第38章
形勢が逆転してしまった三人の男達は、たじろいだ。基地から脱出する時に、かろうじて手に入れることができた一般人に対する絶対的な力を石粒で粉々にされてしまったのだから仕方ない。もっとも、彼らには何がどう当たって銃がバラバラになったのかなど認識する暇などなかったであろうが。
「お前! 何しやがっ――」
「答える義理は無い。 そんなこと考える暇があるなら、命の心配した方がいいんじゃない? ねぇ、盗人さん」
痛そうに呻きながら地面に突っ伏しているチビへ体を向けるデブは、奇怪な金髪に言葉を切られた。言葉を切った奇怪な金髪ことノーションは、喫煙しながら石粒を二~三粒片手でお手玉している。
「ダメです、待って下さいノーションさん。 この人達は村の人なんですよ!」
聞こえていないのかノーションは、リオンからの言葉には全く反応しない。ただ、目を瞑りながら煙草を堪能している。
「お願い……っていうか命令なんだけど、その石と機体を返しなさい。 私は魔術師よ。 この石粒をライフル弾に変えてあなた達を殺すのに、十秒も掛からないわ。 最初の一発は警告だったけど、次の一発は脳髄を貫通させてあげましょうか」
白煙を切り裂きながら石粒が闇夜に消える。目にも止まらぬ速さで真上へ飛んで行く石粒は、下から上へ向かう流れ星となった。
女の右腕には四大元素“地”によるオーソドックスな魔術“強化”が既に発動している。
強化と魔力放出を組み合わせることで、あらゆるモノを弾丸に変えるノーションの戦闘スタイルは、接近されない限り一方的に攻撃できる暴君のような代物である。
銃を失った上、身動きが取りにくい機体の上にいるデブとメガネは文字通り『的』でしかないし、音速で飛んでくる石粒より早く行動が取れる人間などいないため、身動きが取れるチビといえど状況は同じだった。
クイーンの登場による完璧なるチェックメイト。盗人達は次の一手を打つことすら許されない。
魔術師の登場により、勝てる見込みが無くなったと悟ったのか、三人組は両手を上げていとも簡単にノーションの言い成りになった。これが力のある者と無い者の差である。
「じゃ、太ってるあなた。 そう、あなた、この指をよく見なさい」
三人を横一列に並べ、左端にいるデブを指さす。あのハンスタのように。
その動作でリオンはノーションが何をする気か理解できた。魔術のことなど全く知らないが、あの指で何をするかなど少年にも大方の想像はできる。
「待って下さい!」
「って、何すんのよ!」
ノーションの右腕にしがみ付き、石粒の軌道を変えたリオン。ノーションの右腕に乗せられた石粒は、男達の背後にある月花の腕部に直撃して粉々になった。腰を抜かしたデブは汗にまみれた顔を震えさせている。
ノーションは怒鳴りながら少年の黒い髪を掴み、頭を揺さぶるが、少年は離れようとしない。
「村の人だって言ったでしょ! この人達は、ハンスタに捕まって逃げてきた人達なんですよ、元々悪いことをするような人じゃない!」
「そんなの関係ないわ、元々悪いやつなんていないの。 悪いことするやつってのは元々、善意の塊で出来てるもんだわ。 それに、悪いことした瞬間、村人だろうが何だろうが罪人になるのよ。 罪人に村人も盗人も軍人も関係ないでしょ? あんたを殺そうとしてたやつらよ? ここで殺して置く方が安全でしょ?」
「俺が、俺がこの人達のことは責任を取りますから! だから――殺さないで下さい!」
少年の叫びを受け、ノーションは呆気に取られたように目を見開く。少年の頭を押さえ付けていた左手は、ゆっくり力が抜けて行った。
「はぁ~。 一度敵意を向けた者は殺す。 それが生き残るための秘訣。 リオン、無抵抗な人を殺すことに抵抗を感じる? でも、彼らは無抵抗なんじゃない、“抵抗できない”だけ。 隙あらば抵抗する危険因子ってことを忘れないで」
そう言いながら術式が編まれた右腕を下ろし、詰まらなさそうにライターのヘッドを開けたり閉めたりし始めるノーション。
「ノーションさん……ありがとうございます」
深々と背を向けた白衣の女に頭を下げた後、リオンは月花に食料を縛り付けているロープで盗人三人を縛った。
