵に魔力を持っているとされる魔女に機体を直接リンクすれば、魔力の扱いが覚束ないセレネでも流動的に【月花】へ魔力が供給される。それがセレネの提案した苦肉の策だった。


「セレネ。一機倒した。もう少しだけ我慢してくれ……すまない」

「あぁ……まだ……何ともない」


 うなされるように言葉を紡ぐセレネ。やはりこんなやり方ではセレネの体がもたない。

 リリィを救出して早々に逃げなくては。

 白色の指揮官機にリリィが連れて行かれたところは掘っ立て小屋からカメラアイで確認済みだ。

 問題はコックピットにいるリリィをどうやって奪還するかである。……策があるにはあるが今は敵の数が多過ぎる。


「そこの貴様、賊か? それともこの村の人間か? どちらでも構わんがその機体をワシに献上するのだ。それなりの待遇を考えてやるぞ。“それなり”のな」

「国を守るのが軍の仕事じゃねぇのかよ! 村を潰して人を殺した後は人さらいか! ……お前ら盗賊より性質が悪いぜ。こんなことが知れたらどうなるかわかってんのか!」

「そう、我々の任務は国民を守ることだ。だが、税金も払わず社会に貢献もできない者は国民ではない。ただの難民だ。国民には権利が与えられ数も登録されているが難民はいくら死のうが誰もわからんのだよ……! 第一、我々は人をさらった覚えはない」

「なに言ってやがる?」


 声高々に笑うカーニンに耳を晒されて悔しそうに目を瞑るリリィ。


「リリィ……? 耳が……」

「この耳を見ろ! 彼女は異民でも難民でもないそもそも人間ですらない、希少生物だ! テロリストに捕獲されていた絶滅危惧種を軍が保護して何の問題があるという? 誰がどうみても正義の行幸だ。感謝こそされど非難される覚えはない……“国民”にな」


 リリィの両耳は出会った時のものとはかけ離れている。エルフと呼ばれる希少生物のそれに酷似していた。今思い返せば【夜光】という接近型重量級のサウザンドを軽々と扱う魔力がリリィの小さな身体に備わっていることに疑問を感じるべきだった。

 動作ラグが発生しやすいオプションパーツで補強しているにしてはどう考えても【夜光】の動きは滑らか過ぎる。加えて“銀刀の魔科学兵器”まで使用して見せたということは。

 

 ――リリィは人間じゃない――

 

 何らかの理由で人間のフリをしていたというのか。

 ……操縦桿を握る手に力がこもる。


「それに貴様、今の状況を理解しているか? ワシが一声掛ければ貴様は蜂の巣だぞ? それをわざわざ選択権を与えてやったというのに……思い上るな!」


 カーニン機がライフルを発砲。威嚇のつもりなのか【月花】の側を弾丸が通過していく。


「次は全員に発砲させるぞ? 早く機体から降りろ!!」

「てめぇこそ思い上るなよ……死んでも降りねぇぞ。エルフだろうが魔女だろうがドワーフだろうが関係ねぇ。俺は俺の友達を助けたい、俺は助けてもらった恩は忘れねぇ、ただそれだけだ!」