「そんなことより、私はあなたに伝えなきゃいけないことがあるわ。 顔は確認できなかったけど、セレネを基地の周辺で見かけたのよ」
銀メッキのシガレットケースに吸殻をしまい込み、デブから取り戻した赤い魔石を月に透かして眺めているノーション。その悠長な行動を遮るようにリオンが食い付いた。
「セレネを! あいつ、なんでそんなところに。 基地って、今一番危険なところじゃないですか! セレネと会ったなら、なんでその時に連れ戻してくれなかったんです?」
「私もそうしたかったんだけど……ちょっと野暮用があってね。 気が付いたらもうセレネの姿はなかったのよ。 まぁ、彼女の場合、死ぬことはないと思うけど」
詫びているのか、悲しんでいるのか、どっちともつかない表情をしたままノーションは続ける。
「で、今から私は基地に向かうつもり。 野暮な用じゃなくて、本当の用を果たすためにね。 一緒に来る? ちょっとばかし暴れるからアルテミスには乗せてあげられないけど、あなたには月花があるわ」
背後にあるメタルフレームを親指で指示し、リオンの瞳を見据えるノーション。
「……月花、俺に動かすことができるんでしょうか」
「大丈夫よ。 そのために魔石を取り返したんだから。 私は自分の命を守ることで手一杯だから、セレネを探す余裕なんてないわ。 途中まで道を作ってあげるから、あなたが月花でセレネを探すのよ」
話が進む中、リオンは自分がここに来た理由を何度も胸の中で復唱した。
だが、どうしてかセレネという名前を聞いた途端、村人を助けるという使命が揺ぎ始める。
「さぁ、あまり時間が無いわ。 行くわよ」
「ちょっと、ちょっと待って下さい。 俺は、村の人を助けるために魔石を持って来いって爺ちゃんに頼まれたんです!」
振り返るノーションを引き止め、リオンはカラカラになった喉を鳴らした。
「村の人は、変な植物のせいで死にそうなんです。 早くしないと皆死んでしまう! 魔石があれば助けられるらしいんです」
「甘生樹でしょ? 状況はよくわからないけど、魔石があってもたぶん中毒症状までは治せないわよ?」
さらりと植物の名前と思われる言葉を口にされたため、リオンは戸惑った。
リオンにとって植物の名前などどうでもいいことなのだが、聞かざるを得ない。
「知ってるんですか? あの植物のこと?」
「知ってるって? そりゃ、私が品種改良した人工植物だもん。 十年以上も前に」
まるで朝食は何を食べたのかという質問に答えるような、あっけらかんとした態度で返答するノーション。
その事実を聞きリオンの口から言葉が漏れる。
「ノーションさんが……作った……どうして」
「どうして、って……当時は戦時中よ? 色々あったのよ。 人殺しの道具として使うつもりだったけど、今みたいな使われ方するとは思っていなかったわ」
呆れたような口調でリオンへ言葉を返す。そして、リオンはどこまでも得体の知れない魔術師を睨んだ。
「治してくださいよ、作った本人なら治せるんじゃないんですか」
「いや、作った本人だから治せないってわかってるのよ。 命は助かるけど、定期的に甘生樹が欲しくなる衝動までは治せない。 血を求めるゾンビのようになるか、魔力を吸い上げられてゾンビみたいな姿になるか、どっちかよ」
鷹の様な目つきで少年の黒い目を見る。まるでここからが本題だと言いたげな目であった。
「魔石があれば確かに命は助けられるわ。 ドクターがいるなら何とかするでしょう。 今なら、中毒症状を治す薬だって共和国でなら開発されているかもしれない。 でも――」
――あなたが月花を動かすには魔石がいるわ――、そう告げた金髪の女は、少年の掌へ重たげに二つの魔石を乗せる。
「じゃ……村の人はどうしたら」
「その場合、見捨てなさい」
即答だった。白衣を着た女性は、今、命を見捨てろと言った。迷い無く、ためらいなく見捨てろと。セレネを助けたければ、村人の命を繋ぐ石をメタルフレームに繋げという意味である。
されど、リオンは月花を完璧には操縦できない。セレネの操縦を真似て移動させるのが関の山だ。戦場と化している基地内で呑気に歩行している識別不明のMFなどただの的である。戦場では自軍以外、全員敵なのだ。
しかし、混乱状態だからこそ基地内に容易く侵入できるという利点もある。アルテミスによる援護を受けて上手く立ちまわれば、自分の足で基地に赴くよりも、頑強な装甲を所持している月花でセレネを探す方が効率的かつ安全というのも確かである。
ノーションの腕前こそリオンは知らないが、月花の半分程の厚みをした装甲を持ち、細身のフォルムをしている白銀のアルテミスからは、間違いなく月花より俊敏な動きが可能であると想像できるし、何より背にしている獲物は、折りたたみ式の大型MF狙撃銃、右手に鉄鋼性のシールド、左手にハンドカノンとそれなりの攻撃力と防御力を所持している。接近さえされなければ、ある程度戦うことはできるであろう。
白兵戦しかできない月花より頼もしいことは事実である。
問題はリオンの心だ。
もし、村人を選べばセレネを見捨てることになる。戦場のど真ん中、不死身の彼女は、炎やミサイルの爆風に焼かれ、銃弾や施設の破片が体中を貫いたとしても死なない。
しかし、彼女は痛みを感じないわけではないのだ。
体は死ななくともいつ終わるかわからない戦いの中、『死ぬ程の痛み』を味わい続ければいくら魔女と言え、心が死ぬだろう。
“死なない”と言うことは、つまるところ肉体の限界を超えても痛覚を感じ続けるということだ。何度も蘇生する体を持っているからと言って、何度も蘇生する心があるわけではない。
視神経を引き千切られようとも、また視神経が復活する。毛細血管を引き抜かれようとも毛細血管が復活する。炸裂弾で内蔵を八つ裂きにされても、また内臓が復活する。終わることのない痛覚を浴びせられる現実は、地獄と変わりないだろう。
一方で、セレネを選べば村人が死ぬ。一緒に村を脱出した小さな女の子のように、親が死にかけている子どももいるはずだ。親に先立たれた上、生き残った大人達が毒にむしばまれた状態であるなら、村に残された子どもはどう生活すればいいと言うのだろうか。
最悪なケースは、村人を見捨てた上、セレネを見つける出すことができなかった場合である。両方殺すことになる。
「ふん、姉ちゃん、あんた……悪魔か?」
月花を盗みだそうとしていたデブは、縄で縛られたまま口だけを動かした。
「なんとでもどうぞ。 今更、誰に何を言われても気にしないわ。 それより、砂糖並みに甘いリオンに感謝しなさいよ。 あんた達が生きているのはリオンが、私の気分を変えたから」
金髪の女性は、男達を一蹴りして愛機のアルテミスに急ぎ足で向かう。
これ以上時間がないと言うことだろう。リオンは決断を迫られている、
自分だけが時間に取り残されているような感覚を味わいながら、リオンは命の石を握りしめる。少年の握力で割れるわけがないのだが、石は亀裂が走って砕け散ってもおかしくない程震えていた。
「月花で魔石を届けて、余った魔力を使って基地に向かうことはできないんですか?」
「それは無理、月花を使えば魔石の魔力なんてすぐに底を尽きる。 何人村人がいるか知らないけど、月花の動力として魔石の魔力を使えば、村人全員を助けることは不可能ね。 それに、この岩場からならまだしも、魔石を人助けに使った後、村の入り口から基地まで行ける動力に変換できる可能性はほぼゼロよ。 MFは起動時に一番エネルギーを使うんだから短時間に二回も起動させれば、魔石の魔力は無くなるに決まっているわ。 機体の魔力が回復するまで時間が必要。 まして――」
――まして、クリフォト・ドライブしかない月花が自ら大気中魔力を補給できるとは考えられない――
ノーションの口と同時にリオンは頭の中で月花の特殊性を思い出す。
目の前に佇んでいる巨大な蒼き甲冑は、『魔力を出すこと』しかできない。人間で言う呼吸が未発達なのだ。魔力の回復は希薄どころか、無いと考えた方がいい。
魔力を吐き続ける機体に、魔力を取り込むことは期待できない。
勢いで動こうとするリオンに、ぴしゃりと現実を突き付けてくるノーションは、最後に追い打ちをかける。