 その声を聞いて一番驚いたのはリリィだったのかもしれない。

 魔女が実在したのだ。ドワーフが荒野を歩いていたのだ。今さらエルフが存在したとしても驚きはしない。

 ただ、ただ許せないのはリリィの身体を舐め回すように見ているあの軍人。

 あの太った軍人が法や正義を理由にリリィにどんな仕打ちをするか。


「言ったはいいけど、俺にどこまで扱えるか……お前の性能ならできるはずなんだ」


 真正面にいる部隊は今か今かと撃墜の号令を待っている。

 【月花】の装甲の硬さを活かせば多少の被弾はもろともせずに肉迫できるはず。 

 肉迫さえできれば両手両足に備え付けられたパイルバンカーで撃破も可能となるだろう。

 一撃必殺、一撃離脱。それを実現する性能がこの機体にはある。それが月花の戦闘を間近で見ていて知りえたこの機体の戦い方。


「虫唾が走るなぁ……虫けらがぁ……。あの虫けらを引きずり降ろせぇ! 機体さえ無事ならどうでもいい、いっそのことコックピットを潰しても構わん」


 カーニンが意気揚々に命令を下す。一斉に飛び交うライフル弾。同時にリオンは背部の六つものブースターを点火。ブースターの推進力とライフル弾の直撃がコックピットを揺らし続ける。しかし、どこかこの揺れに違和感を感じた。“月花”が操縦していた時とは明らかに違う。早々に悲鳴を上げる警報音。装甲がめくられているのか損傷個所が真っ赤にマーキングされていく。

 敵機まで後少し、一撃必殺で一撃離脱。

 月花がやってみせたように……十分に接近して相手を――穿つ。

 鋭く放った右腕はサウザンドの頭部に直撃。すかさずパイルバンカーを射出。


「な……ッ!? どうした【月花】! セレネ、これは」


 肩で息をしているセレネに声が届くはずもない。

 警報に重ねてエラー音が響く。各部パイルバンカーの表示が現れ“Lock”の文字が浮かび上がった。

 すぐさま敵機を確認。カメラアイを殴りつけただけで撃破に至っていない。それどころか殴った機体には腕を掴まれ、周囲の僚機が一斉に近接用ナイフを腰部のマウントから抜き放ち迎撃準備に移られている。

 ――マズイ!――

 損害箇所が多過ぎて火花を散らす【月花】もはや大破寸前。そこへあのナイフが突き立てられれば。

 すかさず操縦桿を動かすが。


『ハッハ、威勢が良いのは口だけかよ! 殴ることしか能の無い脳筋野郎が! 捕まえたぜぇ!』

「っくっそぉお!!」


 捕まれた腕を強引に引き剥がそうともがくが、サウザンドの両腕に捕まれた腕はミシミシと軋むだけでビクともしない。敵機は右腕より外側にいるため左腕による物理攻撃も効果が薄くなる。

 敵機サウザンドの腕部ギアが最大回転を開始。軍仕様ということもあり機械靭帯の強度も並みのレベルではない。


『馬鹿が! このサウザンドは接近型寄りなんだよ! ロクに整備もされてねぇポンコツが馬力で勝てるわきゃねぇだろ! リチャードの礼だ、コイツの脇腹からコックピットぶち抜いてやれぇ!!』


 号令と共にコックピットへ迫る無数の刃。いくら装甲が厚いと言えど今の体勢では不味い。


「あぁあぁ!! 動けぇ!!」

『あ……?』


 リオンが力任せに操縦桿を動かしたその時、その命令を強引にでも実行しようと蒼い騎士はケーブルを引き千切る音と共に敵の腕ごと(・・・・・)防御姿勢に入る。

 防御が早いか刃の到達が早いか。

 防御位置はコックピットの一点に絞る。他の損傷は諦めるしかない。

 かろうじて二つの剛腕がコックピットの保護に間に合い難を逃れるが、偶然にも腕のパイルバンカーに弾かれたものと間をすり抜けて腕に深々と突き刺さるナイフが機体の損傷を更に悪化。

 両腕を失ってバランスを崩すサウザンドには目もくれず、樹海の闇へ姿を隠す【月花】。

 

「はぁっ、はぁっ、防げた……でも機体がッ!」


 機体コンディションを示す表記が真っ赤に染まっている。特に腕部と胸部の損傷は致命的だ。完全に囲まれる前に距離を取らないと――殺される。

 残った機体から追撃されるが、両腕をもがれた機体の回収を優先するのか距離を詰めようとはしてこない。

 もっとも今の光景を目の辺りにして接近戦を挑む猛者などいないだろう。

 

『この蒼ダルマ野郎!! 許さねぇ! オイ! 俺はまだ戦える! 離しやがれ! アイツをぶっ殺してやる!!』


 断線箇所から火花と煙を上げるダルマ状態の機体は僚機に最後尾まで運ばれ守られる形に。

 罵声も上がるがリオンに聞こえるはずもなかった。

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