「……どっちかを選びなさい。 これはあなたが悪いんじゃないのよ。 だから、誰もあなたを恨まないし、恨む権利なんてない。 リオンが気に病むようなことではないわ。 ドクターには悪いけどセレネを迎えに行きなさい。 本音を言うとね、周囲に衰弱しきった人間しかいない状況は、ドクターの身の安全がかなりいい状況だと言える。 村人の不幸は、私にとって幸運だわ」
衰弱した人間しかいないということは、隠密が周囲にいないということを意味している。
しかし、ノーションの言葉はリオンの耳には入っていなかった。そんな余裕などない。
セレネか村人か。
少年は目を閉じて考える。
――人の命を天秤にかけていいものなのか――
「俺は……俺は……」
唇を一度、強く噛みしめ時間を稼ぐように言葉を繰り返し続ける。
――どちらを取っても後悔をする。 そんな選択をしてしまっていいのか――
握りしめられている赤石は、二つあるのに一つしか願いを叶えてくれない。
もう一度、自問自答する。
自分が選んでいいのか、と。自分が片方を見殺しにしていいのか、と。
英雄ならばどうするだろうか。一騎当千、天下無双、そう呼ばれた生きた伝説ならばこの決断をどうする。
『仲間を助けるのは当然だ!』と言う英雄もいるだろう。
『多くを救うために仲間を切り捨てることも戸惑ってはならない!』と言う英雄もいるだろう。
顎を伝う汗が滴となって乾いた荒野に落ちる。
それを合図にしたように英雄志望の若者は、歯を食いしばり、一息吐いてから決断を下した。
「俺は――選べません」
擦れる様な声で言い切り、リオンは崩れるように膝を付く。文字通り“腰抜け”の姿であった。
「選べるわけ……ないですよ! 選んでいいわけ……ないでしょう。 俺なんかが!!」
安直にどちらかを選ぼうとした自分に対してか、選択を迫らせたノーションに対してか、それとも神に対してか、地面に向かって叫ぶリオン。
「俺は何もできねぇ人間なんだ。 英雄になれる程大そうな人間じゃない。 まして、助ける人の命を選んでいいような人間じゃない。 メタルフレームの操縦も上手くない、魔術師から女の子一人を守るだけでも命懸けで、セレネのことだって……一緒に旅しているのにまだ何もしてやれてない。 だから、アイツを助けに行こうと思った。 でも――」
地面を両手で抉りながら頭を地面にぶつける。
「それは俺の都合で、俺が弱いから何もしてやれないだけなんだ。 セレネに何かしてやりたいからって理由で、村の人を見殺しにしていい理由にはならない……ならないじゃねぇか!」
そもそも英雄に該当する人物ならばこのような状況に陥ることはない。不思議な力、磨き上げた武術、蓄えた知力、信頼できる仲間で必ず問題を解決してみせるであろう、英雄ならば。
「甘いわね……さっき砂糖って言ったけど訂正。 リオン、あんた合成甘味料並みの甘さね、吐き気がする甘さってことよ」
ノーションが白衣に手を突っ込みながら、リオンの側まで戻り感情の無い目で見下ろした。
「何とでも言って下さい。 俺は選べません、こんなこと」
「じゃ、私が選んであげるわ――自業自得の村人を見殺す」
リオンがノーションの長い足先を掴んだ。魔石を持って行こうとするノーションを行かせまいと力を入れて掴んでいるのだが、ノーションは顔色一つ変える様子は無い。
「何か言いたそうね」
「どうしてノーションさんは、そう簡単に人を殺すなんて言えるんですか!」
「じゃ、聞くけど片方を殺すと言って結果的に何人かの命を助け出す方か、全員を助けたいと言って全員殺してしまう方か、どっちが優秀な人殺しかしら?」
星を背にし、無表情のままノーションがリオンに尋ねる。地に伏せたままリオンは魔術師から視線を逸らした。
視線だけ落し、リオンをその銃弾の様な眼つきで貫き続けるノーション。
視線を感じながらリオンは、ノーションと反対方向に向き直り、盗人達に視線を移す。
そして、地に頭を付けてこう言った。
「助けて下さい……魔石を……村の入り口まで届けて下さい! お願いします!」
二人の言い争いを聞いていた盗人達は不審な顔をした。
「あんたらいや、あなた達に……魔石を一つ預けたい。 俺は仲間を見つたらすぐにもう一つの魔石を届けに戻るから、村の入り口で待っている背の低いお爺さんに届けて下さい。 あなた達にしか頼めないんです」
少年の予想外の言葉に唖然とする三人組。彼らは村人より金を取ろうとした人間だ。治癒能力などない魔石だが、売ればそれなりの値になる。このまま男達が村を後にしても誰も止めることなどできない。
例え今、目の前で少年が地に頭を擦りつけて頼みこんでいようが関係のないことだ。
ノーションは少年の様を見て怒りの臨界点を突破したようだ。
「……立ちなさい」
「俺は、助けられるのに助けられないなんて嫌だ! 助ける力がここにあるのに助けられないなんてもっと嫌だ!! 俺だけじゃ、誰も助けられない。 でも、同時に行動すれば、誰かの助けがあれば、両方助けることができる可能性は高くなるでしょ! だから、おっさん達に手伝って欲しい。 手伝って下さい! お願いします!」
お願いします、そう繰り返される盗人達。
英雄を志しているような気高い者がする行いではない。英雄とは、単体で優れているが故に英雄なのである。それこそ、一騎当千という言葉通り、一で千の価値・能力を発揮する者のことだ。
英雄が膝を屈する時、世界は滅びるに違いない。千の力で対抗できない問題に一の力を加えたところで結果は変わらないのだから。
頭を掻きむしった後、ノーションが吐き捨てるように言葉を出す。
「確かに魔石一つでも月花の起動はできるわ。 でも、途中で燃料切れになるのが目に見えている。 二つあっても戦闘なんてしたら、五分で石が粉々になるって前に言ったわよね? 一個で戦場に行くなんて論外、防御機能まで動力に回してようやく動く計算だし、この重たい機体で逃げに徹することができると思ってるの? 帰りの燃料を積まずに特攻するのと大差ないわね。 自殺するぐらいなら、村の方に石を全部渡しなさい。 私の言ってる言葉の意味わからないなら、もう一度はっきり言ってあげる……あんたじゃ、どっちも殺すことになるわよ」
論破してやろうと思ったのか声を押し殺しながらもリオンに説明をしてやるノーション。それに対してリオンは顔だけノーションに向けて反論する。
「早くセレネを見つけることができれば、魔石の魔力をほとんど使わず月花で村の入り口まで戻れます! セレネは月花を魔石無しで動かしていたんです、上手くいけばほとんど魔石の魔力を使わずに持ち帰ることもできます」
リオンの剣幕を超える弾幕で言葉が乱射したノーションは、リオンの頭を摘まみ上げ、思いっきり顔面を殴り飛ばした。
腕力は女性ということもありそれほどの威力は無かったものの、突然の出来事だったためリオンはそのまま荒野の砂を噛むことになった。
「男なら、割り切れ! どっちも助けるなんて無理なの! そんなことできたら私がやってるわ! あの無駄に広い基地で、女の子一人探すのにどれだけ時間掛かるかあんたわかってるの!?」
「だったら……だったら!! ノーションさんが石を届けて下さいよ! メタルフレームの足で行けばすぐじゃないですか! 俺が月花でセレネを探します、その間に石を届けてくれれば! そうすれば、両方助けることだってできるんじゃないですか! 本当の用ってなんですか! 今、この時にこれ以上の用があるんですか!!」
自分でも無茶苦茶なことを言っているとリオンとて承知している。だが、少年が知る限り、この状況を解決できそうな英雄的人物は目と鼻の先にいる悪魔の様な思考回路を持つ女性だけなのだ。
「“帝国の悪魔”それが基地を襲ってるやつの通り名。 神出鬼没で帝国軍隊が単機で壊滅させられるぐらい危険な……化け物よ。 アレが通った後に生きているものはいないとまで噂が独り歩きを始めている」
胸倉を掴まれているリオンは、ノーションと息が届く位置で冷たい声を浴びせられる。しかし、『譲れない』といった態度だけは変えていない。
「この村にアレが来た……今ここで殺さないとチャンスは無いかもしれない。 ただ確かなことは、ここで殺さないともっと大勢の人が死ぬってことだけ。 だから、私はここの村人全員を見捨ててでもアレを破壊しなくちゃいけない。 むしろ、この村であいつが殺せればプラスよ。 帝国の悪魔は、誰を見捨ててでも破壊しなくちゃいけない」
「誰を見捨ててでも破壊しなくちゃいけないのに、どうして俺を助けてくれたんですか? どうして、今すぐにでもアルテミスで基地に行かないんですか? ノーションさんだって、人が死ぬのを見たくないから、その“帝国の悪魔”ってやつを倒しに行くんでしょ! 馬鹿な俺を止めようとしてくれるから、まだここにいてくれるんでしょ! だったら、誰かを殺して助ける方法じゃなくて、純粋に人を助けて下さいよ! 今、助けられる人を助けて下さいよ! 力があるなら助けて下さいよ!!」
ノーションが鼻息を荒くしているリオンの胸倉を解放したため、自然とリオンもそれに従う。
そして、ゆっくりと目を瞑り「そうね、私には力があるわ」と嘲笑いをしながら言った後、少年の顔に術式が刻まれた右手をめり込ませる。そのため、リオンは再度、荒野の砂を噛むことになった。
「助けて助けて助けて、ってそればっか。 自分でできないから人に頼る。 そんな甘ったれたガキが、何かを守るとか助けるとか、ほざくな! あんたの言ってることは、何一つ間違っちゃいない。 正論よ、気持ち悪いぐらいに正論だわ。 誰がどう見ても正しいと、立派だと言ってくれるわよ。 でもね、誰でも知ってる正論並べるだけなら、腐った貴族でも政治家でもできんのよ」
リオンはただ茫然と横たわったまま、ノーションの言葉の弾丸を浴び続ける。
「偽善で守れるものなんて、地位と名誉だけ。 本気で何かを守りたければ、それ以外の全てを切り捨てなさい。 その覚悟が無いなら何も守れない、両手が塞がった状態で何を守れる。 何も捨てずに何が得られる」
足元に横たわる少年を見下す様に、更に言葉を投げつける。
ノーションは既に眼鏡を外していた。敵の前でしか外さない眼鏡をだ。
「自分には力が無い? 弱い自分が嫌だ? だから、自分は何にもできないの? ……笑わせないで。 あんたは“何もできない”じゃなくて、“何もしようとしない”だけでしょ。 力って言うのは上から降ってくるもんじゃないの。 下から積み上げるもんなのよ。 捨てる覚悟もないのに力をねだらないでくれる? 捨てる覚悟が無いのに物を選ぼうとしないでくれる? ……そんな覚悟で、捨てられた方はたまったもんじゃないわね」
頭から浴びさせられる針の様な鋭い言葉を無心で全て受け止めるリオン。違うと言いたいが、言葉が出せない。
今までここまで少年の心を抉る言葉を吐く人物がいただろうか、いや、いなかったであろう。
「……あんたが、英雄を目指すことに文句はない。 でも、“英雄ごっこ”は、家でやりなさい。 外の世界に英雄なんて便利なやつはいない。 神様と一緒で架空の生き物よ。 ただの人間に過ぎない今のあんたにできるのは、全員殺すか片方を助けるかのどっちかだけ……セレネは死なないだろうけどね」
鋭い目でリオンを一瞥し、答えを聞く前にアルテミスへ歩を進め始めるノーション。言い争っている間にも時間は流れているのだ。いよいよノーションにも余裕が無くなってきたと言うことである。
「時間よ、私はもう行くわ。 後は、リオンが決めなさい。 その石はリオンのものだからね。 ……最後に一つだけ」
アルテミスの前で立ち止まり言葉を切るノーション。立ち止まった時に発生した砂埃が空へ舞い上がり、星空と同化していく。
岩によって閉鎖された空間は、依然として静かなまま、虫の鳴く声すらしない。
「百かゼロの選択はしない方がいい。 ……全員殺してしまった時、自己嫌悪で死にたくなるから」
それだけ言い捨ててノーションはアルテミスに駆け込む。
ハッチを閉め、アルテミスの起動プロセスを完了させて力強くコックピットの壁を一つ叩いた。
「……私だって」
ノーションは舌打ちしながら、少年を殴った右手をジッと見つめる。幾万の命を奪ってきた呪われた手、幾万の恨みを買ってきた憎しみの手を。
誰もいないコックピットの中、ノーションはアルテミスのブースターを乱暴に踏み込み、リオンを冷たい風で突き放した。
コックピットに閉じこもった彼女は、アルテミスのブースターを何度か吹かせて岩陰を去って行く。アルテミスから発せられる感情の無いブースター音が、嘆くように遠くで叫び声をあげていた。




